104【滋賀紀行】安土城以前の要所だった、応仁の乱から戦国期にかけた名城『観音寺城』

近畿地方(Kinki)
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滋賀県で有名な城跡と言えば、琵琶湖の南にある安土城ですよね。
しかし、その安土城のすぐそばに、安土城ができるまで、京に向かう要所であったこの地をおさめる城として、観音寺城がありました。

応仁の乱から戦国末期まで登場する城として知られていますが、現在は、その石垣などの遺構をのこすのみとなっています。

しかし、せっかく安土城を訪れるのであれば、それにあわせて、この中世のお城である観音寺城も、ぜひあわせて巡ってみることをおすすめしたい日本百名城です。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 安土城のすぐそばにある中世の山城『観音寺城』は、徒歩ではなかなかの難所です。

これまでに紹介した琵琶湖周辺の百名城です。
琵琶湖周辺は、なかなか難所の山城ばかりです。

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琵琶湖周辺の城巡りにはこちらのゲストハウスを。

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観音寺城

観音寺城は南近江の地を支配した六角氏の居城です。

宇多源氏の血統を引く佐々木六角氏が、鎌倉時代の初期から戦国時代末期まで近江守護を独占し、戦国時代に居城としたのが観音寺城です。

後ほど写真を載せていますが、観音寺城が石垣を多用した姿に整備されたのは、1530年から20年間ぐらいの間のことと考えられてます。

永禄11年(1568)に織田信長が観音寺城を攻撃、六角氏は正面から戦うことなく逃亡し、あっけなく開城します。
そして天正7年(1579)にすぐ北側に安土城が完成したことによって観音寺城は歴史的役割を終えたとされています。

観音寺城 アクセス

観音寺城は、観音正寺の境内から入っていくことになるのですが、この西国三十三所観音霊場である観音正寺、参拝の難所であるといわれています。
なぜなら、ふもとから訪れる場合、1200段もの整備が十分ではない階段を登ってくる必要があるのです。
単純な段数以上に体力を消費し、到着するまでかなり時間を要するようです。

しかし今では、途中まで車で行くことができ、登山道のほとんどは車で行くことができます。

観音寺城 スタンプ

観音寺城のスタンプは、観音正寺の中に置いてあります。
つまり、必ず入館料を払って中に入らないと押せません。

他にも、『石寺楽市会館』、『桑実寺』、『安土城郭資料館』にも置いてあり、安土城とセットでも押せるらしいですが、行ったからにはやはり、城跡は訪問しておきたいですよね。

というわけで、観音寺城跡に向かって行きたいと思います。

観音寺城跡に向けて

登頂開始

駐車スペースに車をとめ、まずは観音正寺に向かって歩いていくことになります。
ここからは徒歩で10分ほどで観音正寺には到着できます。

このような舗装されていない道ですね。

道をしばらく進んでいくと、石垣の崩れた後のようなところが見えてきます。

石垣だったのか?
今では完全に崩れてしまっています。

奥の院です。1400年の昔、聖徳太子によって名付けられた天楽石があるそうです。
巨木の中に大きな岩が点在しており、天楽岩の磐座の内部には五仏の仏が描かれているそうです。

『ねずみ岩』
ねずみに・・・見えるのかな??

横にある立札には人生の教訓が書かれています。
麓からここまでずっとこの札が置かれているようですね。
観音正寺に近づくにつれ、番号が減っていきます。あと少し!

おおっと!
反対側には新幹線が!!
確かにここからだと、琵琶湖の南を通る一行がよく見えますね。

観音正寺

観音寺城ですが、観音寺山中腹にある観音正寺の境内から訪れることになります。
観音正寺は、西国三十三所観音霊場の第三十二番札所になっているところで、その中でもかなりの難所と言われているところです。

こちらの寺ですが、聖徳太子によって創建された寺で、十七条憲法が制定された翌年の推古13年(605)に建立されたとされています。

人魚伝説があり、ミイラも残っていたとのことだったのですが、1993年の火災で焼失してしまったそうです。

観音正寺の入り口には仁王像が出迎えてくれます。
ここから先は入館料500円が必要です。

ふと思ったのですが、『逆〇裁判』の倉院の里のモデルでは??と思ってしまった。

御砂踏み所と呼ばれるところです。
西国三十三所各お寺のお砂を治めたお堂であり、いろいろな事情で巡礼することが難し人々もお砂踏みをすることによって、実際に巡礼したことと同じご利益を授かることができるそうです。

こちらが本堂ですね。

本堂横には、このような岩場があります。
修行の場なのでしょうか?

街が一望できます。
こちらは聖徳太子の像なのかな?

本堂向かって左側から、観音寺城跡に入っていくことができます
それでは、行ってみましょう。

観音寺城跡

わきみちに逸れると、すぐに目の前に石垣が広がります。

この石垣の上が本堂ですね。

観音正寺では全く見えなかった石垣が、下から見上げると見えます。

そしてさらに山を登っていくことになります。

最初は道がこのような状態ですね。
なかなか歩きにくいです。

さらに進むと、写真のような立派な階段が表れてきます。

まだまだ登ります。

あと少しです!

本城跡に到着しました。
かなり古い城跡ですので、もうかなり木々が生い茂っています。

本城跡のエリアにある石垣です。

水をためていたところでしょうか。

木々の生い茂り方がすごいので、なかなかこれ以上は奥まで進むのは難しかったですね。


かなり城としての範囲も広いらしく、ここを治めていた六角氏もすべてを守りきることが難しく、一旦城を手放してから、奪還するなどの策略をとったりしたそうです。

いかがだったでしょうか。
安土城のすぐそばにある観音寺城ですが、ふもとから訪問するとけっこう大変ですが、車であれば、観音寺城と安土城はセットで一日で回ることができます。

観音寺城から安土城へ。
時代の流れも感じながら2つの城跡を巡ってみてはいかがでしょうか。