1052【大阪紀行】地すべり被害から奇跡的に見つかったかつてのトンネル『旧大阪鉄道亀瀬隧道』

近畿地方(Kinki)
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大阪府の柏原市
この東部にある奈良県との県境近く。
この場所に亀の瀬地すべり地と呼ばれる場所があります。
地すべりというと、下手をすると町そのものが滑り落ちてしまうかと思われるほど恐ろしい災害です。
この亀の瀬地すべり地と呼ばれる場所では、そんな地すべりが古くから多発していたほどの地域だった場所なのです。
さらにこの亀の瀬で地滑りが発生してしまうとそばを流れる大和川をふさいでしまい、奈良盆地、さらには大阪平野に流れ込み、奈良と大阪市の大半に壊滅的なダメージを与えてしまうほどの未曽有の大災害を起こしてしまう危険性があるのです。

そして、昭和7年に発生した地滑り災害によって、国鉄関西本線が所有していた亀瀬隧道(亀瀬トンネル)が巻き込まれて崩落してしまったのでした。

そんな未曽有災害によってすっかり崩壊しつくしてしまったと思われていた亀瀬隧道。
しかし、それから約80年後の平成20年。
亀の瀬の地すべり対策とて、排水用トンネルを建造していたさなかに、この亀瀬隧道の一部区間がほぼ無傷の状態で残っていることが発見されたのです。
そして現在では、亀の瀬地すべり資料室が開催している亀の瀬地すべり見学会に参加すると、そのトンネルの様子を見ることができるのです。
柏原市は、亀瀬隧道を活用した取り組みを積極的に進めていこうとしているため、今後もっとこのトンネルについての話題を聞くことが多くなるのではないでしょうか。

今回はこの亀の瀬にある、旧大阪鉄道亀瀬隧道について紹介していきたいと思います。

【今回のわきみち】
  • まさに地面の下にそのままの姿で保存されていた歴史の遺物、旧大阪鉄道亀瀬隧道。かつて汽車も通っていた明治時代のトンネルを見に行ってみよう。

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亀の瀬地すべり資料室と旧大阪鉄道亀瀬隧道

亀瀬隧道(亀の瀬トンネル)は、現在の大阪府と奈良県の府県境、大阪市の柏原市にかつてあった、鉄道用トンネルです。
かつてあった、というのは、この亀の瀬の地域が大規模な地滑り被害に長年悩まされ続けてきた地域であり、昭和7年の地滑り被害によって崩壊してしまったと思われていたからなのでした。

この亀瀬隧道が作られたのは明治25年のことであり、かつての大阪鉄道によって開通され、利用されていました。
亀瀬隧道は、この亀の瀬越えをするために重要なっトンネルとして活用され続けていたのです。

その後、大阪鉄道が関西鉄道に合併されてさらにそののちに国有化されたのちも使用され続けていました。
しかし、昭和7年に大規模な地滑り災害が発生し、この一帯は元の地形をとどめないほどになってしまい、トンネルの復旧の見通しも全く立たない状況に陥ってしまいます。
それほどの大規模災害であったため、亀瀬隧道は完全に崩壊したものと長年考えられていたのでした。

ところが、それから約80年後の平成20年。
亀の瀬地域が地滑り対策として排水用のトンネルを掘削していたところ、この旧大阪鉄道亀瀬隧道にぶち当たったのでした。

トンネルの一部ではあるのですが、ほぼ原形をとどめているという奇跡的な保存状態で発見された亀瀬隧道。
この発見されたトンネル部分がわずかに地滑り箇所を外れていたことから崩壊を免れていたのでした。
発見されたトンネルの内、王寺方面の39mが貴重な遺構として保存されることになり、随時見学会も行われています。

その内部は、かつて蒸気機関車が通っていたことを思い起こさせるように、レンガ積みの内壁には、蒸気機関車のばい煙が黒くしみついていることがわかります。

柏原市では、この発見された亀瀬隧道にプロジェクションマッピングを投影したイベントを随時企画していたり、近くにある亀の瀬地すべり歴史資料室に行くと、排水トンネルの見学コースの中にこの亀瀬隧道の見学も含まれています。

明治期に造られたという貴重なトンネル遺構としてそのお存在は徐々に知られるようになってきており、今後この見学会も大盛況になっていくのではないかと予想されます。

アクセス

JR河内堅上駅から1.5kmほど北東に歩いた場所にあります。

旧大阪鉄道亀瀬隧道に行ってみた

それでは、旧大阪鉄道亀瀬隧道に行ってみましょう。

亀瀬隧道見学をしたい場合は、亀の瀬地すべり資料室へと行き、排水トンネル見学ツアーに参加しましょう。

こちらが亀の瀬地すべり資料室です。
こじんまりとしていますが、内容はとても充実。
定期的に案内ツアーが行われているので、しばらく館内で待っていると無料のツアーに参加することができます。

資料室から5分ほど歩くと、亀瀬排水隧道へと到着です。

ボランティアガイドさんと一緒に内部へと入ることができます。

こちらが排水トンネルの内部です。
地すべりを防ぐために、地中深くにたまる水を常時排水できるようにしています。

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一部がこのようになっていて、ここの地層や地質を観察することができるようになっています。

さらに奥に向かって進んでいくと、

地すべりを動きにくくするために建てに深い井戸を掘った集水井工へとやってきます。

上を眺めてみると、この排水トンネルの深度がわかることでしょう。

集水井工を上から眺めるとこうなっています。

ここから大和川を眺めてみると、川の真ん中に大きな岩があることがわかるでしょうか。
こちらの岩が、地名にもなっている亀岩なのだそうです。
この岩自体も、かつてはもっと北側の斜面にあったようなのですが、度重なる地すべりによって現在の位置にまで押し出されてしまったのだそうです。

それではいよいよ、旧大阪鉄道亀瀬隧道へと行ってみましょう。

こちらの排水トンネル内にそのかつての亀瀬隧道が残っています。
なお、こちらの排水トンネルは、亀ノ瀬の地すべり対策として計画されていた最後の排水トンネルなのだそうです。
その工事中にかつての亀瀬隧道が発見されるとは、何か運命的なものを感じずにはいられません。

排水トンネルを進んでいくと、さあ見えてきました。
トンネル内の壁がレンガで覆われた雰囲気の違う場所に到達します。

少し細くなっているトンネルを抜けると、

こちらが旧大阪鉄道亀瀬隧道のトンネル内の壁です。
黒っぽくなっているのが、かつて蒸気機関車がこちらを通っていた跡です。

とてつもなく良好な保存状態だと思いませんか?
ここが地滑り災害にあったとは思えないほどの状態で残っています。

内壁で使われたレンガ材のようです。

奥は行き止まりとなっています。
ここを掘り進めると、まだこの先のトンネルが状態よく残されているだろうということですが、現在はこれ以上掘削する予定はないようです。

こちらはレンガの外側の地層がどうなっているかを確認することができます。

いかがだったでしょうか。
まだまだ知られていないところに、驚くほどの歴史を感じさせられる遺物が残されているものですね。
特にこの亀瀬隧道については、市がバックアップして今後大々的に取り上げられていく機会が増えていきそうです。
今ならまだまだ訪れる人も少なく、じっくりと見てみたい人にはいい時期かもしれませんよ。