145【ピックアップ】日本百名城・続日本百名城 こだわりのお城ピックアップ5選③

百名城/続・百名城(Castle)
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日本百名城・続日本百名城のピックアップ第三弾です。
今回は、現存十二天守をはじめ、真田幸村ゆかり城など、バラエティに富んだラインナップになっています。
百名城巡りをすると、現存天守から復元天守、模擬天守など様々な天守がありました。
やはり現存天守はその内部の様子が歴史を感じさせるものであり、その他の天守と比べると年月をとても実感することができます。
また、天守がなくても城跡だけで、どのような天守があったかをイメージさせるところも多数あるわけです。

今回も、これまでに行った百名城(43/100)及び続百名城(27/100)の中から、往年の時代を強く感じさせた印象深かったところを5つピックアップして、ダイジェストの形で紹介してみたいと思います。

おいおい、個々に紹介する記事も書いていきたいなと思っています。

【今回のわきみち】
  • 目に見える天守も、想像させる天守も、様々な楽しみ方ができるのが城巡りです。その中で印象に残った百名城・続百名城を今回も5つピックアップしてみました。

第一回目の百名城・続日本百名城ピックアップ記事です。

071【ピックアップ】日本百名城・続日本百名城 こだわりのお城ピックアップ5選①
日本には数多くの城や城跡があります。どれも個性的であり、その城が存在していた年代を感じさせる作りのものがほとんどです。今回は、自分が訪問した百名城・続百名城の中で、印象深かったところを5つピックアップし、書いてみました。

第二回目の百名城・続日本百名城ピックアップ記事です。

113【ピックアップ】日本百名城・続日本百名城 こだわりのお城ピックアップ5選②
日本にはまだまだ数多くの城や城跡があります。行ってみて初めてその広大さや特色に気づき、強烈に印象付けられる城もたくさんあります。今回は、そんな自分が訪問した百名城・続百名城の中で、後々まで印象が残っているところを5つピックアップしました。

勝連城(続日本百名城)

どこにあるの

沖縄県うるま市勝連南風原にあります。

どんな城

勝連城は沖縄県うるま市にある城趾です。
丘陵に作られており、全体的に曲線状の形の城になっています。
一の曲輪から三の曲輪までが階段状に連なっており、だんだんと標高が高くなっていきます。

元々勝連城は、14世紀初頭に築城されたといわれています。。

琉球王国が安定していく過程で、国王に最期まで抵抗した按司の阿麻和利(あまわり)の城として有名であり、海外との貿易で力をつけた力を以て琉球の統一を目論むものの、1458年に逆に王府によって滅ぼされた衰退していきました。

2017年に続日本100名城に選定されました。

おすすめポイント

勝連城の見どころは、最も高い一の曲輪から眺める風景です。
中城湾や金武湾。それらを囲む山々や離島、海中道路なども一望できます。
また、日本百名城である中城城跡もが一望できます。
景色を楽しむ目的でも十分楽しめます。

彦根城(日本百名城)

どこにあるの

滋賀県彦根市金亀町にあります。

どんな城

彦根城は、滋賀県彦根市にある城です。
江戸時代の井伊家代々の居城であり、彦根藩の政庁が置かれた平山城です。

現存十二天守のうちの一つであり、国宝指定もされています。

明治時代の廃城令によって解体される寸前までいくが、天皇の意向によりを辛うじて免れます。
そして、戦争時も彦根市の爆撃直前に日本が降伏を受け入れたため戦災も免れました。
数々の幸運を乗り越え、今もなお天守が現存しています。

彦根城城下町にあるゲストハウス無我の記事です。

027 【滋賀紀行】国宝天守の町で、無我の境地を堪能するおすすめ古民家『ゲストハウス無我』
現存天主かつ、国宝でもある彦根城。もちろんぜひ訪れるべき素晴らしい場所だが、そこにはもう一つの訪れるべき場所があるのであった。

おすすめポイント

やはり現存十二天守である天守そのものです。
梁や柱といった内部のつくりそのものが、その歴史の重みを感じさせます。

彦根城は世界遺産登録を目ざしていますが、世界遺産登録の基準が難しくなってきており、姫路城が同様の登録基準で登録されているため、現状なかなか登録されずに現在に至っています。

上田城(日本百名城)

どこにあるの

長野県上田市二の丸にあります。

どんな城

上田城は長野県にある城です。

1538年に真田幸村の父親である真田昌幸によって築城された平城です。
この地でおこった1585年の第一次上田合戦、及び関ヶ原の戦い時での第二次上田合戦においても、徳川軍を撃退・足止めした城です。
しかし、真田昌幸が関ヶ原の戦いでは豊臣方の西軍についていたため、関ヶ原の戦いで敗退後は、徳川軍によって上田城は破却されます。

江戸自裁には、真田昌幸の息子であり、関ヶ原の戦いでは東軍について幸村の兄である真田信之によって上田の地は治められましたが、上田城の再建は実現されませんでした。
その後上田の地を治めることになった仙谷氏によって上田城は新たに築城されました。

明治時代遺構にほとんどの建物は破却等がなされ、石垣と櫓が残るだけになっていましたが、徐々に復元が為されており現在に至っています。

現在、本丸跡には真田神社が建立されています。

おすすめポイント

上田城は元々は河岸段丘の上に築城されており、上の写真の歩道になっているところは当時は千曲川が流れていました。
そのため、上田城の南側の石垣は、かなりの高さがあり、段丘に作られた城であることがよくわかるようになっています。

備中松山城(日本百名城)

どこにあるの

岡山県高梁市内山下にあります。

どんな城

備中松山城は岡山県ある標高430mにある現存十二天守の中で唯一の山城の天守です。
江戸時代から残る天守や櫓、土塀などが残されていますs。

江戸時代には大きな戦がなかったため、普段の藩政を行うには山城ではなにかと不便があったため、主に藩政は山麓の城下町にて行われていたようです。

1240年に建造が開始され、その後城主は江戸時代を通じて多く入れ替えがありました。

明治に入り廃城令が公布され解体される方向となりますが、山城であり不便な立地から、建物は解体されずに放置され、かなりの荒廃具合を表すようになっていました。
(その当時の様子は写真展示がありましたが、手入れをしていない天主の行く末が写真に表れていました。)

昭和に入り、天守修復に向けた動きが始まり、1941年には天守をはじめ櫓などが国宝に指定されます。
2006年には日本百名城にも登録され、現在に至ります。

おすすめポイント

実は山城である備中松山城、こちらも竹田城に負けず雲海の中に城が浮かぶ天空の城なのですね。
しかも竹田城との違いは、天守が残っている事であり、天空の名城ともいわれています。
雲海に天守が浮かぶその姿は、マチュピチュとはまた違った趣があります。

また上の写真の位置は、岩盤の変形が見られ、崩落の可能性が指摘されている箇所なのですが、岩盤変動を監視するシステムを導入し、常時監視されているようです。

一宮城(続日本百名城)

どこにあるの

徳島県徳島市一宮町西丁にあります。

どんな城

一宮城は、徳島県にある約120mの高さに築かれている山城です。

1338年の南北朝時代に築城された城です。
豊臣秀吉の時代には、徳島城の支城として存在していましたが、江戸時代に入り、徳川幕府の一国一城令によって1638年に廃城となっています。

おすすめポイント

一宮城ですが、標高144mの山頂にある本丸を中心に、南北朝時代から戦国時代にかけて、戦いの中で築かれていった天然の地形を利用した堅固な構造の山城跡の姿を今もなお見ることができます。

いかがだったでしょうか?
今回もこれまで訪れた日本百名城・続日本百名城の中から、往年の時代を感じさせる印象深かったところを5つピックアップしてお伝えしました。

まだまだこれら以外にもおすすめしたい城はたくさんあります。
第4弾以降もご期待ください。