198【京都紀行】歴史の中心にある町で、幕末の大事件の舞台『二条城』

日本の世界遺産(Japan Heritage)
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現在、天皇の住まう皇居は東京の江戸城跡地にあります。
しかし、そこに移動したのはわずか150年前であり、それまでの長い期間は京都に住まわれていました。
現在もその天皇の住まわれていた京都御苑がありますよね。

その京都御苑の南西に位置するのが、江戸幕府徳川家康の命によって建てられた二条城(元離宮二条城)です。
場所的に、朝廷を睨む位置であったかのような二条城ですが、なんとこちらは、幕末のあの歴史的な出来事の行われた場所なのでした。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 徳川が京都に築城した、時代の主導権を握った人間を表しているかの如くの城。

京都に関する記事です。

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二条城

二条城(元離宮二条城)は徳川家康の命により、1603年に築城された城です。
その主な目的は、京都の守護はもちろん、京都へ上洛した際の宿所というのが目的であり、二条新御所などとも呼ばれていました。
徳川二代将軍秀忠が、天皇から将軍に宣下されたのもこの二条城なのだそうです。

当初は小規模な城だったのだそうですが、京都の伏見桃山にあった、家康によって再建されていた伏見城が廃城になったことに伴い、その遺構が二条城に移され、その規模は拡大を続けていました。
1626年の三代将軍家光のころに、最も規模が拡大されて、五層にもなる天守閣もあったのだそうです。
しかしその天守閣は1750年に落雷によって消失してしまいます。
また、1788年の市中の大火により、本丸殿舎や櫓など、その多くを焼失してしまいました。

その後、1867年には、十五代将軍徳川慶喜が、二条城の城中にて大政奉還を行っています。

明治に入ると、二の丸内に京都府庁が設置されました。
明治17年には二条離宮と改称され、明治26年には、本丸御殿後に京都御所から桂宮御殿が移築され、本丸御殿と呼称されるようになりました。
この本丸御殿をはじめ、北大手門や櫓などの重要文化財、そして国宝である二の丸御殿などが残されています。

1994年にはユネスコ世界遺産『古都京都の文化財』として登録されています。

・賀茂別雷神社(上賀茂神社)
・賀茂御祖神社(下鴨神社)
・教王護国寺(東寺)
・清水寺
・延暦寺
・醍醐寺
・仁和寺
・平等院
・宇治上神社
・高山寺
・西芳寺(苔寺)
・天龍寺
・鹿苑寺(金閣寺)
・慈照寺(銀閣寺)
・龍安寺 
・本願寺(西本願寺)
・二条城

アクセス

京都市営地下鉄二条駅前から徒歩ですぐにあります。
JR二条駅からは徒歩17分です。

二条城へ行ってみた

こちらが二条城の縄張です。
江戸城などと比べると、将軍の城としては規模が小さく、町中にあるにしてはそこまで防御力も高くはない城の造りとなっていますが、元々将軍が京都に滞在するときの宿としての目的からと、いざ二条城が敵の手に落ちたときに、堅牢すぎると奪還することが困難になることからだそうです。

東大手門

京都御所の方角に向いている、東向きのこちらの門が二条城の正門でもある東大手門です。
写真にある門は1662年建築の物が現在も残っています。
2階建ての造りとなっています。

番所

二条城は徳川将軍の城ですが、江戸に居を構える徳川将軍ですので、二条城はほとんどが将軍不在となります。
将軍が不在中の二条城は、二条在藩と呼ばれる江戸から派遣された武士のよって警衛されていました。
東大手門入ってすぐの番所は、番士の詰所の一つであり、数少ない現存する門番所の遺構です。

唐門

こちらは、二の丸御殿の正門である唐門です。
2013年には修復工事が行われ、より往時の姿となっているようです。(写真は修復前です。)

二の丸御殿

敷地内東の二の丸に建っているのが二の丸御殿です。
こちらの中にある大広間こそが、幕末の大政奉還の舞台となった部屋なのです。

二条城の釣鐘

2つの釣鐘が地面に置かれて残されています。
このあかねは幕末の政変の時に、住民たちに非常事態を知らせる連絡用に使われていた鐘なのだそうです。

二の丸庭園

二条城の二の丸庭園は、池を中心とした書院造庭園です。
1603年の二条城築城の際に、二条城建築に調和させて造営されたものです。

東橋&本丸櫓門

本丸を守るための門が、こちらの本丸櫓門です。
1626年に造られました。
いざ戦いになった時は、木橋であった東橋を壊し、この櫓門を固く締めることによって、籠城戦に対応することができるようになっているのだそうでし。
そのため、内部には、食料や水が確保できるようになっています。

天守閣跡

こちらには五層にもなる、かつて伏見城から移築された天守閣もあったのだそうです。
1750年の落雷によって消失してしまっているため、現在は天守台のみが残されています。

現在は石垣だけが残されていますが、天守閣台からは、本丸御殿と本丸庭園、その奥に広がる京都の街の景色をよく見渡すことができます。

本丸御殿

敷地内西側の本丸に広がる本丸御殿は、二条城創建時に造られたのではなく、300年ほど後の明治に入ってからの明治26年(1893)に京都御所名にあった桂宮御殿が移築されたものです。

本丸庭園

本丸庭園は、明治天皇の行幸の際に、元々の枯山水庭園から大改造された庭園です。

米倉(西北土蔵)

本丸西側にある元々本丸西櫓門のあったところを通り、西橋を渡ると、その左右に土蔵が見えてきます。
こちらは北側にある西北土蔵であり、1626年頃に建築されたものです。
江戸時代には敷地内に10棟の土蔵が存在していたそうですが、現在は3棟のみ残されています。
城に土蔵が残っているのは現在二条城だけなのだそうです。

西門

1626年頃に建設された西門は、二条城の通用門として使われていたものです。
1788年の大火によって、ここの周辺の櫓門等が焼失しました。
また、明治以降に外堀にかかる木橋もなくなってしまったため、現在はこの西門だけが残っています。

清流園 香雲亭

清流園は5000坪もの山水園と芝生広場から成っています。
庭内には、上の写真にあるような香雲亭やお茶室などがあります。

内濠

本丸を囲む堀(濠)です。
中央に見えるのは、先ほど通ってきた本丸櫓門です。

東南隅櫓

二条城敷地内から外に出て周囲を歩くと、東南隅櫓(すみやぐら)が見えてきます。
このような隅櫓が二条城の外堀の四隅に建てられ、見張り台として使われていました。
こちらも1788年の大火で多くが焼失し、現在では東南隅櫓と西南隅櫓の2つのみが残っています。

いかがだったでしょうか。
東京の江戸城は現在では公開されていない箇所もあり、全てを見て回ることが難しいのですが、この二条城は広く公開されており、江戸幕府の将軍のための城の造りの遺構がしっかりと見ることができます。
江戸の太平期に増築されていったこともあるため、戦に向けた城というよりかは、徳川家の威光を見せつけるかのような造りになっているのが特徴なのだなあという雰囲気を感じました。
非常に交通アクセスも良い二条城は、京都観光には欠かせないスポットですね。