118【岡山紀行】戦国期の城とは一味違う、大和朝廷に築かれた古代の城『鬼ノ城』

百名城/続・百名城(Castle)
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今回は岡山県にある日本百名城の一つです。

これまでに紹介してきた百名城は、ほぼみなさんのイメージ通りの雰囲気だったかもしれませんが、今回の記事で紹介する『鬼ノ城』は、一味違う城です。

なぜなら、まずは年代が全く違うのですね。
戦国期かそれ以降の城がほとんどの中で、それよりも1000年ほど前の城です。

そのため、作りも全くこれまで紹介してきた城とは異なる城となっています。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 百名城は百名城でも、一味違う山上の砦。古代の空気をひしひしと感じます。

日本百名城・続日本百名城 こだわりのお城ピックアップ5選①にも選びました。

071【ピックアップ】日本百名城・続日本百名城 こだわりのお城ピックアップ5選①
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現存天守備中松山城の記事です。

156【岡山紀行】現存天主唯一の山城『備中松山城』は、山上にあったからこそ解体を免れた
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鬼ノ城

こちらは復元された西門です。
鬼ノ城に向かって行くと、まずはこれが眼前に見えてきます。

アクセス

JR総社駅下車。その後タクシーで約30分で到着します。

歴史

鬼ノ城は、築城年ははっきりとはわかっていないのですが、7世紀後半頃に大和朝廷によって国防のため築かれたとされている古代の山城です。
しかし、その経緯については記録が残されておらず、その歴史が解明されていない謎の城です。

古代日本にとって、大陸から海を通り外敵がやってくる可能性があったために、九州から近畿に至る防衛は疎かにできませんでした。

国防のためのみではなく地方土地としての役割を担っていたという見解もあったりするなど、様々な見解があったりするそうですが、その役割から廃城に至るまでもが謎の城です。

それでは、実際に鬼ノ城に向かってみましょう。

鬼ノ城に行ってみた

鬼ノ城は、史跡公園としてきれいに整備されており、駐車場も十分に準備されています。
そのため、車で現地に向かった後は、総社市鬼ノ城ビジターセンターを目ざします。

なお、”登り口”とあるように、基本的に登山ですので、それなりの装備はしていきましょう。

鬼ノ城ビジターセンター

山頂までの途中には手前には総社市鬼ノ城ビジターセンターがあり、発掘調査や復元の様子などが展示されています。

百名城スタンプもこちらにあります。
押し忘れのないように!

鬼ノ城について、現在分かっていることから、発掘調査の経緯などをこちらで知ることができます。
実際に城跡に訪れる前に、事前にビジターセンターで基本的な情報を入手しましょう。

鬼城山山頂にこのように城が築かれていたようです。
城壁が山頂に沿って築かれていた様子が模型からわかりますね。

鬼ノ城

ビジターセンターを抜けると、鬼ノ城跡に登っていくことになります。
かなり急な坂道が続きます。

道は舗装されていますので、歩きやすい道ではあります。

いよいよ鬼ノ城の西門が見えてきました。
山上の砦ですね。

次は反対に、山頂から街を見下ろしてみました。
防衛の拠点と考えられている城だけあって、一望できますね。

西門までは基本的にずっと登りが続きます。

西門

いよいよ西門に到着しました。
鬼ノ城跡では西門をはじめ、調査や復元作業が行われており、北門や角楼跡を見ることができます。

城門は、東門・南門・西門、北門の4ヵ所にあり、西門は主な進入路と考えられています。

西門跡はかなり良好な状態で残っていたとのことであり、12本もあった柱の位置やその太さ、寸法などを正確に知ることができたため、復元につなげることができたそうです。

古代の山城城門の復元は、ここが日本初の事例とのことです。

土塁が長く続いていますね。

西門から城内に入りました。
水はけをよくするための構造になっているようです。

角楼跡

角楼という施設です。
城壁の死角を補い、城の防御力を高めるために築かれたものだそうです。

角楼跡より西門を眺めています。

角楼跡を降りてきました。

帰り道もこの急こう配です。

いかがだったでしょうか。
これまでに紹介してきた城跡とは一味違う城だったのではないでしょうか。

古代の城跡をここまで復元し体感できるところは、なかなかあるものではありません。
記録が多く残されていない分、イメージできる部分はかなり多いのではないかと思います。
百名城というきっかけから、古代日本の謎の山城を思い浮かべてみませんか。