272【インドネシア紀行】ソロにもう一つあった王家の宮殿『スラカルタ王宮(カスナナン王宮)』

インドネシア(Indonesia)
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今回は、再びインドネシアのジャワ島中部にある古都ジョグジャカルタからさらに北東にある、ソロ(現在の正式名称はスラカルタ)という街にあるもう一つの王宮を紹介します。
この古都ソロは、世界遺産『サンギラン初期人類遺跡』で有名なジャワ原人の痕跡や、イスラム王国の宮廷文化の町としてインドネシア人の人々によく知られています。

この地には18世紀に二つの王宮が建てられました。
ジャワを支配していたマタラム王朝はブオノ3世の時代に王位継承を巡る内部闘争によって王朝がふたつに割れてしまいます。
ソロとジョグジャカルタに分かれた2つの王家ですが、ソロに残った王家はさらに分裂をします。

そのため、ソロには同じ土地に二つの王朝が存在する奇妙な状態になりました。
今回紹介しているのはその一つである王朝が中心としたスラカルタ王宮(カスナナン王宮)です。

当時はジャワ島でも中心であったであろうソロの2つの王家ですが、今現在はそういった古い都であることからか、ゆったりとした風情ある、まるで京都のような雰囲気も漂う街なのです。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • ゆったりとした時間が流れるソロの街。そんな街に残る二つの王宮は、ぜひハシゴしよう。

ソロのもう一つの王宮、マンクヌガラン王宮に関する記事です。

166【インドネシア紀行】なぜ一つの町に二つの王宮が??『マンクヌガラン王宮』
今回は、インドネシアのジャワ島中部にある古都ジョグジャカルタからさらに北東にある、ソロ(スラカルタ)という街にある王宮を紹介します。ソロといえば、ジョグジャカルタと並ぶ古都ではあるのであり、2つの歴史ある王宮があります。今回は王宮の一つであるマンクヌガラン王宮を紹介したいと思います。

スラカルタ王宮(カスナナン王宮)

スラカルタ王宮(カスナナン王宮)は、ジャワ島中部のソロ(スラカルタ)という街にある王宮です。
ソロの街にあるもう一つの王宮であるマンクヌガラン王宮と並び、街のシンボルともなっている王宮です。
欧州強国による植民地洋式を見せるコロニアル調の優さと、伝統的なジャワ様式のデザインが融合した王宮となっていることが特徴です。

この地を治めていたマタラム王朝は、1745年のパクブウォノ2世の時代に元々都がおかれていたカルトスロという街から12kmにある東にあるこのソロに遷都し、街の名称もスラカルタと定められました。
そして、1746年にこのスラカルタ王宮を建造しました。

しかし、パクブウォノ2世の死後、マタラム王朝王家は内部分裂が起こり、ススフナン家(スラカルタ侯国)とスルタン家(ジョグジャカルタ侯国)に分かれます。
そして、さらにその後に、この地に残ったススフナン家から、マンクヌゴロ1世がマンク・ヌゴロ家として分立しマンクヌガラン王宮を建造します。
そのためこのソロの地には、現在二つの王宮が存在しているのです。

アクセス

インドネシア鉄道ソロ駅から南に2kmほどの場所にあります。
もう一つの王宮、マンクヌガラン王宮からは1.3kmほど南になります。

スラカルタ王宮に行ってみた

それではスラカルタ王宮に行ってみましょう。
このスラカルタ王宮で最もそのスタイルが有名なのが、コロニアル調が特徴である北口なのですが、今回は残念ながら写真はありません。
ただし、現在その入り口から入ることはできません。

観光撮影用の衛兵がいるので、興味がある方は一緒に撮影させてもらいましょう。(有料)スラカルタ王宮の特徴は、南北にあるジャワ様式の典型的な造りである広場(アルン・アルン)をもっていることや、灯台のような八角形の塔は、を庭園囲むように作られた回廊内にある博物館です。

王宮への入り口は北口から移動した先にある東口にあります。
今回訪問した際に見学ができたは、宮廷を囲む回廊を使った博物館エリアだけでした。
全体の敷地はかなり広く、王家一族が居住しているエリアもあります。

歴代王の肖像画のようです。
ススフナン家本流であるこちらの王宮は、マンクヌガラン王宮よりも歴史があります。

こちらは王妃の肖像画のようです。
ちなみに博物館ではガイドの方が無償でついていただけます。
日本人はあまり来ないらしいのですが、写真のガイドの方は日本語で案内してくれました。

こちらはJALADWARAという、建物または寺院にたまる雨水を、上部(屋根)から下部へ流すためものです。

像ですが、いろいろな宗教の影響がありそうな像です。
仏教的でもありヒンディー的な要素も見られる像ですね。

王とそのしもべのレリーフでしょうか。

王の座のようですね。
王であっても正装はこの上半身裸の装いなのでしょうか。

インドネシア伝統的な影絵劇、ワヤンの裏側の様子です。
このワヤン、さぞかし影が動き回るのだろうと思うのですが、実際に見に行ったところ、10数分全く動かず、ずっとセリフが延々と語られるというようなものでした。
手や足がしっかりと動くようになっている人形になっているのですが、なぜ動かない??と思った不思議な人形劇でした。

宝物入れのようです。
ここまで見てきてもわかるかと思うのですが、けっこう展示の仕方はバラバラです。
そして、けっこう手入れがずさんな状態です。

宮庭中央にある木です。

カゴのようですね。
日本のカゴともに多様なデザインですね。

ここはいろいろなカゴが展示されていました。

これは馬車のようですが、これまでのデザインとは少し異なり、ヨーロッパのオランダ的なデザインですね。

王族の装束ですね。
ここにもヨーロッパの影響があるデザインでした。

王宮なのでこのような防御面での設備も大切です。

王族が用いた馬の模型です。
これだけはかなり厳重にケースで囲われていました。

何らかの場面ですが、ヨーロッパ的な装いをした軍人を倒しているところでしょうか。

こちらは王宮の庭です。
のんびり過ごすにはよさそうでしたが、ここも王宮にしては手入れがずさんだったような。

舟のオール(櫂~かい)ですね。
かなり長いものです。

焼き物類が最後には展示されていました。

いかがだったでしょうか。
世界各国の人々に、というとまだまだかもしれないソロですが、こちらの博物館ももうちょっと頑張ればよりよく・・・と思えるほどのポテンシャルはあったと思います。
まあでも、ヘタにいろいろな国の観光客の人々に媚びたつくりにはなっていないので、インドネシア特有のおおらかさがあふれる博物館でした。
ぜひ、マンクヌガラン王宮と合わせてみてみることをお勧めします。