246【三重紀行】式年遷宮を通して永久の技術継承を可能にする『伊勢神宮』

近畿地方(Kinki)
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三重県伊勢市にある神宮(伊勢神宮)は、日本の数多ある神社の上に立つ、神社本庁の本宗である神社です。
実は、伊勢神宮は2か所存在しているのはご存じでしょうか?
天照大御神を祀る皇大神宮(内宮)と、衣食住の守り神である豊受大御神を祀る豊受大神宮(外宮)の二つの正宮があります。
お伊勢参りに行く場合、内宮だけの観光客が非常に多いのですが、正式な参拝方法としては外宮を参拝してから内宮に行くのが正しいのだそうです。

そんな伊勢神宮では、690年ごろから式年遷宮というものを行っています。
これは20年に一度、正宮と全く同じ社をすぐ隣の土地に丸ごと造り、お引越しを行うのです。
この永く続けられてきている儀式は、定期的に正宮を新しくして、気持ち新たに神様に住んでいただくこともあるのですが、それ以上にこの古代から続く技術を伝承していくために行われている儀式なのです。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 20年に一度の式年遷宮に向けて、植林から技術伝承、数々の儀式と、伊勢神宮の一大行事。次は2033年です。

三重県に関する記事です。

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伊勢神宮

伊勢神宮は、日本の数多ある神社の上に立つ、神社本庁の本宗である神社です。
天照大御神を祀る皇大神宮(内宮)と、衣食住の守り神である豊受大御神を祀る豊受大神宮(外宮)の二つの正宮があり、これらを合わせて伊勢神宮と呼ばれています。

江戸時代、この伊勢神宮、通称”お伊勢さん”参りが日本中でブームになり、一生のうちに一度はお伊勢さんに!とまでになっていたようなのです。
そんな伊勢神宮、現代であれば比較的簡単に参拝できるようになったため、ありがたいことです。

それでは、そんな伊勢神宮と、伝統的に受け継がれてきた行事である式年遷宮について今回は紹介していきたいと思います。

アクセス

内宮へは、近鉄五十鈴川駅からバスに乗るルートが一番近いルートです。

外宮は交通アクセスがよく、近鉄伊勢市駅から徒歩5分で到着します。

伊勢神宮へ行ってみた

内宮:ないくう(皇大神宮)

五十鈴川駅

こちらは五十鈴川駅になります。
こちらはあまり利用する人がいないそうなので、人はまばらです。

駅前にはすぐにバス停があり、こちらから内宮へのバスに乗ります。

内宮前のバス停です。
こちらから内宮までは歩いてすぐです。

バス停前には名物の『太閤出世餅』のお店があります。
こちらでは出来立てをいただくことができますが、かなりお勧めの店です。

ここから右に行くと内宮です。
左に行くとおはらい町ですが、こちらは参拝の後に行ってみたいと思います。

宇治橋

宇治橋は、伊勢神宮を囲うように流れる五十鈴川に架けられた木造の橋です。
内宮参拝の人々をまず出迎えてくれる橋です。

宇治橋も式年遷宮と同様に、正宮が遷宮される4年前に、20年ごとに架け替えが行われます。
架け替え直後の宇治橋の橋板の厚さは15cmありますが、年間400万人もわたるこの橋は、20年後の架け替えの時には10cm以下にまで摩耗するのだそうです。

橋の下を流れる五十鈴川には、写真のような流木除けが設置されます。
これは、宇治橋の橋脚の上流側に向けて設置され、五十鈴川が増水や荒れたときに、万が一流木が流れてきても、宇治橋の橋脚に直撃しないようにするために設置されています。

宇治橋にある鳥居は、内宮・外宮の遷宮が行われた後の旧正殿で棟木を支えるために使われていた棟持柱(むなもちばしら)の表面を削って再利用して造られています。
神宮側の鳥居には内宮の棟持柱が、おはらい町側の鳥居は外宮の棟持柱が再利用されています。

神苑

宇治橋を渡り、神社の境内である神苑を歩いていきます。
だんだんと、伊勢神宮独特の神聖な空気が流れ始めます。

五十鈴川御手洗場(みたらし)

神苑を歩いていくと、右手に五十鈴川が見えてきます。
ここは五十鈴川御手洗場(みたらし)といい、五十鈴川を流れる清流によって、参拝する前に心身を清める場所なのです。
ここで手をすすぎ、身も心も清らかな状態にしてお参りに臨みます。

瀧祭神(たきまつりのかみ)

滝祭神(たきまつりのかみ)は、五十鈴川御手洗場(みたらし)のすぐ近くに鎮座する、五十鈴川の水神である瀧祭大神(たきまつりのおおかみ)を祭神とする神社です。

風日祈宮

神苑をさらに進んでいくと、五十鈴川に架かる木製の橋があります。

この先には、風日祈宮(かざひのみのみや)という風の神である志那都比古神(しなつひこのかみ)祭神として祀る別宮があります。
鎌倉時代の元寇の時、神風を吹かせて日本を守った神と伝えられています。

神楽殿

ご祈祷のお神楽を行う御殿がこの神楽殿です。
参拝者がお札やお守りをここで受けることができます。

正宮(しょうぐう)

それではいよいよ、内宮の正宮(しょうぐう)へやってきました。

正宮は写真撮影ができないため、階段下からしか写真に収めることができません。

こちらが内宮の正宮である皇大神宮(こうたいじんぐう)です。
天照大御神 (あまてらおおみかみ)を祭神とし、三種の神器である八咫鏡(やたのかがみ)を神体とする、伊勢神宮の中でも中心となる神社です。

社殿の中心の正殿は五重の垣根に囲まれており、唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)の古代の様式を伝えています。
萱葺きの屋根には10本の鰹木がのせられており、4本の千木の先端は水平に切られています。

正宮は20年に一度、式年遷宮という行事が行われ、隣にある敷地に新たな社殿が交互に造り替え、その新座を遷します。
前回は2013年に行われ、飛鳥時代の天武天皇が定めた後に持統天皇の治世であった690年に第1回目の遷宮が行われてから、1300年以上も行われ続けています。
戦国時代に中断されていたことや、第二次世界大戦後に少し実施時期がずれたりなどは立ったものの、全62回の式年遷宮が行われています。

式年遷宮に向けては長い時間をかけて準備が行われます。
寺社の用材として必要な木材を安定的に入手できるよう、神宮によって森林が植林されたり、それでも足りない場合は日本各地から木材を入手したりします。
また、長年受けつがれてきた式年遷宮を行うための技術伝承と人材育成がこの式年遷宮を続ける理由でもあります。
そのため、式年遷宮を行うことによって、これまでに培われてきた技術が、どんどん新たな世代に受け継がれ、1300年以上が経った今も、廃れることなく行われ続けているのです。

式年遷宮の際に正宮が解体されて出た木材は、棟持柱が宇治橋にある鳥居に再利用されるように、神宮内やその摂社・末社や、全国の神社の造営等にも再利用されます。

式年遷宮前の正宮

なお、こちらの写真は、2013年の式年遷宮が行われる3年前に撮影した、正宮の様子です。
お正月のため、大渋滞でした。

式年遷宮前の正宮が辛うじて見えますが、建てられてから20年たつと、趣のある色合いになっています。

御稲御倉(みしねのみくら)

御稲御倉(みしねのみくら)は、内宮そばの荒祭宮に向かう道の途中にあります。
祭神は御稲御倉神(みしねのみくらのかみ)であり、神宮神田で収穫されたイネは、御稲御倉へ納められます。

こちらも式年遷宮によって20年に一度建て替えられます。

外幣殿(げへいでん)

外幣殿(げへいでん)は、正殿と同じ神明造(しんめいづくり)の宝物殿です。
内部には式年遷宮で撤下された神宝などが納められています。
外幣殿(げへいでん)も20年に一度式年遷宮によって造り替えられます。

荒祭宮(あらまつりのみや)

荒祭宮(あらまつりのみや)は内宮(皇大神宮)のそばにある別宮です。
天照大神の荒御魂(あらみたま)である天照坐皇大御神荒御魂(あまてらしますすめおおみかみのあらみたま)を祭神とうる別宮です。

正宮の式年遷宮に先立って、荒祭宮も前年移遷宮が行われています。

内宮おはらい町

さて、参拝が終わればおはらい町に行って、お土産探しや、食巡りを楽しみましょう。
まずはお腹がすいたら『伊勢うどん』でしょうね。
讃岐うどんとは対極にあるコシのないうどんは、やみつきになるかもです。

そしてしばらく歩くと、左側におかげ横丁が。
右側に伊勢名物のお土産『赤福』の本店があります。

赤福本店では、赤福だけではなく、それを大胆にもかき氷に入れた赤福氷も楽しむことができます。

おかげ横丁

赤福本店の目の前には、おかげ横丁という江戸時代を再現したような町が広がっています。
こちらでも食を楽しんだり、お土産を探しあり、ちょっとした遊戯なども楽しむことができます。

ここはいつもかなり賑わっていますね。

こちらはおかげ横丁の名物店『豚捨』です。
こちらのコロッケはかなりの名物であり、いつも長蛇の列ができています。
ちょっとした食べ歩きにはピッタリです。

外宮:げくう(豊受大神宮)

それでは外宮にも足を延ばしてみましょう。
参拝順路としては、こちらを先に参拝するのが正式なのだそうです。

外宮参拝には伊勢市駅が抜群に便利です。

駅前から歩いていき、約5分ほどで外宮入り口に到着します。

神楽殿

こちらは、外宮にある神楽殿です。

正宮

外宮の正宮である豊受大神宮(とようけだいじんぐう)につきました。
内宮と同じく内部の写真撮影はできません。
こちらは2010年の正宮なので、内宮と同じく現在は式年遷宮が行われており、この場所の隣に遷されています。

正確にはわからないのですが、実は外宮は元々は内宮を収めていた国とは異なる国が治めていた神社なのだそうです。
ところが、大和朝廷が日本を収めていくにあたって、各地にある神社などを組み込んでいき、現在のような内宮と外宮とを合わせて伊勢神宮として祀るようになったという話も伝わっているそうです。

遷宮先の土地が隣にはあります。
2020年現在は、こちらに正宮が移されています。

風宮

正宮前にある風宮は、内宮にある風日祈宮(かざひのみのみや)と同じく風の神を祭神として祀る別宮です。

土宮

こちらは土宮であり、大土乃御祖神(おおつちのみおやのかみ)を祭神とする別宮です。

いかがだったでしょうか。
伊勢神宮には数々の日本神話が息づいており、実際に訪れる前には古事記を読んで、日本の成り立ちや日本の神々などを予習してから訪れてみるとより楽しめることでしょう。
何よりも、太古の人々が、自分たちの技術を伝承するために式年遷宮という伝承方法を編み出したことについては脱帽ですね。
1300年も受け継がれてきたこの伝統と、これから先にさらに受け継いでいくためにも、少しでも日本の成り立ちに興味をもってみるということも大切なことなのかもしれませんね。