1142【人物あれこれ】タイの歴代国王の中でも人々から敬われ続けた国王『ラーマ9世』

人物あれこれ(Person)
この記事は約4分で読めます。

世界には現在もなお王をもつ国がいくつもあります。
日本もその中にあり、そういった国々の中でも際立って長い歴史をもつ日本は、世界の王をもつ国々の中でも重要な存在なのです。
しかし、アジアの中には日本以外にも王をもつ国があるのです。
その国とはタイです。

タイの元王朝はチャクリー王朝といい1782年に創設された王朝です。
その創設者はラーマ1世といいます。
このラーマ1世は母親が中国系のタイ人であるため、華人の地を引いた王族の人物なのです。
それからラーマ王は代々受け継がれていき、現在はラーマ10世が即位しています。
しかしこのラーマ10世、あまり評判は良くないですよね。
そもそも現国王はタイ本国にすら住んでおらず、ドイツに住んでいます。
この本国に滞在していないということや、複数回結婚と離婚を繰り返していることや何度も隠し子騒動が勃発していること。
さらには贅沢三昧な生活を送っていることなどスキャンダルには事欠かない王であることも原因です。
それ以上に評判がよろしくないのは、父親だったラーマ9世の存在です。

このラーマ9世なのですが、タイの歴代王の中でも国民から非常に敬愛された王であり、2016年に崩御された際には、国中の人々が喪に服し、悲しみにくれました。
それほどの偉大な王だったラーマ9世。
実際にどのような人物だったのでしょうか。
今回はこの前タイ国王であった、ラーマ9世について紹介していきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 70年以上もの長い間王に在位していた偉大な王ラーマ9世。多くの国民から敬愛されたこの王は、どのような人物だったのでしょうか。

ラーマ9世

ラーマ9世は、タイの前国王であった人物です。
2016年に崩御されていますが、1946年から2016年までと70年間も国王に在位していた、世界の歴代王の中でもイギリスのエリザベス2世に次ぐほどの長い在位期間であった国王でした。
70年間の在位の間、非常に強い国民からの敬愛を受けた王でした。
そこまで国民から愛された理由としては、その清廉な人柄や、在位期間に残した数々の功績が、国民からの尊敬を集めた人物なのです。

そんなラーマ9世は、ラーマ5世の息子であったソンクラーナカリン王子を父にもちます。
ソンクラーナカリン王子は、ラーマ8世およびラーマ9世の父親です。
しかし兄であったラーマ8世はわずか20歳の時に、寝室で銃弾が頭部を貫通したしたいとして発見されます。
後にラーマ8世は他殺であるとされています。
1946年のこの早すぎるラーマ8世の死に伴って、その崩御の12時間後にタイ国王に即位しました。

タイというと、王制をもつ国であるものの、軍事政権下に置かれた時期の長い国であり、国内では軍事的なクーデターが繰り返された、政権がいつも不安定な状況にある国です。
そのため、ラーマ9世が国民から絶大な支持があるとしても、政治的には象徴的な地位にあるにすぎませんでした。
しかし、対軍部と、市民運動の両方に対して柔軟に対応を行って仲立ちを行ったり、官僚や軍部との調停役として振る舞ったりするなど、決して表立った政治活動ではなく王という立場で、それぞれがうまく事態を収拾できるように立ち振る舞いました。
そのことによって、数々のこんなな情勢は収拾することができ、タイ王家、そして国王の地位を回復して、多くの国民から支持される王家へとすることができたのでした。

その支持が確実なものとされたのが、1992年に起きた暗黒の5月事件です。
この事件は、タイ王国陸軍による軍事クーデターから勃発します。
それに対して民主化を望んでいた国民の反発が起こり、首都のバンコクを中心に抗議デモが起こります。
軍部は銃の発砲によって多くの死者が発生する事態になりますが、ここでラーマ9世が間に入ります。
ラーマ9世は、対応国軍側の首相と、民主化グループの指導者との双方を王宮に予備、正座させたうえで叱りつけ、この騒乱を一夜にしておさめたというものでした。
この事件もラーマ9世がより一層敬愛と尊敬を集めた事件となったのでした。
このようにらラーマ9世は、政治的主導者としてではなく、国内の権力がうまくバランスよく働くようなバランサーとして、その存在感を強めていたったのでした。

そんな国の発展のために尽力を尽くしていたラーマ9世でしたが、晩年は身体的な不調も出てきます。
そういった際には、国王の誕生色である黄色い服を着て、多くの国民がその健康と長寿を願い集まるといった様子が、テレビなどでも紹介されていました。

しかし、2016年6月にラーマ9世は在位70年を迎え、その当時存命中の君主の中でも最も長い君主となりました。
ところが、その記念行事が行われているときには、国王自身は入院中でした。
そして、そこから4か月後の10月。
ラーマ9世は、入院していてたシリラート病院で88歳の生涯を閉じます。
在位期間が70年と4カ月という、歴史的に見ても永い在位期間だった王に対して、対国民のみならず、世界中の多くの人々が喪に服したのでした。

いかがだったでしょうか。
現代において王というと、ほとんどの国々では政治的な力をもつのではなく、象徴的な地位にあるというのがほとんどです。
しかし、なぜ象徴としてその地位にいるのか?
このラーマ9世の在り方というは、現代の王政の在り方というものをしっかりと世界へと見せてくれていたのではないかと思います。
ラーマ9世亡き後のタイは、今後訪れるかもしれない数々の危機に対して、それを乗り越えることができるのか。
タイ王家が人々から支持を集められるかどうか、今後の動きにも注目です。