148【奈良紀行】日本の山中にまさかのアンコールのような古代遺跡!!?『高取城』

百名城/続・百名城(Castle)
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今回は奈良県にある高取城を取り上げます。
奈良県の城といえば郡山城の名前が良く上がるのですが、実は奈良県には百名城にも登録されている、日本でも最大規模の面積を誇った山城があったのです。

人里離れた地にあるために、長い年月放置され続けたこともあって、自然荒廃の進んでいる城址なのですが、精巧につくられた石垣などに、大きく育った木々が絡み合って、さながらアンコールの遺跡のような様相を見せる城跡なのです。

近年はテレビで取り上げられたりしたこともあり、その価値が見直されて、注目を集めている城跡なのです。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • その規模にはびっくり!?山頂に現れる日本アンコール遺跡。その広大な規模を歩いてみませんか。

百名城のピックアップ記事でもおすすめの城として取り上げました。

071【ピックアップ】日本百名城・続日本百名城 こだわりのお城ピックアップ5選①
日本には数多くの城や城跡があります。どれも個性的であり、その城が存在していた年代を感じさせる作りのものがほとんどです。今回は、自分が訪問した百名城・続百名城の中で、印象深かったところを5つピックアップし、書いてみました。

高取城

高取城の歴史

高取城は、現在の奈良県、奈良盆地の南端にあった標高584mの高取山の山頂を中心に築かれた城です。
江戸時代には高取藩の藩庁がおかれ、代々植村氏によって治められていました。
山上の敷地内に、城と家臣の屋敷などを取り込んだ城下町とが取り込まれた特徴的な作りであったため、日本国内ではその総面積では最大規模の山城であり、日本三大山城として、備中松山城(岡山県)・美濃岩村城(岐阜県)とともに日本三大山城サミットを開催し、お互いに保存と活用に努めているということです。

南北朝時代の14世紀前半、土豪であった越智氏が南朝の呼びかけで1332年に築城したのが始まりといわれています。
その後、織田信長の一国破城により、大和国の城は郡山城と定められたため、高取城は天正8年(1580年)に一旦廃城となりました。
しかし、天正12年(1584年)に筒井順慶による復興を経て、豊臣秀長の家臣本田氏によって16世紀末~17世紀初頭に近世城郭として完成されました。
二の門・壷坂口門・吉野口門の内側は「城内」、山中のすべての範囲が「郭内」とよばれていたようです。
明治に入り廃城となり、建造物のほとんどは売却されました。
また、天守などの主要な建造物はその後放置されたため、自然に荒廃したそうです。
現在では石垣などしか残っていませんが、なかなか人が入らなかった立地であったこともあり、ほぼ往年の状態をとどめている点で貴重な史跡とされています。
しかし、長年放置されたことから、崩落が危険視されれている箇所もあり、注意書きがなされているところもあります。

アクセス

電車の場合は、近鉄「壺阪山駅」から奈良交通バスに乗り換え「壺阪寺前」下車+徒歩約50分
車の場合は、城内入口付近にかろうじて停めることができるスペースがあるので、この手段が一番お手軽に行くことができます。
徒歩の場合は、壺阪山駅から2時間コースです。

高取城に行ってみた

夢創館~スタンプ設置所~

高取城に行く前には、まずスタンプですね。
駅から少し歩いたところにある、『夢創館』というところに百名城スタンプが設置されています。

スタンプを押し、いざ出発です。
徒歩の方は、ここから90分~2時間位かかります・・・。頑張ってください。

車で登城口へ

それでは、登城口まで車でやってきました。
駐車場ではありませんが、このように入り口周辺にかろうじて停められるところがありますが、そんなにたくさんのスペースがあるわけではありません。

登城開始

ここからでもまだ550mあります。
山中の550mですのでそこそこ時間はかかりますよ。

かなりの大きな規模の城跡なので、さっそく石垣が見えてきました。
しばらく放置されてきた城跡なので、苔もよい感じに生えています。

けっこう登っていきます。

城跡としては、崩落の危険があるところがあるらしく、このような注意書きがあるところもあります。
気を付けていきましょう。

一部はこのような階段が設置されています。

在りし日の高取城の様子がCGで表されています。
明治20年ころまでは、荘厳な建造物もまだ残っていたようです。
今となっては非常にもったいないですね。

石垣はなかなか良い状態で残っています。

地面をよく見ると、割れた瓦が多数散乱しています。
建造物が倒壊されたり、取り壊しになった時に、この場で瓦などは処理され、放置されたようです。

城内の区域へ

大手門跡になります。

石垣から大きな木々が生えている様子が分かりますね。
長年自然の中で放置された山城は、このように自然の力によって取り込まれていくのですね。

町並みを眺めることができました。
かなり高い標高まで来ています。

本丸跡へ

本丸跡が見えてきました。
山頂近くにあるにもかかわらず、かなりの規模を見せています。

高さもかなりある石垣ですね。

天守郭跡の石塁です。

かなり好きな角度です。
威容ある石垣ですね。

本丸に入っていきます。
本丸入り口には木彫りの熊の像と、誰が作ったのか木彫りの高取城が置かれています。
ここに生えていた木にそのまま彫刻してあるようです。
ここに通って作ったのでしょうか!!?

本丸跡に入っていきます。

天守台跡ですね。

高取城の敷地内だけでもかなりの高低差があります。

天守台そばに井戸がありました。
山城では水の確保がとにかく大切なのです。
ただし、高取城の井戸の大半は地下の水脈までは通っておらず、雨水や湧水を集めるためのものとして使われていたようです。

高取城で最も高いところから見た光景です。
山城の中でもかなりの標高ですね。
初めのうちは敷地内に城と城下町とが造られた城郭だったそうですが、この立地もあったことから、城下町は山麓へ移動してしまったようです。
生活が大変ですもんね。

いかがだったでしょうか。
山頂の山林に囲まれた中にひっそりと佇む高取城。
人の手が入らず、自然の中で今日まで残ってきた城跡からは歴史の重みを感じさせられますね。
奈良県を代表する城跡にしてもいいような気がしますが、今のままでひっそりと威容を持ち続ける城跡であってほしい気もありますね。
何にせよ、奈良県にいったときは、ハイキングがてら、日本のアンコール遺跡を巡ってみてはいかがでしょうか。