022 【ウズベキスタン紀行】シャフリサブス歴史地区は、世界遺産登録でテンション上がりすぎて危機遺産

世界の世界遺産(World Heritage)
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シルクロード絡みの、美しいモスクが広がる国
ウズベキスタン

いくつかの世界遺産をもつこの国の中で、おそらく一番行きにくいのではなかろうかというところを紹介しよう。よく考えたら世界遺産の紹介は初か!?

(ちなみに行きにくい理由は、地理的なものもあるのだが、それ以外にもある…。詳しくは後述)

ウズベキスタンについての記事はこちら

494【ウズベキスタン紀行】若くして亡くなったティムールの長男のために建てられた廟。いずれティムールも葬られるはずだったけど・・・!?『ドルッサオダット建築群』
ウズベキスタンの世界遺産がある町シャフリサブス。ティムールの亡骸は現在はサマルカンドにあるのですが、本人は自分自身のためにこのシャフリサブスに霊廟を用意していたようなのです。それが今回紹介しているドルッサオダット建築群なのです。
487【ウズベキスタン紀行】ウズベキスタンの伝説的英雄ティムール。タシケント・サマルカンド・そして生まれ故郷キシュ(現シャフリサブス)に建つ『ティムール像』
ウズベキスタンには、首都やティムールと縁のある町にティムール像が設けられています。タシケントにある、ソ連時代にはマルクス像が立てられていた場所に設けたられたティムール像とティムール広場。ティムールが再建した町であるサマルカンド。そして、ティムールの生まれ故郷であるシャフリサブスです。
479【ウズベキスタン紀行】ティムールの生誕地シャフリサーブスにて、ティムールの父が眠る『ドルッティロヴァット建築群』
ソ連からの独立後、ティムールの功績が見直されるにつれ、シャフリサブスの街はティムールの生まれ故郷であることを前面に押し出して観光都市として名を上げていこうとしています。そして、今回紹介しているドルッティロヴァット建築群もそんなティムールとその一族と縁のある建造物なのです。
474【ウズベキスタン紀行】サマルカンドを代表する場所であり、謁見の儀式や処刑なども行われていた『レギスタン広場』
かつては、シルクロードの主要な道路の交差点として数多くの隊商が行き交い、活気あふれる場所だったこのレギスタン広場。政治や経済、そして人々の文化の中心でもあったこの場所は、今もなお数多くの人が集まり、当時の輝きが残り続ける場所です。
470【ウズベキスタン紀行】力ずくで造られたとの伝説もある、メドレセやハナカに囲まれた街中のオアシス『ラビハウズとその周辺』
ブハラ観光でホテルを出発して最初の起点になるのが、この巨大な人工池であるラビハウズではないでしょうか。まずこの周囲には有名なメドレセやハナカなどが建ち並んでいます。ここから西のタキやさらに北に行ったところにあるカラーン・モスクやアルク城のあたりへと進んでいくことになるでしょう。
467【ウズベキスタン紀行】ヒヴァで最も高く、一般の観光者も登ることができるミナレット『イスラーム・ホジャ・ミナレット』
今回紹介しているイスラーム・ホジャ・ミナレットは、ヒヴァの中でシンボル的な建物の一つであり、高くそびえるその姿遠くからも見えることでしょう。どこからもその姿を見ることができるとなると、このミナレットから生活のある世界遺産ヒヴァの全貌を上空から眺めることができてしまうスポットなのです。
464【ウズベキスタン紀行】スザニで有名な砂漠のバザール。しかし、ここでゆっくりと買い物をするのは至難の業『ウルグット』
ウズベキスタンに訪れたからには、制作された地方ごとにその柄にもいろいろな種類があるスザニを、いろいろと見比べながら購入してみたいとは思いませんか?あるんです。それが今回紹介しているウルグットのスザニバザールなのです。
461【ウズベキスタン紀行】ブハラで見つけた巨大な城郭。日本の城にも通じるものを感じる『アルク城』
ブハラの中心地を外れた街の北西に、それまで見てきた建物とは全く雰囲気の異なる城砦が残されています。ウズベキスタンのヒヴァのような雰囲気もあるのですが、その中は一部は復旧されているものの、大部分は崩れ去った石の平原のようになっています。ここはアルク城といい、ブハラで唯一の城砦の遺跡です。
458【ウズベキスタン紀行】サマルカンドにあるティムールとその家族の霊廟『アムール・ティムール廟(グーリ・アミール廟)』
今回紹介しているアムール・ティムール廟(グーリ・アミール廟)は、その名の通りティムールを葬っている廟です。ティムールはモンゴル軍によって破壊しつくされたサマルカンドを復興させよみがえらせたのが英雄でした。現在のサマルカンドに残る建造物のほとんどは、このティムール以降の物なのです。
454【ウズベキスタン紀行】4本の尖塔が4人の美しい娘を意味して造られたとされるメドレセ『チョルミナル』
今回は初めてウズベキスタンのブハラにある遺跡を紹介していきたいと思います。ブハラは、その旧市街がユネスコの世界文化遺産にも登録されている、ウズベキスタンを代表する古代からの栄えていたオアシス都市です。今回紹介しているチョルミナルはそんなブハラを代表する建造物です。
316【ウズベキスタン紀行】砂漠の中にあるヒヴァ・ハン国の首都『ヒヴァのイチャン・カラ』
巨大な砂漠に囲まれたヒヴァは、元はヒヴァ・ハン国の中心だった都市です。都市全体が博物館都市として世界遺産に登録されているヒヴァですが、今もその都市の中心であるイチャン・カラには、歴史的な建造物が立ち並ぶとともに、人々の生活も見ることができる街なのです。
227【ウズベキスタン紀行】首都なんてこんなもんか!?旅人がスルーする?独特の雰囲気『タシケント』
ウズベキスタンの首都タシケント。ここは、古くはシルクロード、砂漠地帯のオアシスにある中継都市として、東西から多くのものが集まる物流の中心地として発展していました。現在でも、ウズベキスタン国内最大の商都なのですが、いざこのタシケントに踏み込んでみると・・・!?
069【ウズベキスタン紀行】旅人が集まるサマルカンドのB&Bバハディールの3日間
ウズベキスタンのサマルカンド。有名なレギスタン広場の近くに、世界各国から旅人の集まる宿があります。B&Bバハディール。ここでの体験は、その後、いろいろな国に行きたくなるきっかけにつながっていきました。そんなお宿について今日は紹介していきたいと思います。

英雄ティムールが築いたということで有名な街、
シャフリサブス

サマルカンドから80kmほどのところにあるのだが、タクシーかバスで行けます。

自分は、タクシーを使ったのですが、行きは3人の乗客が見つかって運賃がシェアできたが、帰りはサマルカンドに行く人が見つからず、運賃丸ごと支払いました。

タクシーはチャーターしたりしてもいいかもしれない。

いくつか紹介ポイントはあるのだが、今回はその中でも中心的な存在になっている、
アクサライ宮殿跡へ。

アクサライ宮殿跡

元々ここには宮殿があったのだが、現在は写真の門の跡のみ現存。
しかし、その後、ブハラ・ハン国に徹底的に破壊され、現在はこの門が残るのみ。

今は38mほどの高さだが、1400年当時頃は50~70mほどあり、アーチ状になっていて、屋上にプールもあったらしい。

ちなみに、ここを訪れたのが2011年。
そこからこのシャフリサブスは大きな変化を遂げる。

門の間に入るとこんな感じ。

美しい装飾跡はまだ残されている。

正面から右側の塔に上ってみる

石の階段を上っていくと、

屋上に到達

ティム―ル像を上から

迫力満点!

螺旋階段

左の塔を上から。向こうは登れない。
というようになかなかの体験ができる所だったのだが・・・

現在のアクサライ宮殿跡とシャフリサブス

この数年後から
入館及び登頂禁止

となっており、現在では幻の写真となっております。

(たしかに、安全管理の面からは妥当な判断だと思う。当時でもけっこう『大丈夫か?』と思えるようなところもあったので。)

ただ、下から見上げるだけでも素晴らしい建物であることには変わりなく、ぜひともお勧めしたいところではある。

のだが、

実はこのシャフリサブス。
2016年から世界危機遺産に登録されてしまっている。

なぜか?

実は、世界遺産に登録されたシャフリサブス。
それがあまりにもうれしくて、街の一大観光地化を進めているらしい。
それがかなり行き過ぎと判断されたらしく、危機遺産リストに登録されたとのこと。

世界遺産登録は基準が結構厳しく、
その保存管理方法についてもかなり厳格に求められるらしい。

まわりの道や建物を立て直したり、きらびやかな感じにしてしまったのだろうか?
2011年以降見に行ってはいないので何とも言えないのだが。

一度作ってしまったものをさらに作り直すというのは難しいだろうし、
いつまで危機遺産として登録されるのか、せっかくの場所であるのでそれが非常に残念だ。

シャフリサブスは、ティムール城とアクサライ宮殿跡だけではなく、ここ以外にもティムールの石棺など、ほかにも見どころがある。こちらについては、また機会があれば。