170【和歌山紀行】1000年以上の歴史ある聖域。溢れる荘厳な雰囲気の『高野山 奥之院』

日本の世界遺産(Japan Heritage)
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和歌山県高野山。
世界遺産にも登録されているこの地は、空海(弘法大師)の開いた、真言宗の総本山である金剛峯寺のある聖域です。
この金剛峯寺を中心として、一大宗教都市として形成されていうのがこの高野山です。

そんな高野山一帯の中で、ぜひ訪れてほしいところが、現在も空海が瞑想を続けている地である弘法大師御廟のある奥之院と、そこまでの長い参道です。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 今もなお空海が祈り続けている真言仏教の聖地高野山は、その空気までもが神聖さを醸し出します。

近隣の和歌山県の見どころを取り上げた記事です。

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高野山

高野山とは、和歌山県の北部にある山々に囲まれた標高約900mの盆地状の平地のことであり、実は高野山という山はありません。
この地は、空海(弘法大師)によって816年に開かれた真言仏教の聖地です。

2004年には、「紀伊山地の霊場と参詣道」として、珍しい”道”の世界遺産の構成要素としてユネスコの世界遺産に登録されました。

高野山真言宗の総本山である金剛峯寺や数々の寺院を中心とし、一つの町が形成されている宗教都市となっています。
この高野山にある寺院の特徴としては、そのほとんどが宿坊でもあり、一般の参拝客が寺院に宿泊することができるようになっています。
精進料理や、修行体験などもできたりと、日常とは異なる体験ができるということで、大変人気な宿泊施設ともなっています。

このような高野山の地域の中に、今回紹介する『奥之院』があります。

高野山 奥之院

弘法大師が御入定されているとされる御廟のある奥之院は、国の史跡であり世界遺産でもあります。
今もなお空海は生き続け、祈りを捧げ続けているとされ、毎日空海のための食事が用意され続けています。

また、参道には歴史的な皇室や公家、大名などの墓が多数並んでいます
その中には、誰もが知っているような歴史上の有名な人物の墓が多数あります。
およそ20万基を超える諸大名の墓石や、記念碑、慰霊碑が並んでおり、樹齢数百年を超える杉木立が立ち並んで独特の雰囲気を醸し出しています。
なぜこの場所にこれほどたくさんの歴史的に有名な人物たちの墓があるかというと、江戸時代に徳川家康が高野山を墓提所と定めたことが始まりであるらしく、全国の諸大名がこぞってこの地に墓を建てたのだそうです。

アクセス

鉄道
南海高野線の極楽橋駅下車で、南海ケーブルカーで高野山駅下車。そこからは、バスかタクシーで移動となります。

高野山へは、特別な観光列車『天空』も運行されています。
南海橋本駅から、極楽橋駅間を利用することができます。

高野山 奥之院へ行ってみた

それでは高野山 奥之院にいてみましょう。
南海で極楽橋駅に着いた後から紹介していきたいと思います。

極楽橋駅からは高野山駅へケーブルカーで登っていくこととなります。

ケーブルカーの内部です。
一番前が写真を撮るにはいいですね。

登っています。
ケーブルカーですので、途中で必ず下りの車両とすれ違うポイントがあります。
写真の奥に対向車が見えていますね。

山頂の高野山駅が見えてきました。

高野山駅へ到着です。
かなりの世界遺産推しな案内がたくさんありました。

こちらが高野山駅です。
なかなかレトロな駅舎ですね。

高野山駅からはバスで移動になります。
奥の院前まで利用します。

バスに揺られ、奥之院参道一の橋入り口前までやってきました。
もう一か所中の橋入り口もあるのですが、正式には一の橋が浄域への入り口になるのだそうです。
一の端入り口から奥の院までは2kmほどの参道となります。

奥之院の参道に入ると、明らかに空気が変わります
特に霊感などはありませんが、非常に神聖な雰囲気を感じました。

高野山町の石道は世界遺産であり、古くから聖地高野山への信仰の道とされてきました。

奥之院の参道の両側にはたくさんの墓所となっています。
そして、どこかで聞いたことがある名前がたくさんあるのです。

こちらは徳川家康の次男、結城(松平)秀康の石廟です。
16-7年に建立され、瓦や壁、内部の柱や棟木、扉に至るまで全て石造りであり、そのためか、現在もなおその姿をしっかりと留めています。

こちらは織田信長の墓所です。
安土城にもありましたね。

こちらはビルマ戦線での英霊を祀った墓です。
このような、先の大戦で亡くなった方々の墓所もあります。

あともう少しで御廟橋です。
この橋を越えると、弘法大師御廟の霊域に入るため、撮影は一切できません。
そのため、写真はここまでです。
橋を渡る前に脱帽し、服装を正するなどが必要です。

参道には一の橋からの参道と、中の橋からの参道があります。
どちらも途中で合流はするので行き来はできます。

名だたる大企業の墓所もたくさんありました。
こちらは江崎グリコです。

このあたりは、企業関連などの墓所が多いエリアでした。

こちらは、楽書家(落書き)ができる碑がある墓所です。
昭和の大漫才師、エンタツ・アチャコの花菱アチャコ氏の墓所でした。

こちらはヤクルトの墓所です。

明和工業という会社の墓所です。
ロケット型の碑石なのですが、そういった関係の会社なのでしょうか。

中の橋側に出てきました。
こちらの入り口には、大きな駐車場が設けられていることと、奥之院まで800mほどであることから、こちらから入る方も多いようです。

いかがだったでしょうか。
今回は少ししか写真を載せることができませんでしたが、ここに載せた以外にも名だたる歴史上の人物の墓所がたくさんあります。
また、一切撮影のできない御廟橋から先は、自分自身で体験するしかないエリアですね。
弘法大師御廟では、1,200年もの間、1日2回の食事が空海のために運ばれ続けています
毎日朝6時と10時半の2回、食事を運ぶ生身供(しょうじんぐ)という儀式を見ることもできます。
今もなお空海が生き続ける高野山の地で、日常とはことなる聖なる空気を感じに行ってみませんか。