287【カンボジア紀行】カンボジアの悲しい歴史を目の当たりにしてきた『プノンペンの王宮』

カンボジア(Cambodia)
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カンボジアは古くは、クメール王朝からカンボジア王国と、途中ポルポト政権下であった時期など30年間余を除き、王族の存在している国です。
1993年から復活した王政により、カンボジアは再び王国へとなります。

そんなカンボジアの王族ですが、首都のプノンペンに現在もなお居住されています。
プノンペンを南北に走るメコン川沿いに、ひときわ目立つ華やかな建物があります。
これが現在もなおカンボジアの王が居住し、公務も行っている王宮です。

フランス人の建築家によって建造されたこの王宮は、クメールの様式だけではなく、フランスの様式も合わさったきらびやかな外観となっています。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • プノンペンにやってきたらまずはここ。きらびやかな王宮と寺院とをセットで見て回ろう。

プノンペンに関する記事です。

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プノンペンの王宮

プノンペンはメコン川沿いにある荘厳な建物は、王宮です。
となりにシルバーパゴダがあり、観光客はセットで入ることができます。

345【カンボジア紀行】プノンペンの王宮記事に続けてご覧ください『シルバー・パゴダ』
カンボジアの首都プノンペンで外してはいけない観光地が王宮エリアです。この王宮見学なのですが、隣接しているシルバー・パゴダとセットで観光ができるようになっているのです。最初に王宮を見てから、シルバー・パゴダに移動し2つの拠点が楽しめるようになっているのです。

しかし、王宮側には現在も国王と王妃の居住区であったりするため、大半は立ち入り禁止区域となっています。

王宮は、1866年にカンボジア王国のノロドム王が、首都をウドンからプノンペンへ遷都した際に築いた宮殿です。
宮殿自体の建造が完成したのは1870年です。
元々は木造建築の宮殿でしたが、1919年にフランス人建築家を招き入れ、現在の王宮の形に再建されました。

その後、1970年代のポルポト政権による悲惨な状況をこの王宮は目の当たりにすることになります。
原始共産主義を追い求めたポルポト率いるクメール・ルージュは、知識階層を虐殺し、挙句の果てには首都プノンペンに住む住民を一人残らず農村地帯に送り込みます。
ゴーストタウンと化したプノンペン。
そしてそんな町中にポツンと残った王宮。
その王宮から、当時のプノンペンの町並みはどのように写ったのでしょうか。

1979年から亡命をしていたシハヌーク殿下は、ポルポト政権の失脚の後、1991年に北京から帰還しました。
現在はシハヌークの後継であるシハモニ国王と王妃が居住し、公務も行う場となっています。
そのため、王宮の前庭と一部の建物は一般公開されていますが、中にある建物のほどんどは特別な式典のとき以外は閉鎖されています。

アクセス

トンレサップ川/メコン川沿いに並ぶ人気のリバーサイドプレイスと並んで王宮があります。

プノンペンの王宮へ行ってみた

それでは王宮に行ってみましょう。

リバーサイドを南下していくと、まずは王宮の敷地内にある建物が見えてきます。
こちらはチャン・チャーヤの館です。
残念ながらこちらの建物は立ち入り禁止です。

王宮から対面した川沿いには上のような国王のモニュメントが建てられていました。
普段はこちらは設置されていないようです。

さらに南下していくと、王宮隣にあるシルバーパゴダに到着します。
王宮への入り口もこちらのシルバーパゴダ側から入ることになります。
入館後は、先に王宮を見て、隣接したシルバーパゴダに入る順路になります。

なお、上の写真の奥に見えるのは連邦政府の庁舎だそうです。

入り口(チケットカウンター)

ここがシルバーパゴダ側入り口です。
王宮ですので、入館に当たっては厳しいドレスコードがあります。

肩が見える服、ひざが見えるズボンやスカートはアウトです。
また、館内では脱帽しなければなりません。
ただし、入り口でシャツや巻き布などは購入ができるのでこれらを購入する必要があります。

即位殿

敷地内中央に見えるのが即位殿です。
高さ59mの尖塔をもち、最も目立つこの建物では、王の戴冠式や国王誕生日など重要な王室行事が現在も行われています。
内部には入れませんが、部屋を囲む廊下から内部の様子は見ることができます。
現国王のシハモニ国王の即位式も2004年にここで行われました。

即位殿から後ろ側は立ち入り禁止区域です。

勝利の門

王宮の門である勝利の門ですが、現在は修復工事中のため開門されていません。

チャン・チャーヤの館(立ち入り禁止区域)

さきほど、外から見えていた建物、チャン・チャーヤの館です。
こちらは立ち入り禁止区域に建てられているため、この場所より先に行くことはできません。

ゾウ舎(立ち入り禁止区域)

こちらも立ち入り禁止区域内にあるゾウ舎です。

宝庫(写真右)

即位殿の両サイドを、ゾウ舎と宝庫が対称で向かい合うように建てられています。

宝庫内では王家ゆかりの展示物などを見ることができます。

国王の執務室とナポレオン三世の館(修復中)

上の写真の中央にあるのが国王の執務室です。

その左型にあるのが修復工事中なのがナポレオン三世の館です。
ナポレオン三世の館は、ナポレオン三世の妻、ユージーヌ王妃からノロドム王への贈り物とし、フランスからわざわざ移築された建物のため、敷地内でも異彩を放つ建物です。

即位殿からの写真です。(左にあるのが宝庫)

宴会ホール

こちらは宴会ホールと呼ばれる建物です。
壁や扉は無く、誰でも入って見学ができます。

最後はメコン川沿いから王宮を撮影しました。
中央にある尖塔が、即位殿の物です。

王宮の前の広場は市民の人とたちが思い思いに過ごすことができる場所になっていました。
川沿いを歩いていると、今のプノンペンの平和な様子をうかがうことができました。

いかがだったでしょうか。
やはり王の住む首都だけあって、王宮もたいそう立派な物でしたね。
実は見どころたくさんのプノンペンですが、まだまだ日本人には知られていない街でもあるので、たくさん見どころを開拓していくことができる楽しみがある街なのです。