279【ペルー紀行】インカ文明の巨石建築の最高傑作ともいわれる『サクサイワマン遺跡』

ペルー(Peru)
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今回は南米ペルーにあるインカ帝国が残した遺跡について紹介していきたいと思います。
ペルーが有する世界遺産の中の一つ、世界遺産都市クスコ
そしてこのクスコの町と一体となって伝統的にこの地に残り続けてきたサクサイワマン遺跡と呼ばれる遺跡があります。

高地の町クスコからさらに小高い丘の上に上り、約3700mもの標高があるところにある遺跡ではありますが、インカ帝国の建造物特有の精巧な石組で造られた見事な建造物が残されています。
インカ時代の建造物は、その堅牢さが際立っており、スペイン人の侵攻によって破壊されたもの以外では、自然災害などではびくともしないような堅牢さで、現在もなおその素晴らしい姿を残し続けています。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • インカの遺跡の精巧さが表れている巨大な石組の遺跡、サクサイワマン遺跡はクスコの町から気軽に行くことができます。

南米ペルーに関する記事です。

364【ペルー紀行】これぞインカ帝国の技術力。その技術によって造られた建造物は今もなお健在『12角の石(Twelve Angled Stone)』
ペルーのクスコの町には、インカ帝国の技術力の高さをまざまざと見せつけてくる、12角の石(Twelve Angled Stone)があります。インカ帝国時代の石積みの基台の中にあるこの石は、角の数を数えると12角あり、そのすべての角と辺が隙間なく周辺の石と組み合わされているのです。
325【ペルー紀行】インカ時代の沐浴場。「聖なる泉」として知られる遺跡『タンボマチャイ』
今回はそんなインカ帝国の建造物の中で、皇帝の沐浴場であったタンボマチャイを紹介していきます。この遺跡の素晴らしいところは、インカ帝国の技術力で作られた建造物だけではなく、今もなお絶えることなく水を流し続けていることからもうかがえます。
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233【ペルー紀行】トトラ(葦)で作られた浮島に住む伝統民族ウル族の生活を知ろう『ティティカカ湖 ウロス島』
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305【ペルー紀行】人々が釘付けになったテロリズムTVショーの舞台『旧在ペルー日本大使公邸』
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318【ペルー紀行】インカの建造物の強固さを際立たせる『アルマス広場とカテドラル』
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サクサイワマン遺跡

サクサイワマン遺跡は、ペルーのクスコの町の北に位置する、インカの遺跡が残る考古学公園です。
この遺跡が造られて目的は、敵対勢力に対する城塞だったのか、それとも宗教的儀式が行われた神殿のような場所だったのか、現段階ではよくわかっていませんが、現在でもクスコの人々のインティ・ライミ(太陽の祭りであり、インカの伝統的な成人式である儀式)は毎年のようにこの城砦前にある広く平らなエリアで式典を行っています。
しかし、上空から見てみると、クスコの町を含め、インカの聖なる動物であったピューマを模って造られており、その東部に当たるところにサクサイワマンの遺跡があるともいわれています。
また、ここにある壁はピューマの歯の部分とみられているそうです。

インカ帝国の第9代皇帝パチャクティによって1438年頃建造が開始され、約50年後にパチャクティの孫であった第11代皇帝ワイナ・カパックの時代に完成した遺跡だとされています。
クスコの町でも見られたように、ここの遺跡では、巨大な遺跡が隙間なく組み合わされたインカ帝国特有の造りとなっています。
これらの石はその大きさも形も府揃いではあるのですが、モルタルなどの接合剤が一切使われずに組み合わされているのです。
平地を挟んだ南北の丘にこの石組みが階段状にジグザグになった壁が3段ずつ見られます。
これは、インカ帝国がもっていた天上・地上・地下の世界観を表しているのだそうです。
また、石組で造られた壁にはヘビやリャマなどの動物を石で模った場所もあるのだそうです。

この地は、スペインによるインカ帝国への侵攻後、1536年に行なわれたスペインからのクスコ奪還戦で、インカ軍の拠点となりました。
サクサイワマン内部には、水路や倉庫、5000人規模もの兵士が収容できた建造物などさまざまな施設があったそうなのですが、スペイン人の侵略によりその大部分が破壊されてしまいます。
また、かつては3つの巨大な石塔もあったそうですが、スペイン人の侵攻時に破壊されてしまったのだそうです。
現在では地面に3つの大きな円形の塔の基礎部分だけが残されています。

アクセス

クスコの町の中心アルマス広場から北西に10kmの場所にあります。
市内発のツアーを利用するか、タクシーを利用しましょう。
最終的に、高度3700mにもなるので、徒歩で 30 分以上急こう配の道を歩いていくことはかなり体力面で厳しいでしょう。

サクサイワマン遺跡に行ってみた

それではサクサイワマン遺跡へ行ってみましょう。

サクサイワマン遺跡はクスコの北西にある小高い丘の上にあるため、坂道を上っていきます。
眼下を見下ろすと、世界遺産クスコの町が一望できます。
世界遺産の町であるため、その景観は大切に残し続けられています。

クスコの町からはそれほど遠くはありませんが、クスコも含め標高が富士山よりも高い位置にありますので、この高地に慣れていない日本人にとってはかなり体力的に厳しい観光地です。

かの有名な石組も見えてきましたね。

サクサイワマン遺跡は、中央に東西に広がる平地があり、その南北にある小高い丘の処に造られています。

石組みをじっくりと見て行ってみましょう。

隙間なく組まれたこの一つ一つが、モルタルなどの接着剤などもなく組まれているのだそうです。
しかも、そのインカ帝国によって造られた石組みの堅牢さは尋常ではなく、かつてこのクスコは数回の大地震に襲われていますが、スペイン人が作った建物は倒壊したものの、インカ帝国時代に造られた石組みなどは全くの無傷だったのだそうです。

そんな石組みがあたり一面に広がります。

それでは、サクサイワマン遺跡の様子を見てみましょう。

サクサイワマン遺跡から見るクスコの町並みです。
一面広がるクスコの町並みは、世界遺産の素晴らしい光景が眼下に広がります。

伝統的なインカの衣装に身を包んだクスコの人々やリャマと一緒に撮影をすることができます。

移動中の車窓からも多数の遺跡らしきところが見えます。

伝統的な家屋でしょうか。

いかがだったでしょうか。
クスコ周辺の観光はとにかく高地にあるため、高山病を発症する人も多くなかなか観光が大変なところです。
しかし、このインカ帝国特有の芸術的な石組は、クスコ観光では外せない場所の一つでもあります。
バスではこの後、インカ帝国の沐浴場であるタンボマチャイへと向かいましたが、また別記事にて紹介していきたいと思います。