187【北海道紀行】戊辰戦争最後の戦いの地、特徴的な五芒星形城郭の『五稜郭』

百名城/続・百名城(Castle)
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日本国内に多数存在する城郭跡。
どれも特徴がありますよね。
戦国期の物であれば、戦いに特化したような山城のような立地に、難攻不落となるような仕掛けが多数あったりしますよね。
江戸期の物は、戦いに向けたというよりも、藩政の中心としての造りが見られたりしますよね。

そして、今回紹介する五稜郭は、近代戦の考え方が反映された、特徴的な縄張りをしています。
五芒星型かつ、シンメトリーなその形は非常に美しい様相でありますが、それ以上に戦の戦略的に非常に考えられた造りなのです。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 戊辰戦争、そして土方歳三終焉の地である北の戦略的城郭を見に行ってみよう。

北海道絡みの記事です。

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五稜郭

五稜郭は、函館奉行が蝦夷地(のちの北海道)を統治するために、箱館奉行所を移築するために整備した西洋式の五芒星の形をしていることから五稜郭と呼ばれる城郭です。
蘭学者武田斐三郎の設計によって7年の歳月をかけ、元治元年(1863年)に築城されました。

その後歴史の表舞台に出てくるのは、戊辰戦争最後の戦いである箱館戦争ですね。
江戸湾から軍艦8隻と共に脱走した榎本武揚率いる旧幕府脱走軍が函館に入り、明治元年(1868年)に五稜郭を占拠し、旧幕府軍による暫定政権、いわゆる「蝦夷共和国」を樹立しました。

しかし、榎本率いる旧幕府勢力は、新政府軍との戦いに敗れ、7か月後に降伏しました。
五稜郭は新政府軍に明け渡され、戊辰戦争最後の戦いとなった函館戦争は終結することとなります。
旧幕府側の中心人物であった蝦夷共和国総裁の榎本武揚は、降伏後投獄されますが、その後釈放され明治政府の要職として、逓信大臣や文部大臣など要職を歴任することとなります。
また、蝦夷共和国陸軍奉行並や函館市中取締の要職を務めた元新選組の副長土方歳三は、明治2、新政府軍の総攻撃に対して友軍援護のため出撃しましたが、一本木関門で銃撃を受けて35年の生涯を閉じた。

箱館戦争の終結を受けて、日本で長く続いた封建制度が終わりを告げ、日本は新しい時代へと歩みを始めていくことになったのです。
五稜郭跡は、昭和27年に国の特別史跡に指定されています。

アクセス

JR五稜郭駅から、函館バスにて「五稜郭公園前入口」下車後、徒歩で約7分。
または、市電にて「五稜郭公園前」下車後、徒歩18分です。

五稜郭に行ってみた

それでは、五稜郭跡へ行ってみましょう。

季節的に紅葉がとても美しい季節でした。

武田斐三郎の碑が建てられていていました。

箱館戦争時の兵器関連が展示されていました。

兵糧庫

ここは兵糧庫といい、元治元年(1864年)に五稜郭が築城された当時の食料等物資を備蓄するために造られた土蔵造りの建物です。
当時の五稜郭内には、箱館奉行所庁舎、土蔵厩舎などもありました。
ところが、箱館戦争以降の明治4年(1871年)に開拓使の手により解体されました。
しかしこの兵糧庫だけは解体をまぬがれていたのですが、老朽化によって平成13年~14年に復元工事が実施され、現在に至っています。

箱館奉行所

 箱館奉行所とは、当初は箱館山の麓に置かれていた江戸幕府の役所でしたが、開港後、元治元年(1864年)に内陸の亀田(現五稜郭町)に移転し、五稜郭と共に現在の地に完成しました。

 ところがその後、明治元年(1868年)の戊辰戦争最後の戦いである箱館戦争の中心地であり、明治4年(1871年)に解体されました。

現在は箱館奉行所が残されていますが、古い写真や文献などを基に平成22年(2010年)に復元されたものです。
写真は復元工事中に撮影したものです。

五稜郭タワー

現在の五稜郭タワーは2006年に建て替えられた2代目のタワーです。
初代タワーでは60mだった高さが107mとなり、展望部分も以前の物より高くなりました。
上空から五稜郭を一望することができ、その五芒星の形もきれいに眺めることができます。

箱館タワーには新選組の土方歳三の像が置かれています。
この像は、土方歳三ら旧幕府軍が、蝦夷地から新政府の勢力を駆逐し、蝦夷峡谷暫定政権を樹立した明治元年に戦場から凱旋した土方歳三の姿を再現したものです。

展望室2階にも、土方歳三の座像が展示されています。

五稜郭が一望できますね。
上の写真の手前に見える小島のようなものが、半月堡と呼ばれるものですが、建築当時の予算の制約と、外国からの脅威が予想していたほどではないことなどから、当初予定されていた5か所から、1か所のみに規模が縮小されました。

遠く5km先にある函館山も見えます。

五稜郭のデータも展示されています。

こちらは復元模型です。
五稜郭の構造が良くわかります。

いかがだったでしょうか。
百名城の中でも、築城の年代が非常に新しい城跡であるため、これまでに紹介してきた他の城や城跡ともかなり異なった様子でした。
ただ、日本古来からの築城技術と、西洋から入ってきた新しい概念とが融合した近代城郭跡として、見どころの多い地となっています。
函館といえば、海の幸もたくさんの大人気観光地ですが、併せて五稜郭跡も旅の行程へ加えてみてはいかがでしょうか。