140【兵庫紀行】銀山といえば世界遺産の石見銀山ですが、兵庫にもあるのです『生野銀山』

近畿地方(Kinki)
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日本ではその昔、鉱山資源が豊かに採取できた時代がありました。
金や銀など、世界的に見ても価値のある鉱物がたくさんとれたのですね。
そうなってくると、そういった鉱山は時の権力者からすればなんとしてもわがものにしておきたいものですよね。
そのため、様々な歴史上の権力者と、その裏にはその財力を維持するための鉱山というものが対であったのです。

日本にある銀山と言えば、世界遺産『石見銀山』がぱっと思い浮かびますね。
しかし、日本にある銀山跡は石見だけではありません。

兵庫県朝来市にある『生野銀山』。
歴史の中心地である近畿地方に近いだけあって、有力な権力者によってかなり早い段階から開発の進められてきた歴史ある銀山跡です。
また、近年は少し不思議な取り組みも・・・。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • ただの食堂と侮ることなかれ。食の宝庫丹波篠山を代表するメニューの数々。

兵庫県朝来市、竹田城絡みの記事です。

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生野銀山

兵庫県 朝来市

朝来市は、兵庫県の北部にあり、旧但馬国の地です。
内陸の山に囲まれたところにあるにもかかわらず、古墳などが多数見つかるなど、古代から要所として知られていた土地です。

近年は、竹田城の人気もあって観光客が非常に押し寄せるようになってきているそうですが、写真にもあるように
・国史跡 竹田城跡
史跡 生野銀山
・国史跡 茶すり山古墳
・よふど温泉 黒川温泉
・神子畑鋳鉄橋

など、見どころもたくさんあるのです。

この中から今回は『史跡 生野銀山』を紹介します。

生野銀山へのアクセス

生野銀山は、JR生野駅より東に約5kmです。
バスで、生野銀山口バス停まで10分ほど。
そこから徒歩10分で到着します。

生野銀山の歴史

生野銀山は兵庫県朝来市にある日本有数の銀山です。
生野銀山の開坑は、807年(大同二年)と伝えられています。
その後、時の権力者たちの富の源として、代々開発されていくことになります。

1578年(天正六年)には、織田信長が生野奉行を置きました。
そのころには、石見の商人から採掘や精錬の技術を探仮、本格的に採掘を開始しました。
その後の豊臣秀吉や徳川家康にいたっては、奉行または代官を置いて直領として重要な財源の一つとされていました。
江戸が終わり明治に入ると、日本初の政府直轄運営鉱山となり、フランスから技師を招くなどして機械化を図り、採鉱、精錬をより発展させていきました。
明治中期には宮内省の管理下に入り、のちに三菱金属株式会社がこれを承継しました。
そして、昭和48年に閉山し、1100年あまりの鉱山の幕を閉じました
最終的な坑道の総延長は350kmもの長さになっていたとのことでした。

生野銀山に行ってみた

生野代官所入り口

では、生野銀山に行ってみたいと思います。
1716年に生野代官と改称したため、入り口わきには生野代官所と書かれています。

生野銀山見石

坑道の入り口わきにある生野銀山見石です。
江戸時代の手彫り跡の所を、山神宮分社として祀っていました。

観音石

観音様の横顔に似た岩肌だそうです。
落石防止の金網を張った結果、浮き出てきたのだそうです。

坑道入り口

それでは坑道に入っていきたいと思います。

樋引人足

坑道内を掘り進めていくと地下水が湧き出していきます。
そのため、その水を排水する必要があるのですね。
機械化されるまでの排水方法の様子です。
生野銀山ではこのような人形が作業をしている様子を展示してあります。

唐箕で風を送る

坑道で必要なのは空気の循環です。
唐箕というと精米作業で使われる昔の道具ですが、これをもちいて、坑道の奥にまで風邪を送っている様子です。

天然のワインセラー

坑道の中はかなり温度が低くなっています。
通年このような温度らしいですね。
そのため、この温度を活かして、ワインセラーが設けられています。
ワインや日本酒などを貯蔵し、それらは敷地内の売店で販売されていました。

スラッシャー

盛り上がってきた岩石を削り落とし、坑道を維持するための機械です。

削り落とされた岩石が運び出される様子です。

五枚合掌支柱組

坑道内の落盤などを防ぐために、支柱が設けられている箇所もあります。
ここは五枚合掌支柱組と呼ばれる工法だそうです。
必殺技の名前のようですw。

坑道内の案内図がありました。
現在公開されているところが上記の案内図の範囲になります。
実際は総延長350kmもあるので、どこからどこまでなのかは想像できません。

オフセットストーパー

上向きに削孔作業を行う際に用いられる機械です。

金鉱脈

鉱山内の金の様子です。
このように鉱石として存在しているのですね。
ぱっと見ではよくわかりませんでした。
プロがいないと見分けられませんね。

機械化以前の掘削作業の様子

機械化以前と以後の両方が交互に展示されています。
人の手で掘削というのがやはりイメージできませんね。

発破作業の様子

無数に穴をあけられた岩にダイナマイトを設置し、発破作業を行います。
ダイナマイトが世に現れてからは、作業そのものも大幅に変わっていったのでしょう。

近代の鉱員の服装の様子です。

ローダー

ローダーという機械で、細かく砕けた岩石を積み込みしていきます。

太閤水

豊臣秀吉が絶賛した地下水だそうです。
現在は飲んではいけないことになっています。

こちらも地下水が湧き出ていました。
鉱山の中にいかにたくさんの水が含まれているかが分かりますね。

巻揚機

生野銀山は最深部では800mも超す深さの鉱山です。
この巻揚機を使って、鉱員らを地下730mまで送り迎えしていたそうです。

坑道内の移動はこのような人車が用いられていました。

堀大工

後半はこのように、人の手で掘り進められていたころの様子の展示が主となっていました。

砕女

鉱石をより小さく砕き、銀鉛を含んだ鉱石をより分けている様子です。

負子

掘り出されて鉱石を外に運び出す役割の人々です。
菜種油の光だけで暗い坑道を進んでいます。

振矩師

現代でいう測量士です。

石砕の作業

意思をさらに砕いていく作業を行っています。

休憩所

きちんと鉱員のための休憩所も設置されていました。

木作り

坑内の岩石がもろいところのための支柱になる木を用意している様子です。

役人の様子

役人が作業の様子や、その日採掘された成果などを確認している様子です。

鉱脈

岩盤と岩盤に挟まれた鉱脈の様子です。
素人目には全くわかりません。

全国の鉱山

日本全国にある鉱山の様子を表しています。
こんなにもたくさんの鉱山があるのですね。
現代日本からでは想像もできない数です。

鉱員や鉱石を運ぶためのトロッコ用の線路が敷かれています。

そして、外に出てきました。
夏場に行くと坑内との温度差がすさまじいため、眼鏡をかけている人は要注意です。
とんでもなく曇りますw。

鉱山資料館・生野鉱物館

生野銀山の敷地内には鉱山資料館や鉱物館といった博物館も併設されています。

さきほど、坑内で貯蔵されていた酒類です。

銀山ですが、金にまつわるお土産が多かったように思いました。
時代劇の名シーンを再現したい方はぜひ!

銀行籍と、そこから得られる銀塊の展示です。

こちらが生野鉱物館です。
鉱山とあわせてどうぞ。

というわけでいかがだったでしょうか。
鉱山というと日本の産業史跡ということで各地でも見られますが、この生野銀山はかなりの規模であり、ここだけでも非常に見ごたえのある観光スポットとなっています。

ところで、坑内では人形による展示が行われていますが、生野銀山何を思ったのか、この人形たちを前面に押し出し、GINZAN BOYZなる謎のアイドルグループを作り、楽曲まで出しています。
まあ、面白くていいか・・・とも思うのですが、世界遺産への道は遠そうですw

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