232【大阪紀行】世界に名だたる製薬メーカーはここから羽ばたく。とめの祭『神農祭』

近畿地方(Kinki)
この記事は約5分で読めます。

大阪を彩る祭り。
大坂三大祭りの天神祭に住吉祭、そして愛染まつり。
旧平野合の祭りだった杭全神社の夏祭りや、岸和田のだんじり祭り。
ナニワの熱い祭りは、大阪の地を盛り上げますね。

そんな大阪の祭りは、えべっさんに始まり、神農さんに終わるといわれています。
今回はそんな大阪の毎年最後を飾るとめの祭、少彦名神社の神農祭について紹介していきたいと思います。

大阪は道修町通。
世界に名だたる製薬メーカーの多くがここを創業の地として、世界に羽ばたいていっています。
そんな薬の町を見守り続けてきた少彦名神社。
果たして、神農祭とはどのような祭りなのでしょうか。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 製薬会社も、商売繁盛も。大阪の人々が一年を惜しむ最後の祭り神農祭の道修町通を歩いてみよう。

大阪は北浜周辺の記事です。カレーばかりですが・・・。

182【大阪紀行】辛さは辛さでも、"しびれる"辛さ『和レー屋 丁子』
辛さと一言に行っても、ただ単に辛いだけではなく、そのなかには麻や酸が入り混じった複雑な味を形成しているなど、いろいろな種類の辛みがあります。今回紹介する大阪は北浜にある『和レー屋 丁子』は、ただ単に辛いだけではなく、しびれるような辛味を味わうことができる一品なのです。
006 【大阪紀行】間借りカレーの代表店、谷口カレーで至高のランチを
全国各地にあるカレーの名店を紹介。初回は、スパイス創作カレー激戦区の大阪から。王道の店なのでわきみちっぽくはないのでが・・・。

少彦名神社

少彦名神社は、大阪市中央区道修町にある別称神農(しんのう)さんと呼ばれる神社です。
道修町(どしょうまち)とは、医薬関係の世界に名だたる企業がここからスタートしたことで有名な地です。
武田薬品工業、塩野義製薬、田辺三菱製薬、現在はアステラス製薬である藤沢薬品など。
聞いたことのある企業ばかりですね。
そのため、主祭神は少彦名命(すくなひこなのみこと)と神農炎帝(しんのうえんてい)であり、薬・医療などの神が祀られていいます。
少彦名神社の起源は安永9年(1780)、道修町の薬種仲買仲間の中に、伊勢講(伊勢神宮の参詣を目的に集った組織(講))があり、資金を出し合ってお伊勢参りを行っていました。
その伊勢講が、薬業の繁栄を願って自前の神社をもつことになり、京都の五條天神宮より少彦名命の分霊をお迎えし、他ことにはじまります。
当初は自前の社殿ではなく、薬種仲買仲間の寄合い所の床の間に祀っていたところ、天保8年の大塩平八郎の乱で寄合所が消失し
てしまったため、天保11年に現在社殿にあるところに祠をたてて祀られ始めました。

昭和20年の大阪大空襲の際には、この地域は焼け野原になってしまいますが、少彦名神社は被害を幸運にも免れます。
その後、昭和55年に拝殿・本殿を修復して、社務所を新築しました。
そんな少彦名神社で毎年大阪で一番最後の”とめの祭”として行われているのが、『神農祭』なのです。
医薬にゆかりのある祭神を祀っていることから、医薬業に携わる会社・関係者などの参拝が絶えません。

神農祭

神農祭は毎年11月の22日と23日に行われる少彦名神社のお祭りです。
神農祭は大阪で行われるその年最後のお祭りであり、とめの祭として親しまれています。
この日は、道修町の通り一帯がお祭り一色となり、参拝を求める人々や、多くの夜店を求める人々でごった返します。

神農祭は400近い製薬会社などによる薬祖講によって維持・運営されており、大阪市無形文化財にも指定されているのです。
また、神農祭で有名なのが、虎のマスコットである張子の虎です。
これにも由来があり、文政5年(1822)に大阪でコレラが大流行したときに、張子の虎を神前に供えて祈願したことから始まるといわれています。
そのため、少彦名神社では張子の虎が厄除けの佐々とともに授与されるのです。

アクセス

大阪メトロ堺筋線の北浜駅を下車、南に徒歩2~3分ほどいくと、少彦名神社に並ぶ参拝者の行列が見えてきます。

神農祭に行ってみた

それでは神農祭の様子を見に行ってみましょう、と言いたいところなのですが、神農祭に訪れた時間帯がまだ昼過ぎの時間帯であったため、準備時間の写真が主になっています。
しかし、参拝客がほとんどいない時間であったため、思いっきり写真撮影ができたのでした。

準備の様子を見に行ってきた

堺筋沿いに歩いていくと、神農祭の準備が着々と進められていました。
ここからが道修町通となります。
上の写真にある木製の門(?)には、神農祭を維持・運営している企業名などが書かれています。

まだ出店は出てきていませんでしたが、笹の飾り付けがいたるところに置かれていました。

堺筋から入って道修町通に入って50mほど進むと、ビルとビルの間に少彦名神社があります。

まだ準備中ですが、ここが夜になると大行列になるのです。

神虎(張子の虎)の由来についてと、家庭での祀り方について案内がありました。

少彦名神社についての説明です。

短い参道を進んでいくと、古神虎と古神符の返納場所があります。

昨年度の物はここに返納し、新たな年の物を授与するわけです。

かなり狭い敷地なのですが、手水舎が奥にあり、そこで手を清めます。

まだ準備中ですが、神農祭に向けて着々と準備が進められていました。

大きな張子の虎もありました。

正面が少彦名神社の拝殿であり、左側に社務所があります。

少彦名神社の境内は細い通路が2本であり、一方通行での参拝となります。

外に出ると、虎の像があります。

その横には薬の町らしく、くすりの道修町資料館があります。
この日はさすがに準備のため閉館されていました。

それではさらに西側の御堂筋に向けて歩いていきます。

薬関係の企業が協賛し、飾り付けられているのがわかります。

こちらは田辺三菱製薬の新社屋です。
建物が新しくなったとしても、道修町の伝統は受け継がれていくわけです。

塩野義製薬の入り口にも、神農祭の提灯が飾られていました。

現代的なビルと、伝統的な祭りの融合した姿ですね。

御堂筋側に到着しました。
もちろんこちらから東の堺筋に向かってあるいていくこともできます。

堺筋からさらに東側にもお祭りは続いていきます。
上の写真が東の橋のところになります。
この建物の奥に東横堀川が流れています。

夕方になり出店も準備を始めました。

少彦名神社にも続々と人が集まり始めます。

祭りが始まると?

夜の少彦名神社の様子です。
狭い神社ですので参拝者が列をなし、堺筋まで。
そして信号を渡って東側までずらーっと参拝者の列が続きます。
大阪の人々にとっていかに大切な祭りなのかがよくわかる光景です。

いかがだったでしょうか
大阪には伝統的な祭りがたくさんあります。
えべっさんから始まり神農祭で終わるといわれているように、一年を締めくくる祭りとして、毎年11月22日と23日は神農祭に足を運んで、その年一年を振り返ってみてはいかがでしょうか。