196【山口紀行】長州藩毛利家代々の菩提寺『東光寺』

中国地方(Chugoku)
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現在の山口県萩市、古くは長州藩であったこの地ですが、藩を治めていた毛利家一族が祀られていてる菩提寺『東光寺』というお寺があります。
ここには、歴代の半分ほどの歴代藩主の墓が並べられており、その墓所の規模にも驚かされます。

それだけではなく、現代でも法事に用いられる“あの”仏具の原型となったものが置かれているのです。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 毛利家の菩提寺を参拝すると共に、ここには黄檗宗寺院特有の、”あの”原型となったものがあるのです。

近隣にある、松下村塾と萩反射炉の記事です。

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東光寺

東光寺(護国山東光寺)は、山口県萩市にある寺院です。
元禄4年(1691)に、3代藩主であった毛利𠮷就が、萩出身の高僧であった慧極道明禅師を開山として創建された寺院です。
宗派は、江戸時代に始まった三禅宗(黄檗宗・曹洞宗・臨済宗)の一つの黄檗宗となっています。
𠮷就の死後に、ここを墓所として、毛利氏の菩提寺となりました。

萩3代藩主の毛利吉就、5代毛利吉元、7代毛利重就、9代毛利斉房、11代毛利斉元の、奇数代の藩主の5基が夫人の墓と共に並んでいます。
その他、側近や関係者の墓もあり、国の史跡に指定されています。

初代である毛利秀就と、偶数代の藩主の墓は、萩市の大照院に置かれています。

アクセス

JR東萩駅から東へ1.5km、徒歩で20分で到着します。

東光寺に行ってみた

東光寺総門

東光寺の総門です。
元禄6年(1693)頃に造られたとされており、慧極によって書かれたとされる『護国山』の扁額が掲げられています。

東光寺三門

境内に入ると東光寺三門があります。

東光寺三門は、東光寺が創建された121年後である文化9年(1812)に、10代藩主であった毛利斉熙によって寄進されたものです。
2階建ての二重門であり、左右に禅宗寺院様式である平屋建ての建物である山廊があり、上層部へ上るための階段があります。
2階には毘盧遮那仏・十八羅漢などが安置されています。

東光寺鐘楼

東光寺鐘楼です。(写真がありませんでした・・・。)
元禄7年(1694)に4第藩主毛利吉広によって梵鐘(鐘)が寄進されており、その同時期に建立されたといわれています。
上層に梵鐘がつられています。

東光寺大雄宝殿

東光寺大雄宝殿内です。
大雄宝殿は、元禄11年(1698)に4代藩主であった毛利吉広によって建立されました。
堂内の土間が漆喰叩仕上げになっていたり、中央部を見上げると木を組んで格子形に仕上げた格天井になっているなどが、黄檗宗建築の特徴なのだそうです。

屋根は入母屋造りの本瓦葺きになっており、棟の中央部分には宝珠が置かれています。

また、屋根の端には鬼瓦が置かれています。
鬼瓦は、棟を整えることと、魔よけの意味があるのだそうです。
こちらの鬼瓦は創建当時そのままの鬼瓦の一つなのだそうで、元禄時代の文化や技法を知ることができる貴重なものなのだそうです。
この鬼瓦は、NHK大河ドラマ「太閤記」のタイトルバックに登場したものなのだそうです。

木魚原型

上の写真の木彫りの物は何だと思いますか?
これ実は、お経を読むときにポコポコ叩かれる”木魚”の原型である「開梆(かいぱん)」(魚板)と呼ばれるのだそうです。
なぜあれが木魚なの?と不思議に思っていたのですが、この写真の方は納得ですよね。
時を知らせるためや人を集めるためなどに使われていたようです。
開梛は禅宗である黄檗宗・曹洞宗の寺院で見ることができるそうです。

四大夫十一烈士の墓

元治元年(1864)に京都で起きた禁門の変(長州藩勢力による京都守護職松平容保らの排除を目指して市街戦を繰り広げた事件)により、幕府への謝罪のため岩国で自刃した家老及び、処刑されたら十一烈士等が祀られた墓が境内にあります。

萩藩主毛利家東光寺墓所

萩藩主毛利家墓所(東光寺墓所)には、3代藩主であった毛利𠮷就から11代藩主までの、奇数代の5藩主とその夫人、一族、関係者などの墓が40基あります。

墓の周囲には、玉垣や神道碑、5基の鳥居や500伊集の石燈籠、そして上の写真にあるような参道の石畳などの石造物が立ち並んでいます。

正面に立ち並んでいるのが、歴代毛利家藩主の墓です。

いかがだったでしょうか。
毛利家の菩提寺ということで今回は東光寺を訪問してみましたが、同じく萩市の大照院に残り半分の墓が祀られています。
そちらもまた大きな規模の墓所なのだそうです。
萩市に訪れたときは、どちらも訪れてみて、萩に伝わる歴史を感じてみてはいかがでしょうか。