303【スリランカ紀行】アヌラーダプラ最大の仏塔。しかし過去はもっと高かったらしい『アバヤギリ大塔』

世界の世界遺産(World Heritage)
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今回はスリランカに残る巨大な仏塔、アバヤギリ大塔を紹介したいと思います。
スリランカ中部にある文化三角地帯の一角であるアヌラーダブラ
1982年に世界遺産に登録されたアヌラーダブラは、スリランカの仏教勢力の変遷が今も残る遺跡群が残る街です。

その中でもアバヤギリ大塔は、紀元前1世紀に建てられたとされている元々は大乗仏教の総本山だったのですが、現在のスリランカの主流派である上座部仏教との争いに敗れ、現在に至っています。
当時はスリランカの中心でもあった仏塔ですが、現在その茶色い仏塔がもつもの悲しい雰囲気は、かつての栄華を誇った場所であることを改めて確認させてくれるような感じもします。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • かつての栄華を誇った大乗仏教の総本山。その栄枯盛衰を想像させる巨大なダーガバ(仏塔)を見に行こう。

スリランカの世界遺産に関する記事です。

448【スリランカ紀行】仏陀の右鎖骨が祀られているアヌラーダプラの数あるダーガバの中でも最古のもの『トゥーパーラーマ・ダーガバ』
アヌラーダブラは紀元前3世紀頃には、インドから仏教から伝わり、仏教にまつわる建造物が数多く造られていくこととなります。そのような中で、最も古い建造物ともいわれているのが、今回紹介しているトゥーパーラーマ・ダーガバなのです。
438【スリランカ紀行】2000年以上もの歴史があるとされる、世界の三大煉瓦建築のひとつ『ルワンウェリ・サーヤ大塔』
アヌラーダプラのダーガバ(仏塔)は、その表面を白い漆喰で塗り固めた仕上げが一般的だったようです。そしてできあがったダーガバは、純白の外観が美しい壮大な建造物だったのです。そして、その時代の姿を今でも私たちにみせつづけてくれているのが、アヌラーダプラのシンボルでもあるルワンウェリ・サーヤ大塔なのです。
435【スリランカ紀行】道なき道を踏み込んでみると、あるわあるわガイドブックにない遺跡の数々『ラトゥナ・プラサーダはじめ、アヌラーダプラ北部遺跡群』
アヌラーダブラの紹介も数多くやってきましたが、まだまだあるんですよね。今回は、ラトゥナ・プラサーダという遺跡地区の北西端にあるガードストーンの美しさで有名な宮殿跡の遺跡です。また、その周辺にもあった多くの遺跡の様子も紹介しておきたいと思います。
422【スリランカ紀行】紀元前288年に植樹されとされる、インドの菩提樹から植樹された、人類最古の植樹された樹木『スリー・マハー菩提樹』
今回紹介しているアヌラーダプラにあるスリー・マハー菩提樹もそのような仏教の聖地となっている場所の一つです。菩提樹といえば、仏教の開祖である仏陀がその根元に座り悟りを得た樹木です。そして、実際にそこから分け木がスリランカのアヌラーダプラにまで運ばれ、この地に根付いているのです。
413【スリランカ紀行】最近はどこにでもあるんだなということがわかってきた沐浴城跡の遺跡『クッタム・ポクナ』
沐浴場というと、その地域を治めた王のためのものが多かったりするのですが、今回紹介しているアヌラーダプラにあるクッタム・ポクナは、仏教黒スリランカらしく、この地域で修行を行なっていた僧たちが使っていたとされる沐浴場跡です。
395【スリランカ紀行】悟りを開いた仏陀の穏やかな表情が特徴的な『サマーディ仏像』
スリランカのアヌラーダプラにあるサマーディ仏像は、木々に囲まれた中に、ぽつんと風化を防ぐ屋根とともに祀られています。今でこそ屋根とともにあるサマーディ仏像ですが、もともとは仏陀が悟りの境地を開いた場面を表していたとされ、その後長い間発見されずにいた仏像なのです。
380【スリランカ紀行】アヌラーダプラエリアだけではなく、世界一の高さを誇る仏塔『ジェータワナ・ラーマヤ』
2500年以上もの歴史があるスリランカ最古の都があったアヌラーダプラ。非常に高度な文明を持っていた王朝が栄えたこの地には、高度な建築技術がありました。そんなアヌラーダプラには巨大な世界的にみても大きな仏塔が多く残されています。
353【スリランカ紀行】アヌラーダプラに柱とムーンストーンとが残る王妃建物群跡『クイーンズ・パビリオン』
アヌラーダプラのクイーンズ・パビリオンは、王妃の建物があった跡であるのですが、別名ムーンストーン・サイトとも呼ばれています。ここには、今もなお素晴らしい姿を残す、名前の由来となったムーンストーンが残っているのです。
328【スリランカ紀行】アヌラーダプラにある岩肌に沿って造られた元僧院である寺院『イスルムニヤ精舎』
アヌラーダプラでまずはおさえておきたい場所が、今回紹介しているイスルムニヤ精舎なのです。このイスルムニヤ精舎をまず真っ先に挙げる理由としては、アヌラーダプラにありながら、その中でも異彩を放っている、天然の岩肌を利用した寺院だということです。
188【スリランカ紀行】インド洋に向かう世界遺産の城塞都市『ゴールの旧市街と要塞』
スリランカの南端に、小さな世界遺産都市があります。ゴール(ガル)と呼ばれるこの町は、現在でも強固な城壁に囲まれている要塞都市なのです。現在のゴールの城壁内には、ヨーロッパ様式の建築様式とアジアの伝統様式が融合し、歴史と生活がまじりあった街並みになっています。
161【スリランカ紀行】仏歯を乗せた像が練り歩く聖地キャンディの『エサラ・ペラヘラ祭』
スリランカの伝統的な祭り『ペラヘラ祭り(エサラ・ペラヘラ祭り)』について紹介します。同国各地で行われるペラヘラ祭りですが、その中でも最大規模のパレードが行われるのが、世界遺産都市キャンディで行われるペラヘラ祭りなのです。
115【スリランカ紀行】世界遺産ポロンナルワ、心優しきオーナーの宿『ラックスマンゲストハウス』
スリランカの世界遺産の一つ、ポロンナルワ。仏像や寺院跡など、見どころがたくさんあるのですが、小さなエリアに集まっているので頑張れば一日でまわることができます。そんなポロンナルワにある、旅行者が絶賛するオーナーさんのゲストハウスがあるのです。
074【スリランカ紀行】地上200mの天空の王宮 シーギリヤロック
南アジア スリランカの中心部にある古都シーギリヤ。そこには1982年に世界遺産登録された、有名な天空の王宮跡シーギリヤロックがあります。登頂までは1200段もある、この岩ですが、頂上から見る景色には圧巻されるものがあります。

アバヤギリ大塔

アヌラーダプラの遺跡地区の北端に位置するのが今回紹介しているアバヤギリ大塔です。
周辺には、クイーンズ・パビリオンや、サマーディ仏塔といった見どころも密集しています。

294【スリランカ紀行】かつてのシンハラ人の王都。巨大な半球状のストゥーパが珍しい世界遺産『アヌラーダプラ』
スリランカ中部にある文化三角地帯の一角であるアヌラーダプラ、世界文化遺産にも登録されるほどの多くの仏教遺跡がのこる町です。それもそのはず、紀元前から1400年以上もスリランカの王都が置かれていた場所なのです。

遺跡地区を北上していくと、全体が赤茶けたれんがのようなものを積み上げて造られた巨大なダーガバ(仏塔)があります。
これがアバヤギリ大塔です。
かつては、現在は露出しているレンガのような物の上に漆喰で塗り固められ、現在も白い仏塔で有名なルワンウェリ・サーヤ大塔のような外観だったようです。

ここは、かつてスリランカにもあった大乗仏教の総本山でした。
その建造は今から2000年以上前にもなり、紀元前1世紀にワッタガーミニ・アバヤ王の命によって建設されました。
現在の高さは75mなのですが、建造当時はルワンウェリ・サーヤ大塔と同じく110mの高さがあり、アバヤギリ大塔とルワンウェリ・サーヤ大塔とが同じ高さがあったとされ、アヌラーダプラの中でもトップ2の高さを誇ったダーガバ(仏塔)でした。
ルワンウェリ・サーヤ大塔も現在は55mとなっています。
建造時よりも高さは低くなっているものの、このアバヤギリ大塔は現在のアヌラーダプラでも最大の高さを誇る仏塔です。

このダーガバ(仏塔)の建造を行ったワッタガーミニ・アバヤ王は、敵軍にアヌラーダプラを追われ、流浪生活を送っているときに、ジャイナ教の僧侶から受けた屈辱の報復として建造したといわれています。
ワッタガーミニ・アバヤ王がこの地に戻った時に、当時アヌラーダプラにあったジャイナ教寺院を徹底的に破壊し、その跡にこの巨大なダーガバ(仏塔)を建てたといわれています。

12世紀に入ると、大乗仏教の総本山であったアバヤギリ大塔を中心とする大乗仏教派と、遺跡地区中部にあるスリー・マハー菩提樹のあるマハー・ヴィハーラ寺院を中心とした上座部仏教派の勢力争いが激化します。
争いの結果、上座部仏教派が大乗仏教派を抑えてスリランカの仏教界を統一し、スリランカから大乗仏教は姿を消します。

一時期は、仏塔の表面が全て草木で覆い茂った状態になっていたようですが、1982年の世界遺産登録に向け現在のように整備され、全体的に基礎のむき出しになった茶色の仏塔の状態になっています。

アクセス

アヌラーダプラ旧市街から遺跡地区に入り、3km北上した遺跡地区の北端にあります。

アパヤギリ大塔へ行ってみた

それでは、アバヤギリ大塔へ行ってみましょう。

アヌラーダプラ北部に行くと、巨大なダーガバ(仏塔)が見えてきます。
現在でも75mの高さを誇る同仏塔ですが、建造当時はこの1.5倍の高さがあったのだと考えると、紀元前1世紀のこの地域の人々の技術力の高さには驚かされます。

仏塔の表面が全て草木で覆われていた時の写真が残されています。

仏塔へ向かう参道には上の写真のような柱が残されています。
アヌラーダプラをはじめスリランカの遺跡ではちょくちょく見かけるものですが、当時はこの上に屋根が築かれていたそうです。

仏塔ですので、内部に入ることができる構造にはなっていません。
周辺を歩くことができますが、土足は厳禁ですので裸足で見て回ることになります。
このあたりは、ミャンマーのバガンと参拝方法が似ています。

一部には、ここが白い仏塔だった時の遺構が残っています。
アヌラーダプラをはじめ、全体的に茶色い仏塔が多いのですが、それらのほとんどは元々は表面が白で覆われた仏塔だったようです。

こちらは上に上る階段が設置されていますが、ここは修復作業時や、仏塔に装飾を施すときなどに使われるものだそうです。
登りたいとは思えないような危険さが漂う階段ですね。

先ほど、白い仏塔だった時の遺構が残されていましたが、反対側に回るとこのように内部の基礎が見えています。
仏塔本体と同じように茶色いレンガを組んだ作りになっているのがわかりますね。

いかがだったでしょうか。
数多くの遺跡がのこるアヌラーダブラの紹介を今回からスタートしました。
スリランカの世界遺産の中では目立たないほうですが、スリランカ中部にある文化三角地帯の一角を担う、広範囲にわたる世界遺産都市です。
スリランカが辿ってきた宗教の歴史の変遷が見えてくる遺跡として、スリランカの世界遺産巡りでは外せない場所でしょう。