280【インドネシア紀行】インドネシアの第二都市なのに、この影の薄さ…『スラバヤ』

インドネシア(Indonesia)
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インドネシアといえばその国土が世界14位(日本は60位)、排他的経済水域ランキングでは世界6位(日本は8位)、島の数は堂々の世界第一位の1万7千島以上、2億6千万人以上の世界第4位の人口を誇る巨大な国家です。

そんなインドネシア最大の都市といえば、みなさんすぐに出てくるでしょう。
そう『ジャカルタ』ですね。
約1000万人の人口が密集する超巨大都市です。

じゃあ2番目の都市は??
といわれるとほとんどの人がぱっと浮かばないのではないでしょうか。

次に出てくる都市の名前というと、ジョグジャカルタ?バリ島?ぐらいではないでしょうか。
実はインドネシア2番目の都市は、『スラバヤ』という都市です。
????どこ?
となるでしょう。

ジャカルタと同じく、ジャワ島にあるスラバヤは、西ジャワの代表都市ジャカルタと対比するように、東ジャワの代表都市なのです。
このジャカルタとスラバヤを結ぶジャワ島横断新幹線が計画されていますが、中国絡みのごたごたで、完成はいつになるかわかりませんが、これができるとスラバヤはもっと脚光を浴びるかもしれませんが、現段階であればほとんどの方々は「どこ?」となることがまちがいない街ではないでしょうか。

では今回は、インドネシア2番目の都市であるにもかかわらず、とてつもなく影の薄いこのスラバヤを紹介していきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 影は薄くとも300万人の大都市スラバヤ。そんなスラバヤをざっくりと見て回ってみましょう。

スラバヤと同じく東ジャワ州にあるシドアルジョに関する記事です。

201【インドネシア紀行】じわじわと自分たちの町が消えていく恐怖。そしてそれはまだ終結していない『シドアルジョ泥火山』
インドネシアのジャワ島の東部にあるシドアルジョでは、2006年に、世界的にも見られないような、人為的なことがきっかけで発生したともされている自然災害に巻き込まれてしまった地域なのです。

スラバヤ

インドネシアのジャワ島の東には、インドネシア第二の都市スラバヤがあります。
インドネシア第一の都市であるジャカルタは1000万人都市ですが、スラバヤは300万人都市とその数だけを比べると大きな差がありますが、東ジャワ州を代表する巨大都市です。

スラバヤときくと、不思議な名前の印象がありますが、インドネシア語で鮫を意味するスラ、ワニを意味するバヤがこの地で最強の動物を争った結果、ワニが勝利したという神話から由来しており、上の写真のような巨大なモニュメントが街のシンボルとなっています。

このスラバヤは歴史的な出来事もあった場所でもあります。
インドネシアといえば東インドとして350年あまりオランダの統治下にあった国です。
そんなオランダの統治から解放したのが日本ではありますが、1945年の太平洋戦争終結に伴って日本は撤退します。
その後、再びオランダが再植民地化を謀ったり、イギリス軍進入してきたりしますが、日本撤退後もこの地に残った日本軍人1000人余りと共に、真のインドネシアの独立を目指して激しい攻防戦が繰り広げられた場所なのです。
その独立のために起きたスラバヤの戦いの場がここなのです。
その時の戦いにちなんだ場所が今でも多く残されており、多くの地で染まったとされる赤い橋『ジュンバタン・メラ』や、英雄記念塔、そしてその戦いで散っていた者たちを祀った英雄の墓など、街の至る所に戦いにまつわる史跡が残っています。
しかし、独立に向けて戦ったインドネシアの若者たちの情熱と団結が、インドネシアの独立につながったため、今もこのスラバヤの戦いが始まった11月10日は、英雄の日としてインドネシア国中で祝われる日ともなっています。
そのため、スラバヤの街は『英雄の街』ともいわれているのです。

そして、インドネシアの初代大統領であったスカルノの出身地もこのスラバヤなのです。

アクセス

ジャワ島内は比較的交通が整備されているため、飛行機やバス、鉄道などでスラバヤまでアクセスすることができます。
ジャカルタからは、バスや鉄道の場合は10時間オーバーの行程になります。
国際線でも、シンガポールや直行便があります。

スラバヤに行ってみた

それではスラバヤの街に行ってみましょう。
なお今回はダイジェストでお送りし、後々個々に詳しい記事は書いていきたいと思います。

スラバヤの街は歩いてみるとわかるのですが、街中が非常にきれいであり、東南アジアに見られるようなゴミが散乱した様子はあまり見られません。
近年では、ペットボトルを集めると乗ることができる公共バスがあったりと、環境面に対して意識を高めつつある街なのかなとも思います。

英雄記念塔

英雄記念塔は、インドネシアの独立戦争で最も激戦となった、1945年11月10日の「スラバヤの戦い」で亡くなった人々をしのぶために建てられたモニュメントであり、1952年に建造されました。
高さ約40mの塔を中心に公園が整備されており、塔の奥には、当時の戦闘を写真や遺物で振り返るスラバヤ11月10日博物館が併設されています。

スラバヤ11月10日博物館

スラバヤ11月10日博物館はスラバヤの戦いを中心に取り扱った博物館です。
イスラムのスルタン国だった時代、オランダ統治時代、そして日本統治時代などの展示が多数あり、日本語で説明のある展示コーナーも一部ありました。
中央にあるモニュメントは、インドネシア独立のために戦った英雄たちの銅像です。

潜水艦モニュメント

町中に突然巨大な潜水艦が現れます。
これは潜水艦モニュメントであり、退役したインドネシア海軍の実際の潜水艦です。
なかなか潜水艦の中に入ることができる機会は無いので、なかなかスラバヤの中でも有名な展示施設です。

ジュンバタン・メラ

市街地北部にあるジュンバタン・メラ(赤い橋)は、第二次世界大戦での日本敗戦後、再占領を図ろうとしたイギリスやオランドとインドネシア人とが戦ったスラバヤの戦いは1945年11月10日に始まったのですが、この戦いの発端となったのが、それ以前となる10月30日に起きたジュンバタン・メラ事件です。
停戦協定を結んでいたはずのインドネシアとイギリス・オランダなどの連合国側でしたが、どちらかが発端となって停戦合意を破り、ジュンバタン・メラにて激しい銃撃の末、川は流血で赤く染まったといわれる場所です。

サンプルナの家

サンプルナの家は、スラバヤ旧市街の北西部にある、インドネシアの大手タバコ会社の工場兼ミュージアムであり、げんざいもまだ操業されています。
元々は1862年に孤児院として建てられた建物なのだそうですが、その後1932年に大手タバコ会社が工場として買い取ります。
工場に関する歴史の展示や、手作業で作られる伝統的な巻タバコに関する展示があります。
2階に上がると大勢の作業員が一同に巻タバコを作っている工程を見学することができます。

市内の歴史スポットを巡る無料バスツアー「スラバヤ・ヘリテージ・トラック」の発着場はここにあるのだそうです。

マジャパヒト・ホテル

マジャパヒト・ホテルは、1910年のオランダ統治時代にオレンジ・ホテルとして創業したホテルです。
旧日本軍の侵攻時にはヤマトホテルとよばれ、オランダ人捕虜の収容所としても使用されていました。
スラバヤの戦いの舞台ともなり、1945年にインドネシアの再植民化のために再進出してきた際に、オランダ人がこのホテルにオランダ国旗を掲げます。
しかし、それに対して憤慨したスラバヤの青年が、オランダ国旗のいちばん下の青色部分を破り取ってインドネシア国旗である赤白の旗として掲げ直したのだそうです。
その旗は今も独立のシンボルとして掲げられ続けているのだそうです。

ショッピングモール

スラバヤはとにかく巨大なショッピングモールがたくさんあります
これらを廻るだけでも、楽しめる街なのです。

・トゥンジュンガンプラザ(通称TP): 旧市街近くにあるスラバヤ最大のモール。現在1~6棟まであり、所見では確実に迷います。
・ギャラクシーモール: 中心部から東側にあるモールで、現在は3棟の巨大なモールです。
・パクオンモール(スーパーモール・PTC): 日本人居住者が多い西部にあるモールです。
・チプトラモール: 現在増床しており、かなり大きなモールになりそうです。
・グランドシティ・スラバヤ
・スラバヤタウンスクエア
・ロイヤルプラザ
・WTCスラバヤ
・ITCスラバヤ
・マーベルシティ
・BGジャンクション
・スラバヤプラザ
・プラザマリーナ
・シティオブトゥモロー
・レンマルクモール
・ハイッテックモール

などなど。
小さいものも入れるとまだまだあり、モール供給過剰エリアなのです。
そのため、けっこう閑散としているモールもあったりします。

スラバヤ動物園

スラバヤの中央には大きな動物園、スラバヤ動物園があります。
しかしこの動物園、死の動物園として有名だったのです。

2000年代後半から2010年代前半に、数年間の間に数百頭の動物が様々な形で変死したりということで、有名だった場所なのです。
例えば有名なところで言えば、ライオンが檻の中でワイヤーで首をつって死んでいたり、過密状態の飼育のために死んだりといったことが多発したそうです。

行政からも指導が入ったりしたとのことであるため、現在はかなり改善はしてきているようです。

ここの動物園の最大の見どころというと、インドネシアのコモド島に生息するコモドオオトカゲ(コモドドラゴン)を間近に見ることができる所です。
世界最大のトカゲとしても有名ですが、けっこう動きません・・・。
まあ写真は撮りやすくていいのですが。

この動物園前にもスロとボヨのモニュメントがあります。

ちなみに最大のスロとボヨのモニュメントは、スラバヤ市の東海岸沿いにあります。

アル・アクバルモスク

東ジャワで最大モスク、アル・アクバルモスクがあります。
かなり巨大なモスクであり、いつもイスラム教の信者の方々で溢れています。

内部は見学できますが、回廊までであり、礼拝堂などは信者の方しか入ることができません。
中ではたくさんのお祈りをされている方々や、ときには結婚式なども行われており、イスラム教の生活を垣間見ることができます。

敷地内にはタワーがあり、5000ルピア(約40円ぐらい)で上ることができます。
展望台まではエレベーターで上がります。
周辺の景色が一望できます。

いかがだったでしょうか。
実はスラバヤの街なのですが、これといった観光地は少ない街なのです。
しかし、インドネシアを代表する商業都市であるということもあり、生活するには非常に便利な街なのでしょうね。
しかし、そんな中でもよく散策してみると、スラバヤの戦いに代表されるような戦いにまつわる史跡などが比較的多く、市としてもそういったところを今後の観光地として整備していこうとしているのだそうです。
そんなスラバヤの街ですが、なんといっても日本人が大好きなバリ島からは非常に近い街です。
まだまだ日本人にとっては未開の地である東ジャワですが、それだけに開拓しがいのあるエリアなのかもしれませんね。