2022-11

北海道(Hokkaido)

934【北海道紀行】小樽運河と共に、港町小樽の受け継がれてきた雰囲気を残す町並み『小樽歴史景観区域』

小樽運河を含めた小樽歴史景観区域について紹介していきたいと思います。小樽には運河意外にも歴史的な建物が数多く残されています。こういった歴史的な景観を保護・保全するために指定されたのが小樽歴史景観区域です。これに指定されている区域では、新たに建物などが造られる際には、大きさや色、素材など様々な厳しい基準が設けられています。
2022.12.15
北海道(Hokkaido)

933【北海道紀行】ここが日本の北の端。海の向こうにサハリンが見える『宗谷岬』

広大な北海道の中でも北の端にある子の宗谷岬は、一般の人々が通常訪れることができる最北端の地であり、北海道に訪れた人々が目指す目的地の一つではないでしょうか。今回はこの宗谷岬とはどのような場所であり、どのようなものがあるのかについて紹介していきたいと思います。
2023.01.11
人物あれこれ(Person)

932【人物あれこれ】多くのユダヤ人を救ったということで語り継がれる人物『杉原千畝』

杉原千畝という人物の名前を知っているでしょうか。映画にもなったことがあるので有名な人物ですが、同氏の残した功績といえばこれしかないでしょう。それは、多くのユダヤ人たちの命を救った、東洋のシンドラーと呼ばれる人物であるということです。自らの地位と、多くの人々の命とを天秤にかけ、多くの人々の命を救ったということで、今もなお世界的にその名前は言い伝えられています。
北海道(Hokkaido)

931【北海道紀行】北方領土を望む日本の東端、納沙布岬にある『北方領土資料館』

根室を含めた道東の地域には、北方領土に関する施設が数多くあるのです。その中でも今回紹介しているのは北方領土資料館という施設です。この施設は、日本最東端である納沙布岬にある資料館となっており、北方領土のことについて学ぶことができる資料館となっています。
2023.01.20
北海道(Hokkaido)

930【北海道紀行】刑務所にはなくてはならない宗教施設『博物館 網走監獄④ 教誨堂』

受刑者たちの心の支えになる施設が監獄には必要になります。その施設の名前を教誨堂といいます。この施設では受刑者たちの精神的な面から更生へと導くように作られたものです。もちろん旧網走監獄にも教誨堂があります。
2022.12.30
ニュースあれこれ(News)

929【ニュースあれこれ】月を模したムーンホテルを地球上に!?ドバイのスケールの違う建設計画

日本のパスポートであっても入れない国はあります。中東のとある大国にも簡単に入ることができませんでした。その国とは、サウジアラビアなのでした。この国は、過去50年間一般の観光客に対して国を開いてはいませんでした。サウジアラビアを訪れることができたのは、同国にある聖地メッカへのイスラム教巡礼者でなければ入ることができなかったのです。
北海道(Hokkaido)

928【北海道紀行】ここの名物、日本一黒いそば。しかし、この名物も・・・『道の駅 おといねっぷ』

北海道の中には数えきれないほど数多くの道の駅があります。町から町までへの移動距離がすさまじく長い北海道では、道の途中にある道の駅の存在は、非常にありがたいものですね。そんな北海道の道の駅の中でも今回紹介するのは、北海道で一番小さな村である音威子府村にある『道の駅 おといねっぷ』です。
2023.01.11
旅のノウハウ(Travel)

927【旅ノウハウ】日本の伝統、百人一首。その舞台となった場所を巡ってみる旅というのはいかがでしょうか②(21~40)

歴史を彩る人物たちの和歌が100首集められたのが百人一首です。飛鳥時代から鎌倉時代に詠まれた百人一首の歌の数々には、実際の京都や奈良の場所を表したものがに詠まれています。今回はそんな古き良さを知る旅、百人一首を巡る旅はどうだろうか、第二弾について書いていきたいと思います。
2023.01.19
近畿地方(Kinki)

926【奈良紀行】大和川水系のダム。奈良市街からすぐそばにある『岩井川ダム』

奈良の市街地からわずか2km弱。奈良の街を間近で守るためのダムがあります。そのダムとは、岩井川ダムといいます。まだ完成して20年も経っていない比較的新しいダムなので、そのコンクリートの外観も非常に美しいダムとなっています。
2023.01.29
百名城/続・百名城(Castle)

925【城ノウハウ】城の入るためにはなくてはならない場所『番所』

どんな場所でも、中に入るときに必ず通らなければいけないところがあります。現代であれば、受付だったり入り口だったり。公共の施設であればチケットカウンターがあったり、などなど。もちろん城にもかつてそのような城内に入るときに必ず通らなければいけない城門がありました。その近くには必ず置かれていた場所に番所というものがあります。