278【福井紀行】土塁と空堀の多重防御構造がダイナミックに残る『玄蕃尾城』

百名城/続・百名城(Castle)
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滋賀県は琵琶湖の北側では、歴史の行く末を大きく決めるような戦いがあった場所です。
織田信長の朝倉侵攻の舞台となったり、今回紹介している羽柴秀吉と柴田勝家の戦いがあったりと、日本のその後に大きな影響を与えた戦いがあった場所です。

その琵琶湖の北側、福井県は敦賀市の東端の滋賀県との県境にある、標高460mの内中尾山山頂には、玄蕃尾城と呼ばれる立派な山城の遺構が残っています。
城郭というと石垣が真っ先に思いつきそうですが、この玄蕃尾城では土塁や空堀を巧みに配し、強固な防衛力を持った縄張りでありつつ、天守台を中心に計算的に配置された構造は、現存する山城の中でも、もっとも発達したものの一つともいわれています。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 起伏激しい、強固な山城跡が状態良く残る玄蕃尾城。その巧みに計算された縄張りを見に行こう。

福井県の城に関する記事です。

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玄蕃尾城

玄蕃尾城(内中尾山城)は、滋賀県と福井県境の柳ケ瀬山の尾根上にある城です。
住所は福井県内にあることとなっています。
天正11年(1583)4月に近江国(滋賀県)の賤ヶ岳付近で起きた織田信長の家臣であった羽柴秀吉と柴田勝家の戦い、賤ケ岳の合戦がありました。
織田勢力を二分する激しいものであったこの戦いに勝利した秀吉は、織田信長が築き上げた天下人へ道を継承することへと踏み出していきます。
このときに柴田勝家の本陣が置かれたのがこの玄蕃尾城なのです。

築城に当たっては、朝倉氏の家臣によって築城されたという説、もしくはこの柴田勝家が賤ケ岳の合戦の際に本陣として初めて築城したという2つの見方が存在しています。

玄蕃尾城は往時の深さを誇る空堀や、高い土塁などの遺構が良好に残っており、縄張り構造が非常によく分かる状態で維持されています
南北に並んだ主要な4つの郭が土橋で連結され、南北約250m、東西約150mの広がりがあります。
郭は高土塁で囲まれており、土塁と空堀とを用いて重要な拠点を防御しています。
主郭の北東隅は一段高くなっており、天守のような建造物があったと考えられています。

しかし、2018年に近畿地方を襲った台風の直後には、かなりの数の木々がなぎ倒されるなど、大きな被害を被っていました

平成29年(2017)に、続日本百名城に選定されました。

アクセス

JR北陸本線の木ノ本駅からバスで「玄蕃尾城」下車後、登山口から約1時間30分の道のりとなります。

玄蕃尾城に行ってみた

こちらが玄蕃尾城駐車場わきの登山入り口です。
ここから主郭までは徒歩で20分の山道です。

登山道は広く、比較的歩きやすいように整備されています。

しかし、2018年に近畿地方を襲った巨大な台風被害で、かなりの木がなぎ倒されたりしています。
現在はおそらく整備されているとは思うのですが。

このあたりも全て台風被害です。
木々が根っこからなぎ倒されたりしています。
一部は、登山道をふさいでいるような木もありました。

だんだんと開けた場所に出ていくと、土塁の数々が見えてきました。

南虎口、大手門があったとされている場所です。
主郭部の南側にあったとされるこの場所は、食い違いや曲がった路を設けた虎口郭が2つ直列しています。
その構造によって、倉坂峠(刀根越)からの敵を迎え撃つような専守防衛の造りとなっています。

大手郭(虎口郭)です。

東虎口は、攻撃用の大手口だったようです。

本丸主郭とされている場所です。

主郭には2つの馬出郭が備わっています。

こちらは主郭の北東隅にある天守台のような建造物があったのではないかと考えられている箇所です。
天守もしくは櫓のような建造物があったと考えられています。

郭を囲うように見事な土塁が残されています。

以前は、上の写真にある玄蕃尾城駐車場に百名城スタンプが設置されていましたが、2020年末に撤去されています。
現在スタンプは、敦賀市役所4階文化振興課に設置されています。

いかがだったでしょうか。
かなり整備が行き届いているため、山城の遺構がしっかりと確認できる遺構ではないでしょうか。
公共の交通機関では少し行きにくい場所であるため、自家用車での訪問がおすすめです。
現在、城跡の状況は確認できていませんが、おそらくこれだけきちんと整備されている城跡であるため、台風被害について復旧されているのではないかと思います。