254【妄想紀行】負の遺産「旧奴隷市場」がある、残虐で非人道的な状況を深く学ぶことができる『ザンジバル島のストーン・タウン』

世界の世界遺産(World Heritage)
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今回は妄想紀行です。
セネガルのゴレ島の時にも紹介したように、アフリカ大陸の国々が辿ってきた悲しい歴史を知ることができるタンザニアにある負の世界遺産『ザンジバル島のストーン・タウン』です。

タンザニアの東に浮かぶ群島であるザンジバル島には、古くはアラブの商人、そしてヨーロッパの国々へと次々に支配者が替わっていったこの島は、東西交易の中心としてアフリカ大陸からの貴重な品々のやり取りが行われた重要な拠点なのでした。
しかし、その交易の中には、今もなおこの島を語るときに外すことのできない『奴隷』の貿易も含まれていたのです。
そんな悲しい歴史から、ここサンジバル島にある旧市街ストーン・タウンは世界遺産に登録されているのです。
そんなわけで今回は、妄想紀行でタンザニアの世界遺産『ザンジバル島のストーン・タウン』へと行ってみましょう。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • ザンジバルの負の遺産から悲しい歴史を学び、今そこにある自然の美しさをより理解しよう。

過去の妄想紀行です。

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今回の目的地

ザンジバル島のストーン・タウン

見どころ

ザンジバルはイスラム教が伝来した後に、ヨーロッパ勢力やアラブ勢力などの様々な国によって支配された歴史的背景があります。
そういった歴史的背景が生み出した旧市街地「ストーン・タウン」は、2000年に世界遺産に登録されています。

しかし、ストーン・タウンが世界遺産に登録された経緯としては、そういった東西の文化が見える建造物や町並みはもちろんなのですが、それ以外にこの島が辿ってきた悲しい歴史を物語っている負の遺産も残されているのです。
このサンジバル島は奴隷貿易の中心であったこともあり、旧奴隷市場が残されています。
ここでは、この地で行われていた非人道的な歴史を学ぶことができる場所なのです。

このような経緯から、ザンジバルは大陸側のタンガニーカとは異なる独自の文化があり、それが今もなお強い独立志向に結びついているのです。
ザンジバル島の中心であるザンジバル・シティ西部には、ザンジバル旧市街のストーン・タウンはあります。
ヨーロッパとアラブの文化が入り混じった景観のストーン・タウンには、これまでの歴史の経緯が表れているのです。

そんなストーン・タウンには、負の遺産「旧奴隷市場」が残されています。
元々はアラブ商人たちによって始められた旧奴隷市場には、東アフリカ全域から集められた奴隷がここで売買されていたのでした。
実際にストーン・タウンでは1873年に奴隷市場が閉鎖されるまで行われ続けていたのでした。

現在、奴隷市場だった場所の北半分にはアングリカン大聖堂が建てられています。
その南には旧奴隷市場が残されており、奴隷たちが収容されていた部屋がそのまま残されています。
また、実際に奴隷たちの首につけられていた鎖につながれた5人の奴隷の石像が立てられており、ここが元は奴隷市場であったことを物語っています。

妄想紀行

日本からは便数や乗り換えの不便さでなかなか時間のかかるタンザニアでしたが、ようやく訪れることができた。

今回の目的地であるストーン・タウンは特徴的な石造りの建造物が立ち並び得得な雰囲気を醸し出している場所です。

サンジバル島を訪れる人々は、近年であればビーチや動物など、自然を目的に訪れる人々が多い観光地だ。
しかし、このサンジバル島を楽しむためには、やはりしっかりとその歴史を学ばなければいけない。

というわけで、まずはストーンタウンにある旧奴隷市場に訪れることにした。

現在この場所にはアングリカン大聖堂が建てられている。
旧奴隷市場であったことを忘れてしまいそうな大聖堂だが、ここはもちろん旧奴隷市場跡が残されている場所も見なければ。
大聖堂から外に出ると、記念碑や鎖につながれた奴隷の石像が立てられていた。
また、奴隷たちが収容されていた部屋も残されており、そのじめじめして暗い部屋からは、ここに押し込まれて収容されていた奴隷たちのいたたまれない気持ちが伝わってくるようだった。

さて、ではザンジバル島の自然をこれから堪能していこうか。

・・・・・以上、妄想でしたw

わきみちポイントは?

ザンジバル島は自然豊かな島であり、しっかりと島の歴史を学んだあとは、自然を満喫したいものですね。
特に美しいビーチは有名ですね。

ザンジバル島北端部にあるムナラニ水族館にはウミガメの保護施設があります。
1993年に設立されたこの保護池には多くのウミガメが保護されています。
ここでは多くのウミガメを間近に観察できるとともに、ウミガメへの餌やりも体験することができます。

タンザニア

タンザニア連合共和国は、アフリカ大陸東にある共和制国家です。
現在はイギリス連邦加盟国ですが、その歴史は様々な国によって支配を受け続けてきた歴史なのです。
タンザニアには10世紀ごろからアラブ人やペルシア人によってイスラム教が伝来します。
その後16世紀にはポルトガルによるインド航路の開拓によってポルトガルによる200年にも及ぶ支配が始まります。

そんなポルトガルによって支配されていたタンザニアですが、アラブ勢力であるオマーンによってポルトガルはタンザニアから駆逐されます。
そこからオマーン帝国の支配がはじまり、この際にザンジバルに王宮ストーンタウンが建設されます。

ザンジバルは支配国であったオマーン・スルタン国とは別に、ザンジバル・スルタン国が成立し、香辛料の交易や、東アフリカ最大の奴隷市場が置かれるなど、奴隷貿易の中心地となります。

タンザニアの地は、19世紀後半に入るとドイツが、ザンジバルはイギリスが保護国としていきます。

第一次世界大戦にドイツが敗北したことにより、イギリスとベルギーの支配下に入り、大陸側の地はタンガニーカとなります。
第二次世界大戦後には大陸側の地がタンガニーカがイギリスから独立し、ザンジバル王国もザンジバル人民共和国独立を果たします。
1964年にはタンガニーカとザンジバルが連合して、タンガニーカ・ザンジバル連合共和国が成立しますが、その同年に現在のタンザニア連合共和国と改称し、現在に至っています。

このような歴史からザンジバル連合共和国は、大陸部のタンガニーカとザンジバルから構成されており、もともと王国のあったザンジバルはザンジバル革命政府によって強い自治権をもって統治されています。
現座もなお、独自の大統領が存在し、大陸側から訪れる場合には税関やイミグレーションが設けられています。

渡航ルート

日本→ドーハ→ザンジバル島

ザンジバル島へは、カタールやドバイなどを飛行機で経由して行きます。
タンザニア最大の都市ダルエスサラームまで行き、そこからフェリーで行くことができます。
しかし、ダルエスサラームは治安面で課題がある地域と指定されていることもあるため、飛行機で直接ザンジバル島へ行くことがおすすめです。

例えばカタール航空を使う場合は、日本からドーハ経由で、ザンジバル島に入ります。
便が少ないことと、乗り換えが不便なこともあるため、トータルで40時間ほどをみておかなければいけない可能性があります。

予算

最安の渡航費を考えると、航空運賃で15万ほど、トータルでは25万円前後が目安になるのではないでしょうか。
渡航ルートによっては金額が変わってきます。

いかがだったでしょうか。
【妄想紀行】ですので、あくまでも自分で見て聞いて体験したものではありません。

将来的に、こちらを訪れることがあった場合は、しっかりとした紀行記事としてリライトしていきます。