260【沖縄紀行】沖縄戦を乗り越えて再建された第二尚氏王統の陵墓『玉陵(たまうどぅん)』

日本の世界遺産(Japan Heritage)
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2019年10月31日。
衝撃的な映像が私たちのもとに飛び込んできました。
美しい建造物を取り巻く巨大な炎。
この日、沖縄の首里城正殿をはじめ合計8棟もの建物が焼失したショッキングな出来事でした。

沖縄県が長い時間をかけて再建を進め、30年もの歳月を費やし、2019年1月の御内原再建をもって完成した首里城。
まさかその半年後に、首里城を悲劇が襲うとはだれも予想だにできませんでした。

しかし、沖縄はそれでも立ち直ります。
早急に復興計画が作られ、その復興の様子も公開されるという、人々と共に復興を進める道を選んだ首里城再建計画は、再びそう遠くない未来に在りし日の正殿を私たちの目の前に復活させてくれるでしょう。

このように沖縄観光ではトップクラスに有名な首里城公園
『琉球王国のグスク及び関連遺産群』として世界遺産登録されているわけなのですが、実のところ首里城の建物が世界遺産なわけではないのです。
あくまで首里城”跡”が世界遺産登録されているわけなのです。
そして、この首里城公園周辺には、首里城跡以外に3つの世界遺産登録されている建造物があるのです。
今回紹介している『玉陵(たまうどぅん)』もその1つであり、かつて琉球王国を統べていた、第二尚氏王統の陵墓が残されているのです。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 首里城公園から歩いてすぐ!せっかく来たのだから、ぜひこちらにも足を延ばしてみてください。

沖縄の世界遺産についての記事です。

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玉陵(たまうどぅん)

玉陵(たまうどぅん)は、首里城公園守礼門から西に5分ほど歩いたところにひっそりと存在している、琉球王国の王族の陵墓であり、2000年に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録されました

沖縄の王家は、琉球に統一王朝を造った第一尚氏と、その第一尚氏からクーデターで王朝を奪取した第二王朝とがありますが、この玉陵は第二尚氏の陵墓です。
3代目の王であった尚真王が、1501年に初代王であった父の尚円王を改葬し、祀るために造らせました。
三角形の屋根を持つ石造りの破風墓と呼ばれる造りになっており、琉球王国時代には王室以外は作ることができなかった形なのだそうです。
墓室は三つの東室・中室・西室に分かれており、亡くなった王家の人間はまず最初に中室に入れられ、その遺骸が骨となるまで放置します。
その骨を洗骨し、王と王妃は東室に納められ、他の限られた家族は西室に納められのだそうです。
1931年に20代目王であった尚典の妃が埋葬されたのが玉陵に祀られた最後の人物となっています。

そんな巨大な陵墓ですが、沖縄戦の際に多大なる被害を被ります
日本軍の総司令部近くにあった玉陵は、東室と西室がアメリカ軍の集中砲撃によって破壊されるなど、沖縄戦の戦禍をまざまざと伝える場所でした。

第二次世界大戦後は、1974年から修復に着手され、3年以上の修復・復元作業の末、現在はほぼ往時の姿を取り戻し、今日に至ります。

アクセス

ゆいレール『首里駅』からは西に1.5kmの処にあります。
首里城公園守礼門からは西に200mの位置です。

玉陵(たまうどぅん)へ行ってみた

それでは、玉陵へ行ってみたいと思います。
このときは首里城見学の跡に玉陵に行きました。
首里城公園は人がたくさんだったのですが、掃除する方以外、玉陵には残念ながらだれもおらず…。
かなりの見どころなのに、みなさんスルーなのでしょうか。

玉陵入り口にやってきました。
まず最初には券売所兼史料館である玉陵奉円館に入ります。

玉陵奉円館

玉陵への入場料は大人が300円、小人が150円です。
地下1階が資料展示室になっているため、玉陵の概要や、戦前戦後の様子、見学では見ることができない玉陵内部の様子が展示されています。
玉陵の模型や、出土品なども展示されているため、まずはここを見てから玉陵に向かうと、より深く理解できることでしょう。

西の御番所

現在は何もありませんが、西の御番所があった場所です。

東の御番所

玉陵の前門の左手には東の御番所があります。
国王など王家の人間の控室として使われていたそうです。
現在ここに建っている東の御番所は、過去の遺構や資料などを基に復元されたもので、何枚かの写真が展示されています。

前門

この写真の撮影した場所の後ろに、前門を眺める拝所があります。

前門をくぐった先の広い前庭から、門の向こうにある拝所の方を撮影してみました。

後門

さらに奥には後門があります。
上の写真の左側に写っているのが、玉陵碑であり、玉陵に埋葬されるべき人々の名前が彫られています。

中室

右側の扉の奥が中室です。
中室は亡くなった王家の人間が葬儀後、その遺骸が骨になるまで放置し洗骨されます。

東室

数年後、中室に放置された遺骨を骨壺の納め、王と王妃の骨壺は、上の写真の東室におさめられます。

西室

その他の王族家族などは西室に納められました。

いかがだったでしょうか。
あくまでも陵墓であるため、やはり首里城とは雰囲気が異なる場所ではあります。
埋葬方法から伝わる琉球独自の文化や、独特の建築手法は沖縄ならではのものを見ることができます。
首里城公園からは非常に近いところにあるため、少し目立たないところにはありますが、首里城と合わせてぜひ見ていただきたい世界遺産でした。