188【スリランカ紀行】インド洋に向かう世界遺産の城塞都市『ゴールの旧市街と要塞』

世界の世界遺産(World Heritage)
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スリランカの南端に、小さな世界遺産都市があります。
ゴール(ガル)と呼ばれるこの町は、現在でも強固な城壁に囲まれている要塞都市なのです。

なぜこのような小さな町に、アジアでも最長の城壁で囲まれた町があるのかですが、スリランカという国が、過去の植民地時代に、16世紀のポルトガルによる支配から英国による支配まで、さまざまな国に支配されてきた歴史があったからなのです。

そのためゴールの城壁内には、ヨーロッパ様式の建築様式とアジアの伝統様式が融合し、現代の人々によって建造物を生かした新たなお店が開かれるなど、長い歴史と現代の生活がまじりあった街並みになっています。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 強固な城壁に守られ続け、人々の命を守りながら今も変わらないその姿を保ち続ける城壁都市。

ゴールの旧市街と要塞

ゴールの街は、突き出た半島の城壁に囲まれた旧市街と、北側にある新市街との大きく二つに分けられます。
このうち、旧市街側が1988年に世界遺産『ゴールの旧市街と要塞』として登録されています。

スリランカは、大航海時代・植民地時代に、数々の支配国によって植民地として支配され続けてきた国です。
シンハラ人と後に移住してきたタミル人が住む地であったスリランカですが、島内にいくつかの王国の存在する場外が続いていました。
しかし、1505年にポルトガルによって植民地化が始まり、そこから1658年までの約150年間ポルトガルの植民地となりました。
ポルトガルの支配の中、1625年には簡素ではあるものの、植民都市ゴールの要塞が建設され始めました

1658年からは、ポルトガルに変わりオランダがスリランカ植民地化し、再び約150年間植民地となります。
オランダ統治下において、ゴール要塞の基本形が作り上げられていき、1663年には旧市街の城壁が築かれました。
また、1669年までには、ヨーロッパ式の城郭に見られる堡塁である稜堡(城壁や要塞から外に向かって突き出した角の部分)も3つ築かれ、さらには勢力を伸ばしていたイギリスに対抗するために11の稜堡も追加で築かれました。

しかしその後、1796年からはイギリスの東インド会社のコロンボ占拠をきっかけに、1802年からは1948年までの約150年間イギリスの直轄植民地となりました。
オランダからイギリスに支配国が変わる際に、オランダからの無血譲渡であったことから、ゴールの町はほとんどが破壊されることなく、当時の様子をそのまま残した建造物が今もなお多数残っているのです。

このオランダ統治時代に築かれた城壁に関するエピソードがあります。
とにかく強固に作られたゴールの城壁ですが2004年に発生したスマトラ沖大地震でスリランカを大津波が襲うことになった際に、この強固な城壁によって大津波から壁内の旧市街が守られることになったのです。
 

アクセス

コロンボフォート駅から120km程の道程ですが、約3時間半かかります。
けっこう利用者も多いので、座席は早い者勝ちです。
なお、片道費用は100円ちょいと激安です。

コロンボからゴールまでのコーストラインはほとんどがこのような海の真横を走る鉄道です。
しかし、この立地が災いし、2004年に発生したスマトラ沖大地震では、鉄道車両が大津波の直撃を受け、とてつもない数の被災者が発生したのです。

 

ゴール駅に到着です。
町中に移動して行ってみましょう。

スリランカのコロンボからゴールまでの鉄道、コーストラインの記事です。

033 【スリランカ紀行】スリランカ鉄道 コロンボからゴール(ガル)までのコーストライン120km
スリランカにはすばらしい見どころがたくさんあります。世界遺産も数多くあり、それ以外にも山のように見どころがある島国です。その中で今回は、コロンボからゴールまでを結ぶ海沿いを走るコーストラインについて書いてみました。速さだけが移動手段のメリットではありませんね。

ゴールに行ってみた

それではゴールの街に行ってみましょう。

ゴール駅

こちらがゴールの駅です。
壁のあるゴール旧市街までは、徒歩で10分ほどで到着します。

高い塀に囲まれた旧市街へのメインゲートが見えてきました。
上の写真で見えているのが城壁であり、ゴールの街はすべてこの城壁で囲まれています。

こちらが入り口になります。
城壁は長い歴史をそのまま残されているということであり、なかなかの迫力があります。

こちらは、新市街側から見たところです。
遠くにゴールのシンボル、ガルフォートクロックタワーが見えます。

城壁内部

城壁内部にはこちらのような小さな通路が設けられているところもあります。

城壁へ上がるための様々なルートがありました。

ガルフォートクロックタワー

赤茶けたレンガで造られたガルフォートクロックタワーです。
城壁の外からもよく見え、ゴールの旧市街のシンボル的な建物です。

ガルフォートクロックタワーのそばには、オランダ人とスリランカ人と思われる像が設けられていますね。

ムーン要塞

ムーン要塞から眺めたスター要塞の様子です。
遠くに見えるのはインド洋です。
ムーン要塞のすぐ下には芝生の広場があり、若者たちがボールゲームに興じていました。

ガルフォートクロックタワーそばのムーン要塞から眺めた新市街側へ向かう道です。
旧市街と新市街はかなり雰囲気が異なります。

スター要塞

半島の北西、クロックタワースゴそばにあるスター要塞です。
かなり入り組んだ強固な作りになっていました。

スター要塞から見たインド洋の様子です。

西側の城壁そばは、郡施設などが残っているらしく、上の写真の中央あたりにも遺構らしきものが見えます。

トリトン稜堡

稜堡の一つ、トリトン稜堡です。
このような稜堡がゴールの周囲にはいくつもあります。

フラッグロック稜堡

南端にあるフラッグロック稜堡からみた風景です。
ゴールは古くからの港町であるためもちろん灯台もあります。
灯台まで進み、左に進むとオーロラ要塞につきますが、城壁はそこからは歩くことができなくなっています。

フラッグロック稜堡です。
海へのダイビングを見せものにしている若者がいました。

ゴールの街並み

旧市街に入ってすぐの交差点です。
城壁内に入ったとたんに街の雰囲気が一気に変わります。

かつてスリランカを支配していた欧州各国のコロニアルな様式がかなり色濃く残っている町並みです。
そして、そういった古い建物がリノベーションされて、新たな街づくりとして生かされています。

自分が宿泊したオールドダッチハウスです。
オランダ様式の古い建物をリノベーションしたゲストハウスでした。

コロニアルな様式の街の中に、東南アジアや南アジアでよく見かけ三輪のタクシーがたくさん客待ちをしています。
追う風な雰囲気とアジアの雰囲気を感じる一枚です。

教会群

スリランカは仏教国ではありますが、このゴールの城壁の中では、上の写真のような教会やモスクのような建物の方が目につきます。

教会の内部にも入ってみました。

オールドゲート

ゴールの東側にはオールドゲートという、もう一つの城壁からの出入り口があります。

こちらはゴールの街の全体マップです。
小さい街なので、歩いて十分回ることができる広さですよ。

こちらがオールドゲートです。
入り口の上には東インド会社のレリーフが残されており、東インド会社のマークであるVOCが掲げられています。

城壁の外側にも、違ったパターンの東インド会社のレリーフが飾られています。

城壁外は?

あまり写真はないのですが、新市街の方にも歩いていきました。
こちらまでくると、スリランカの他の街でも見かけるような人々の生活様式を見ることができます。
小さいエリアに、歴史あるエリアと、現代の人々を感じるエリアが共存している面白いエリアなのですね。

いかがだったでしょうか。
スリランカには数多くの世界遺産があるのですが、その中でもスリランカが450年ほど欧州から支配されてきた歴史を伝える唯一の世界遺産です。
しかし、支配者が変わる際に大きな破壊活動がなかったことにより、ほぼオリジナルな形が現代までのこさえている点や、大津波から人々の命を守ったりしたことなどからも、ゴールの要塞に対する人々の意識は変わってきているのでしょう。
本来は戦いのために造られた要塞が、今ここに住む人たちにとっては今のゴールの姿そのものが懐かしさを感じるものになっているのではないでしょうか。
一歩ゴール旧市街に入ると、要塞とは思えないゆったりとした時間が流れています。
ぜひ旧市街内に宿を取って、ぶらぶらと街歩きなどいかがでしょうか。