069【ウズベキスタン紀行】旅人が集まるサマルカンドのB&Bバハディールの3日間

ゲストハウス巡り(GuestHouse)
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今回は海外のゲストハウス(B&B)のことを書きます。

当blogでは何度も書いているウズベキスタンなのですが、サマルカンドの街に滞在していた時に使った
B&Bバハディール』について紹介したいと思います。
実際に行ったのはけっこう前なのですが、今でも現役で営業されています。

というわけで、今回のわきみちです。

【今回のわきみち】
  • たくさんの旅人との交流が楽しめるおすすめの宿、B&Bバハディール。

過去のウズベキスタンの記事です。
この記事のシャフリサブスは、今回書いたサマルカンドを起点にして訪れることになります。

489【ウズベキスタン紀行】ティムールの妻の名をつけられた巨大なモスク。しかし、その行く末は巨大帝国そのものの行く末を暗示していた『ビービー・ハーヌム・モスク』
サマルカンドに残るビービー・ハーヌム・モスクについてです。ウズベキスタンでは最大級であるこのモスクは、何度も名前の出てきている英雄ティムールによって造られました。時の権力者が、いかに大きな力を持っていたかを表すかの如くの建物ですよね。しかし、いかに大きな権力を持って、人々を動かそうとしても、やはり限界はあるものです。
482【ウズベキスタン紀行】古代サマルカンドの中心地アフラシャブの丘に建つ霊廟群『シャーヒズィンダ廟群』
シャーヒズィンダ廟群はそんなティムールに縁のある人々が多数葬られている場所なのです。ティムールの親族の人々だけではなく、部下であった将軍とその関係の者、ティムール朝で重要だった学者などの廟もここには集められているのです。
474【ウズベキスタン紀行】サマルカンドを代表する場所であり、謁見の儀式や処刑なども行われていた『レギスタン広場』
かつては、シルクロードの主要な道路の交差点として数多くの隊商が行き交い、活気あふれる場所だったこのレギスタン広場。政治や経済、そして人々の文化の中心でもあったこの場所は、今もなお数多くの人が集まり、当時の輝きが残り続ける場所です。
470【ウズベキスタン紀行】力ずくで造られたとの伝説もある、メドレセやハナカに囲まれた街中のオアシス『ラビハウズとその周辺』
ブハラ観光でホテルを出発して最初の起点になるのが、この巨大な人工池であるラビハウズではないでしょうか。まずこの周囲には有名なメドレセやハナカなどが建ち並んでいます。ここから西のタキやさらに北に行ったところにあるカラーン・モスクやアルク城のあたりへと進んでいくことになるでしょう。
467【ウズベキスタン紀行】ヒヴァで最も高く、一般の観光者も登ることができるミナレット『イスラーム・ホジャ・ミナレット』
今回紹介しているイスラーム・ホジャ・ミナレットは、ヒヴァの中でシンボル的な建物の一つであり、高くそびえるその姿遠くからも見えることでしょう。どこからもその姿を見ることができるとなると、このミナレットから生活のある世界遺産ヒヴァの全貌を上空から眺めることができてしまうスポットなのです。
464【ウズベキスタン紀行】スザニで有名な砂漠のバザール。しかし、ここでゆっくりと買い物をするのは至難の業『ウルグット』
ウズベキスタンに訪れたからには、制作された地方ごとにその柄にもいろいろな種類があるスザニを、いろいろと見比べながら購入してみたいとは思いませんか?あるんです。それが今回紹介しているウルグットのスザニバザールなのです。
461【ウズベキスタン紀行】ブハラで見つけた巨大な城郭。日本の城にも通じるものを感じる『アルク城』
ブハラの中心地を外れた街の北西に、それまで見てきた建物とは全く雰囲気の異なる城砦が残されています。ウズベキスタンのヒヴァのような雰囲気もあるのですが、その中は一部は復旧されているものの、大部分は崩れ去った石の平原のようになっています。ここはアルク城といい、ブハラで唯一の城砦の遺跡です。
458【ウズベキスタン紀行】サマルカンドにあるティムールとその家族の霊廟『アムール・ティムール廟(グーリ・アミール廟)』
今回紹介しているアムール・ティムール廟(グーリ・アミール廟)は、その名の通りティムールを葬っている廟です。ティムールはモンゴル軍によって破壊しつくされたサマルカンドを復興させよみがえらせたのが英雄でした。現在のサマルカンドに残る建造物のほとんどは、このティムール以降の物なのです。
454【ウズベキスタン紀行】4本の尖塔が4人の美しい娘を意味して造られたとされるメドレセ『チョルミナル』
今回は初めてウズベキスタンのブハラにある遺跡を紹介していきたいと思います。ブハラは、その旧市街がユネスコの世界文化遺産にも登録されている、ウズベキスタンを代表する古代からの栄えていたオアシス都市です。今回紹介しているチョルミナルはそんなブハラを代表する建造物です。
022 【ウズベキスタン紀行】シャフリサブス歴史地区は、世界遺産登録でテンション上がりすぎて危機遺産
数々の世界遺産が残される中央アジアの国『ウズベキスタン』この国の中でも、少し行きにくい世界遺産を紹介。しかし、行きにくい理由はその立地だけではなく・・・。
316【ウズベキスタン紀行】砂漠の中にあるヒヴァ・ハン国の首都『ヒヴァのイチャン・カラ』
巨大な砂漠に囲まれたヒヴァは、元はヒヴァ・ハン国の中心だった都市です。都市全体が博物館都市として世界遺産に登録されているヒヴァですが、今もその都市の中心であるイチャン・カラには、歴史的な建造物が立ち並ぶとともに、人々の生活も見ることができる街なのです。
227【ウズベキスタン紀行】首都なんてこんなもんか!?旅人がスルーする?独特の雰囲気『タシケント』
ウズベキスタンの首都タシケント。ここは、古くはシルクロード、砂漠地帯のオアシスにある中継都市として、東西から多くのものが集まる物流の中心地として発展していました。現在でも、ウズベキスタン国内最大の商都なのですが、いざこのタシケントに踏み込んでみると・・・!?

ウズベキスタン

ウズベキスタンの治安

ウズベキスタンに行きます!!

というと、ほとんどの人には言われたのですが。

「大丈夫なの?」
「危なくないの?」
「テロとかあるんじゃないの?」

ということをさんざん言われました。
まあ、○○○スタン、というわれると、どうしてもネガティブなイメージを持ってしまう人もいるのは確かです。

しかし、実際に体験しないことにはわからないことはたくさんありますよね。
ウズベキスタンもそうでした。

ムスリムの国であり、日本国内にいると限られた情報しか得にくいこともあるため、どうしてもイメージは固定されてしまいますよね。

実際のムスリムの方々。
とても、親切ですよ。日本にいる以上に!
もちろん、怪しい人もいると思います。
しかし、自分がヒヴァ→ブハラ→サマルカンド(+シャフリサブス)→タシケントと旅した時には、危ない目に合うことはありませんでした。

ウズベキスタン観光

シルクロードの中継地にあるウズベキスタン。
ブルーのモスクなどが印象的ですよね。

このウズベキスタンには4つの世界遺産があります。
自分が行った時は、ここを起点として旅のプランを作り、まわることにしました。

・ヒヴァのイチャン・カラ
・ブハラ歴史地区
・シャフリサブス歴史地区
・サマルカンド‐文化交差路

どこも印象深いところでした。

4つのエリアは、まあまあ点在しているので、時間に余裕があるときは北から順番に南下していくと敢行しやすいかなと思います。

時間がない場合は、サマルカンドを中心にするとよいかなと思います。

サマルカンド観光

サマルカンドといえば、このレギスタン広場です。
このときは、韓国大統領を迎えるフェスティバルの準備をしていたのでステージが組まれていたのですが、かなり圧巻の広場です。

今回紹介するバハディールはこのレギスタン広場の近くにあります。

サマルカンド自体にも観光スポットが多数あるのですが、ここからさらに足を延ばすと、世界遺産で有名なシャフリサブス、織物のバザーなどで有名なウルグッドなどにも行くことができます。

B&Bバハディールに行ってみた

バハディールまで

ヒヴァから始めた旅でしたが、ブハラまで移動し、ブハラからサマルカンドまでは鉄道で移動しました。
ブハラからは3時間ほどでサマルカンドに到着します。

バハディールなのですが、とにかく旅行者が集まります

電車から降りたときにであった、一人旅日本人のお母さん。
ブハラでシェアタクシーして、同時にサマルカンドに着いた韓国人の旅行たち。
そして、自分とヒヴァ知り合った日本人。
みんなそれぞれがバハディールに行くということだったので便乗してタクシーでバハディールまで向かいました。

B&Bバハディールとは

自分が行った時は、韓国人たちはツインに。
自分ともう一人日本人はシングルに。
日本人のお母さんはドミトリーに泊まりました。

いろいろなタイプの部屋が揃っています。

B&Bバハディールの設備

バハディールのシングルルームです。
けっこう広いですね。

そしてこれが、バスルームです。
ここがなかなかの曲者。

2階の部屋なので水圧の問題なのだろうが、シャワーから水が1本しか出ませんでした・・・。
こんなに難易度の高いシャワーは初めてでしたね。
冷たいとか温かいとかあんまり気になりませんでした。

ウズベキスタン料理

バハディールでは有料で夕食サービス(3$)があるので、けっこう利用しました。

ウズベキスタンの家庭料理ですね。
何度も食べたのですが、基本はジャガイモベースの料理が基本のようです。
味付けはあっさりしているので、初めてでも食べやすいですね。
やっぱりロシア系の料理に近いのかな?

下段の写真は、乳麺っぽいものとマッシュポテトの上にハンバーグというもの。
それにサラダやらデザートやらがついてけっこうボリュームがすごい!

談話スペース

バハディールは談話スペースがおすすめです。
正方形に区切られたブースがいくつか用意されていて、中央の小さな机を囲みながらダラダラとお話ができます。

バハディールでの体験

バハディールではこの談話スペースでの体験が特に一生深かったように思います。

一泊目

初日は、日本人の多い日でした。
自分がチェックインした後も、母子バックパッカーや、大阪の学生、半年くらいアジア一帯をブラブラしているお父さんなど、日本人が7人と賑やかな日でした。
さらにはJICAの協力隊員の人も輪に入ってきました。

全員の話を聞いていると、まだまだバックパッカーとしてはスキルが低いな~というのを痛感させられました。

中央アジアをめぐる場合、西安→キルギス→カザフスタン→ウズベキスタン→タジキスタンというのが多いルートのようです。

二泊目

二泊目の夜は、昨日の面々に加えて、日本語堪能な韓国人男性が合流。
この韓国男性の話が面白かった。

ビザ取得が難しいトルクメニスタンに入ったときの話や、韓国の徴兵の話、ソウルの町のビルの看板の裏には大砲が全て仕込まれている(?)話など、なるほどねえ、と聞いてた。

三泊目

この日は、食後に中央アジアをまわってきていたお父さんから、いろいろな過去の旅の話を聞くことができた。

そこに、日本人のカップルが合流。
その2人には、ブハラ~ヒヴァ間の移動のことや、シャフリサーブスとウルグットなどについて紹介したり、お互いに旅の情報を交換したりしながら夜は更けていった。

ちなみにこのカップル、自分が以前住んでいたアパートの隣に住んでいたことが発覚!!なんちゅう偶然・・・。

バハディールのスタッフ

まあ、ゲストハウスなので誰がやってくるかは一期一会
しかし自分が滞在した間は、とても充実して、毎晩遅くまで楽しい時間を過ごせましたね。