320【沖縄紀行】当時は一般人は足を踏み入れることもできなかった歴代王の聖地『斎場御嶽』

日本の世界遺産(Japan Heritage)
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かつて沖縄は、琉球王国という日本とは異なる国でした。
そんな琉球王国では独自の琉球神道が進行され、日本と同じく祭祀を大切にした文化がありました。
今回紹介している御嶽(うたき)とは、まさしく琉球王国の人々が祈りをささげる聖なる場として、琉球王国各所に設けられました。

御嶽では、神や祖先神を祀り、それぞれの地域の祭祀の中心となる場所でした。
また、琉球神道では神に仕える者は女性に限定されるため、どの御嶽も男子禁制でした。
一部の観光地化してしまった御嶽以外には、今もなおそこを管理する琉球神道の女性祭祀であるノロによって維持管理されているところもあります。
今回の斎場御嶽(せーふぁうたき)は、現在は男性も入ることができていますが、御嶽によっては現在もなお男性の進入を認めていないところもあったりします。

沖縄の人々にとって特別な場所だった御嶽。
今もなおここを訪れる際には、ここが聖なる場所なんだという認識をもって、きちんとした態度で訪れることが求められる聖地なのです。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 沖縄の歴史を物語る聖地。今は一般に開放されているが、聖地を訪れるという心構えが、一人一人の観光者に求められ、試されているのです。

沖縄の世界遺産に関する記事です。

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斎場御嶽(せーふぁうたき)

御嶽(うたき)とは、奄美大島から宮古島、八重山島などの南西諸島に広く分布するして沖縄古来からの聖地のことをいます。
その中でも、この斎場御嶽(せーふぁうたき)は、15~16世紀の琉球王国第二尚氏王統の尚真王時代に、王府が整備した最も格式の高い祭祀場でした。

斎場(せーふぁ)とは、最高位の聖なる場所という意味があり、樹木に囲まれ、巨石に囲まれた空間からは、自然と神聖な雰囲気が漂っています。
そのため、この御嶽は、琉球王国第二尚氏時代の琉球神道における最高神女であった聞得大君(きこえおおぎみ)によって管理され、聞得大君の就任儀式が行われた場所でした。
また、琉球王国時代の御嶽は全てが男子禁制でした。
さらに庶民は、御門口(うじょーぐち)をから先に進むことはできず、国王ですら女装に改める必要があったといいます。

斎場御嶽(せーふぁうたき)のある沖縄南部は、第二次世界大戦の沖縄戦で多大な被害を被った地域ですが、この地域は奇跡的に戦災を免れました。
しかし、参道部分などは沖縄戦において日本軍の陣地として使用されたことなどによって様相が変わってしまったり、いくつかの砲弾跡屋砲台跡などが残されています。

2000年には、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つとしてユネスコの世界文化遺産に登録されました
しかし、世界遺産登録されたことによって、近年は観光地として大幅に観光客が増えてしまい、聖地に対するマナー違反的な行為も続出してしまったため、立ち入り制限、立ち入り禁止、男子禁制の復活といったことも検討されているのだそうです。

アクセス

公共交通の場合、基本的にはバスでしか行くことはできません。
斎場御嶽入口バス停にて下車しましょう。

斎場御嶽(せーふぁうたき)へ行ってみた

それでは斎場御嶽(せーふぁうたき)へ行ってみましょう。

南城市地域物産館のがんじゅう駅・南城に駐車場がありますので、こちらに駐車をし、入り口まで歩きます。
約400mの道のりなので10分ほどで到着します。

緑の館・セーファ

こちらが斎場御嶽(せーふぁうたき)の入り口である、緑の館・セーファです。
入館料をし払い、ここで事前に斎場御嶽(せーふぁうたき)についてと、観光の注意について説明と3分ほどのビデオ鑑賞があります。
あくまで聖地なので、ここでの振る舞いについては特に注意があります。
説明が終わると、敷地内に入ることができます。

それでは参道を進んでいきたいと思います。

現在の参道は、琉球王国の国王が聖地巡拝をする儀礼「東御廻り(あがりうまーい)」の際に、斎場御嶽(せーふぁうたき)に向かう道として使用されました。

久高島遥拝所(ようはいじょ)

久高島遥拝所(ようはいじょ)です。
太陽があがる方向にある久高島は、遥拝所として沖縄各地から崇拝されています。

御門口(うじょうぐち)

参道を進むと、斎場御嶽(せーふぁうたき)の入り口である、御門口(うじょうぐち)にやってきました。
神道の神社でいうと、拝殿にあたる場所になります。
斎場御嶽(せーふぁうたき)は特に琉球王国最高の御嶽であったため、ここから先に入場できるのは王府関係者だけで、庶民は入ることはできませんでした。
そのため、この場所には御嶽内にある6か所の拝所を示している香炉が置かれ、一般の人々はここで御嶽の方向を見て拝んでいました。

大庫理(うふぐーい)

御門口を抜けると、大庫理(うふぐーい)という拝所にやってきます。
ここは拝礼者を最初に迎える拝所でした。
首里城正殿二階と同じ名称であり、祭祀的な機能を持つ格式の高い場所で市tあ。

聞得大王の就任儀式である御新下り(おあらおり)の儀式の中の、お名付(霊威づけ)の儀式がここで行われていました。

びっくりするほどの巨岩によって斎場御嶽(せーふぁうたき)は構成されています。

艦砲穴

さらに進むと、沖縄戦の砲弾跡である艦砲穴と呼ばれるところがあります。
沖縄戦の終戦直後はこのような艦砲穴が至る所にあったのだそうです。
現在ではそのほとんどは埋められて残っていませんが、ここではあえて沖縄戦の様子を伝えるため、戦争遺跡として保存しているのだそうです。

寄満(ゆいんち)

さらに奥まで進んでいくと、寄満(ゆいんち)と呼ばれる、厨房を意味する場所があります。
首里城内にも同じく寄満(ゆいんち)と呼ばれる建物があり、国王のための食事が造られた厨房でした。
当時ここには、海や山の幸が国内外から集まり、豊穣の寄り満つる所ということからこの名前が来ています。

もちろんですが、拝所には上がってはいけません。

三庫理(さんぐーい)

分岐点からもう一方の道を進むとその先には、最も有名な三角岩がある三庫理(さんぐーい)にたどり着きます。

この三角岩の手前には二本の鍾乳石があり、その真下に2つの壺が置かれています。
これは、シキヨダユルアマガヌビーとアマダユルアシカヌビーの壷であり、鍾乳石から滴り落ちる聖なる水が貯められています。
それぞれ、国王の世子である中城御殿と聞得大王御殿の吉凶を占う冷水として扱われています。
神聖な水のため、この水に触れることや、賽銭を入れたりすることは禁止されています

自然石が集まったこの場所には、いくつもの拝所が集まっています。

この三角形の空間の突き当りが三庫理(さんぐーい)です。

右手にはチョウノハナの拝所があります。
いずれも首里城内にある場所と同じ名前を持っている神聖な場所です。

また左手は久高島遥拝所となっており、太平洋と久高島が一望できます。

チョウノハナの拝所です。

三庫理(さんぐーい)です。


いかがだったでしょうか。
写真ではなかなかここの神聖なる空気がお伝え出来ないのですが、沖縄の他の観光スポットと比べると、その雰囲気は別格なような気がした場所でした。
現代においてもなお神聖な場所であり続けるため、現地の人々によって大切に維持管理されています。
訪れる者のマナーをしっかりと意識して、いつまでも参拝できるような施設であり続けられる心構えがそれぞれに求められていますね。