214【ピックアップ】日本百名城・続日本百名城 こだわりのお城ピックアップ5選④

百名城/続・百名城(Castle)
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日本百名城・続日本百名城のピックアップ第四弾です。
今回は、日本で有名な城は?といわれると一般的にぱっとは出てこないかもしれませんが、どこも渋みと歴史のある城をピックアップしてみました。
百名城巡りをすると、どの城にも特徴があり、だんだんとその中からもお気に入りのものが見つかってくると思います。
天守そのものが良いのか、石垣の造りなのか、その縄張なのか、はたまたなにかそこにしかないものがあるのか。
そういったお気に入りを見つけるのも百名城巡りの醍醐味です。

今回も、これまでに行った百名城(43/100)及び続百名城(27/100)の中から、渋みと重厚感があり印象深かった城を5つピックアップして、ダイジェストの形で紹介してみたいと思います。

おいおい、個々に紹介する記事も書いていきたいなと思っています。

【今回のわきみち】
  • じっくり見てみるとその渋みと重厚感が印象に残った百名城・続百名城を今回も5つピックアップしてみました。

第一回目の百名城・続日本百名城ピックアップ記事です。

071【ピックアップ】日本百名城・続日本百名城 こだわりのお城ピックアップ5選①
日本には数多くの城や城跡があります。どれも個性的であり、その城が存在していた年代を感じさせる作りのものがほとんどです。今回は、自分が訪問した百名城・続百名城の中で、印象深かったところを5つピックアップし、書いてみました。

第二回目の百名城・続日本百名城ピックアップ記事です。

113【ピックアップ】日本百名城・続日本百名城 こだわりのお城ピックアップ5選②
日本にはまだまだ数多くの城や城跡があります。行ってみて初めてその広大さや特色に気づき、強烈に印象付けられる城もたくさんあります。今回は、そんな自分が訪問した百名城・続百名城の中で、後々まで印象が残っているところを5つピックアップしました。

第三回目の百名城・続日本百名城ピックアップ記事です。

145【ピックアップ】日本百名城・続日本百名城 こだわりのお城ピックアップ5選③
日本百名城・続日本百名城のピックアップ第三弾です。今回は、現存十二天守をはじめ、真田幸村ゆかり城など、バラエティに富んだラインナップになっています。その中でもやはり現存天守はその内部の様子が歴史を感じさせるものであり、その他の天守と比べると年月をとても実感することができます。

津山城(日本百名城)

どこにあるの

岡山県津山市山下にあります。

どんな城

津山城は岡山県、元美作国にあった城です。
三層になった石垣は見事であり、日本三大平山城といわれています。
もともとは1400年代中期に、美作国の守護大名であった山名教清によって造られた鶴山城がこの地に造られました。
鶴山城は応仁の乱の後に廃城になりますが、これが津山城の始まりであるといわれています。

1603年に織田信長の家臣であった森蘭丸の弟である森忠政によって津山藩が立藩されたのち、津山城の築城に着手し、13年かけて広大な城郭が造られました。
その後、明治に入るまでの270年間この地を治め続けましたが、廃城令により天守や櫓などが破却されました。

平成に入り、築城400年記念の一環で備中櫓が復元され、現在その姿を見ることができます。
2006年には日本百名城に選定されました。

おすすめポイント

津山城の建物群は明治の廃城令で取り壊されました。
しかし、地上から3段の縄張を囲むように築かれている石垣は、45mもの高さになるに立派な石垣なのです。
津山城は築城に13年もかかっただけあって、遠くからも丘陵に築かれた石垣が見え、とにかくその大迫力には大満足の城なのです。

福知山城(続日本百名城)

どこにあるの

京都府福知山市内記にあります。

どんな城

福知山城は現在の京都府福知山市にあり、1579年に丹波国を平定した明智光秀によって丹波の拠点として築かれました。
本能寺の変の後、明智光秀は打ち取られてしまいますが、明智光秀以降城主が交代していく中で、1600年頃に現在のように完成したのだそうです。
その後、江戸時代には福知山藩の居城としてこの地を治めていました。

明治時代に入り廃城令で取り壊され、その際に天守も取り壊されます。
しかし、市民の強い要望により1986年に天守が再建されました。

福知山城の石垣は非常に特徴があり、あとの”おすすめポイント”で紹介しています。
2017年には、続日本百名城に登録されました。

おすすめポイント

福知山城は明治の廃城令で建物や堀、石垣の大部分は失われてしまいました。
そして、残されている石垣を見てみると、非常に特徴のある石垣になっているのです。

野面積みや乱石積み、穴太積みという、自然石をそのまま積んでいく方法で組まれているのですが、その中に、明らかに他の石とは異なる、何かに使われていたであろう石がいくつも見つかります。
それは、転用石と呼ばれ、元々寺院や墓所で使われていた、宝篋印塔、五輪塔、一石五輪塔、石仏、笠塔婆、石臼等、そして墓石があり、今もなお石垣を組むための石材として使われているのです。
石垣の中からその転用石を見つけて回るのも福知山城散策の面白さですね。
また、発掘調査で見つかった転用石が一か所に集められ、見学することができるようになっています。

元離宮二条城(日本百名城)

どこにあるの

京都府京都市中京区二条城町にあります。

どんな城

二条城(元離宮二条城)は徳川家康の命により、1603年に築城された城です。
その主な目的は、京都の守護はもちろん、京都へ上洛した際の宿所というのが目的の建造物であり、徳川二代将軍秀忠が、天皇から将軍に宣下されたのもこの二条城なのだそうです。

1626年の三代将軍家光のころに、最も規模が拡大されて、五層にもなる天守閣もあったのだそうですが、1750年に落雷によって消失してしまいます。
また、1788年の市中の大火により、本丸殿舎や櫓など、その多くを焼失してしまいました。

明治に入ると、二の丸内に京都府庁が設置されました。
明治17年には二条離宮と改称され、明治26年には、本丸御殿後に京都御所から桂宮御殿が移築され、本丸御殿と呼称されるようになりました。

1994年にはユネスコ世界遺産『古都京都の文化財』として登録されています。

198【京都紀行】歴史の中心にある町で、幕末の大事件の舞台『二条城』
京都御苑の南西に位置するのが、江戸幕府徳川家康の命によって建てられた二条城(元離宮二条城)です。場所的に、朝廷を睨む位置であったかのような二条城ですが、なんとこちらは、幕末のあの歴史的な出来事の行われた場所なのでした。

おすすめポイント

二条城のみどころとしては、1867年に二条城の二の丸御殿で行われた大政奉還です。
将軍であった徳川慶喜は上洛中の40藩重臣を京都・二条城に招集して、大政奉還が成立しました。
誰もが一度は小学校や中学校の教科書などで見たことがあると思われる大政奉還のシーン。
それが行われた大広間を実際に見ることができるのです。
大広間は、一の間(上段の間)、二の間(下段の間)からなっており、将軍の家臣である大名たちなどが対面するための部屋として使われていました。
床の間、違棚、付書院、帳台構を備えた書院造であり、狩野探幽によって描かれた障壁画で飾られています。

犬山城(日本百名城)

どこにあるの

愛知県犬山市犬山北古券にあります。

どんな城

犬山城は現在の愛知県、元は尾張国と美濃国の境にあった城です。
犬山城の天守は現存十二天守のひとつとして、現在も残っています。
そのため、天守は国宝指定にもなっています。

1469年に岩倉織田氏の織田広近がこの地に築いていた砦を、1537年に織田信長の叔父である織田信康が改修して天守を築いたのが始まりといわれています。
江戸時代に入ると天守の大改修が行われ、現在の天守の形ができあがります。
その後、明治時代に入り、廃城令により犬山城も例にもれずその対象となりますが、天守を除く櫓や城門などそのほとんどは破却されました。
しかし天守は残され、1935年には国宝に指定され、2006年には日本百名城に登録されました。

おすすめポイント

犬山城は北方に木曽川が流れており、現存12天守の一つである犬山城の天守は、その木曽川のほとりの小高い山の上に建てられており、天守の最上階からの眺めは絶景です。
天守最上階からは四方全てを確認できるよう、回廊があり、脇を流れる木曽川はもちろん、御嶽山や遠くは岐阜城までもを眺めることができるのです。

座喜味城(続日本百名城)

どこにあるの

沖縄県中頭郡読谷村座喜味にあります。

どんな城

座喜味城は、沖縄県にある城趾です。
沖縄の城であるグスクによく見られ、曲線状に造られた石垣や、アーチ状の城門など、琉球の城郭の特徴的な造りをしています。
城は中頭地方を広く見渡せる高台にあるため、周辺の海域や離島が非常によく見える造りになっています。
1420年代に築城の名手と言われていた按司護佐丸(ごさまる)によって築城したとされています。

軍事的に有利な要塞の造りをしていたため、沖縄戦前には日本軍の砲台がおかれ、戦後には米軍のレーダー基地が置かれました。
そのため、その際に一部の城壁などは破壊されていますが、現在修復が行われています。

2000年には「琉球王国のグスク及び関連遺産群」としてユネスコの世界遺産にも登録されました。
また2017年には続日本百名城に登録されました。

おすすめポイント

座喜味城は築城家として名手だったといわれる護佐丸によって築かれたといわれている城(グスク)です。
沖縄にあるグスクの特徴である美しい曲線形をした石垣や、沖縄で最も古いといわれているアーチ門といわれている門が現存しています。
アーチ石のかみ合う部分には、楔石がはめられており、これは他のグスクでは見られないのだそうです。
沖縄戦の際には、座喜味城の城壁も一部壊れてしまったそうですが、今は復元が進められています。

いかがだったでしょうか?
今回もこれまで訪れた日本百名城・続日本百名城の中から、渋みと重厚感で印象に残った5つの城をピックアップしてお伝えしました。

まだまだこれら以外にもおすすめしたい城はたくさんあります。
第5弾以降もご期待ください。