316【ウズベキスタン紀行】砂漠の中にあるヒヴァ・ハン国の首都『ヒヴァのイチャン・カラ』

世界の世界遺産(World Heritage)
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中央アジア、ウズベキスタン中部、トルクメニスタンとの国境付近にある砂漠の中のオアシス都市ヒヴァ
キジルクム砂漠やカラクム砂漠といった巨大な砂漠に囲まれたヒヴァは、元はヒヴァ・ハン国の中心だった都市です。
都市全体が博物館都市として世界遺産に登録されているヒヴァですが、今もその都市の中心であるイチャン・カラには、歴史的な建造物が立ち並ぶとともに、人々の生活も見ることができる街なのです。

世界遺産お腹で観光をし、世界遺産の中で買い物を楽しみ、世界遺産の中で宿泊ができる。
まるごと世界遺産が堪能できるという、希少な体験ができるのです。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 広大な中に生命を感じるオアシス都市。今もなおシルクロードの中継地の雰囲気を存分に残す、砂漠の街に行ってみよう。

ウズベキスタンの世界遺産に関する記事です。

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ヒヴァ

ヒヴァはウズベキスタン西部、トルクメニスタンとの国境付近にあるホレズム州にある古都です。
周囲を巨大な砂漠に囲まれたオアシス都市であり、年間を通してほとんど雨の降らない地域です。

1世紀ごろにはオアシス都市としてある程度出来上がっていたと考えられており、シルクロードの中継都市として発展し、多くの隊商たちが立ち寄っていました。

16世紀~20世紀にこの地を治めていたヒヴァ・ハン国の王都であったヒヴァは、中心部を囲み、現在では1991年にウズベキスタンで初めての世界遺産にも登録されたイチャン・カラのエリアと、さらに町の外側を囲むデシャン・カラという、二重の外壁に囲まれた堅牢な防御力を誇る都市でした。

イチャン・カラ

イチャン・カラは、ヒヴァ・ハン国当時の二重の外壁のうち内側の外壁によって囲まれたエリアです。
1991年に世界遺産に登録されたエリアであり、カルタミノルといったミナレットや、モスク、往年の雰囲気を残した古民家の数々等、壁の中一帯が歴史的建造物が点在している、生きた博物館の様相を見せる街です。
その歴史的な建造物の数は250をもこえるといい、じっくりと見て回るとなると1日では足りないくらいの規模かもしれません。
また、そのような歴史的な建物をそのまま生かしたホテルなどもあるため、世界遺産の中に宿泊するという貴重な定見もできる世界遺産都市です。

アクセス

ウルゲンチの空港から南西45kmほど、行ったところにあります。

ヒヴァのイチャン・カラへ行ってみた

それでは、ヒヴァのイチャン・カラへ行ってみましょう。

ヒヴァは、ウズベキスタンの世界遺産の中でも離れた場所にあるため、首都のタシケントから国内線で移動する必要があります。
ヒヴァの最寄りの空港はウルゲンチ空港のため、そこまで移動し、あとは車でヒヴァまで移動します。

上空から見ても見渡す限り砂漠ばかりです。
日本では見られない光景ですね。

オタ・ファルヴォザ(西門)

イチャン・カラの入り口、オタ・ファルヴォザです。
こちら側の位置口付近は広場になっていた李、レストランなどがあったりするなど、観光客向けの施設も多くあったりします。
タクシーなどの駐車場も西門側には広いスペースが用意されています。

青いタイルを用いて造られたイチャン・カラの案内図が観光客を迎えてくれます。

カルタミノル

西門を入るとすぐにこの青い印象的なミナレットが目に入ってきます。
これがヒヴァのシンボルにもなっているカルタミノルです。
1852年ムハンマド・アミン・ハンによって造り始められましたが、その三年後にハン(王)が無くなってしまったため、未完成の状態で現在まで残されています。
元々は現在の26mという高さではなく、109mにもなる巨大なミナレットになる予定だったそうです
そのため、イチャン・カラにある他のミナレットと比べると、基礎部が14mもある巨大な造りになっています。

カルタミノル前には、クフナアルク・モスクの高い外壁があります。
ここには見張り台が設置されており、そこから夕日を眺めるのがベストスポットなのだそうです。

カルタミノルの裏は、現在はオリエントスター・ヒヴァ・ホテルになっています。
建物は1852年い建てられたものであり、かつては最高裁判所事務所もここにあったのだそうです。
ホテルになっていますが、内部は自由に見学ができるようです。
往年の建物をそのまま生かしたホテル!それだけでもワクワクしませんか。

Matniyaz Divanbegi

カルタミノルの隣には、元は神学校(メドレセ)だった建物Matniyaz Divanbegiがあります。
現在はレストランになっています。

ジュマモスクとミナレット

メインストリートを進むと見えてくるこの高さ42mのミナレットは、ジュマモスクのミナレットです。
ジュマモスクは10世紀ごろに建てた古い建造物であり、その後何度も修復されています。

広い内部には礼拝所があり、そのまわりには213本物彫刻が施された木の柱が並んでいます。
イチャン・カラの中でも、珍しい木造の建造物です。

それでは少しメインストリートから南に貼ってみたいと思います。

パフラヴァン・マフマド廟

パフラヴァン・マフマド廟は、聖人パフラヴァン・マフマドが眠る廟です。
パフラヴァン・マフマドは毛皮職人でありながら、詩人や哲学者、そして武道の名手としても知られていた人物なのだそうです。
また内部には14世紀~20世紀のハン(王)一族の墓も祀られています。

イスラーム・ホジャ・メドレセとミナレット

イスラーム・ホジャ・メドレセは、ヒヴァ・ハン国最後のハン(王)であったイスラーム・ホジャが1910年い建てた神学校(メドレセ)です。

イスラーム・ホジャ・メドレセでさらに見落とせないのがこのミナレットです。
高さが45mもあり内部には118段の螺旋階段が設置されています。
このミナレットは登ることができ、その頂上からはイチャン・カラを一望することができます。

上空からイチャン・カラを見てみると、また一味違った雰囲気を感じ取ることができます。

先ほど紹介した、パフラヴァン・マフマド廟です。
奥に見えるのはカルタミノルですね。

ミナレットの頂上部分を見上げるとこのようになっていました。

絨毯・スザニ工房

ジュマ・モスク裏にある絨毯・スザニ工房です。
ここえは写真のように女性が集まり、絨毯を手作業で織ったり、スザニという刺繍を行っている様子が見学できます。

タシュ・ハウリ宮殿

タシュ・ハウリ宮殿はイチャン・カラ東門近くにある宮殿です。
1830年代に建てられたとされています。
この中には大小163もの部屋があるのだそうです。

タシュ・タウリ宮殿の中庭を囲むように造られたハーレム(女性の居室)は、豪華な青いタイルで彩られています。
一つ一つがそれぞれハン(王)の妻の部屋になっているのだそうで、4人の正妻の心室がここに残っています。

ヌルラボイ宮殿

ヌルラボイ宮殿は、イチャン・カラの外側にある建造物です。
外壁から出て5分ほど北西に歩くと見えてきます。

ここは20世紀初めに商人ヌルラボイの寄進で立てられた宮殿です。
どの部屋も豪華絢爛な装飾が施されており、現在は博物館として使用されています。

いかがだったでしょうか。
ウズベキスタンの世界遺産の中でも、もっとも日本から遠いところにあるため、同国の中でも行くのに時間がかかってしまう場所ではありますが、砂漠のオアシス都市の実態がどのようなものだったのか、体験することができる希少な世界遺産都市です。
また、古くから伝わる建造物を生かした都市づくりは、ここがシルクロードの中継都市だったころや、ヒヴァ・ハン国だったころの体験もできてしまう場所なのです。