335【岐阜紀行】織田信長をはじめ名立たる武将が拠点とした山上にそびえる城『岐阜城』

百名城/続・百名城(Castle)
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岐阜県岐阜市。
街の北部にそびえる金華山(稲葉山)の山上に、岐阜の町を見下ろし、その威光を城下の者たちにこれでもかと見せつけている城があります。
これこそが、天下布武をめざした織田信長が一時期は自らの居城としていた岐阜城です。

そのそびえる姿からは、ここを攻め落とすのが難しい難攻不落観を醸し出している城です。
近年は信長の居館跡が見つかるなど、発掘作業も進められており、非常に整備されている城跡です。
紅葉の名所としても有名であり、徒歩で山上まで上がることもできますが、何よりもおすすめなのは金華山ロープウェーで眼下を見下ろしながら山上を目ざすルートです。

この場所から天下を統べて手中に収めることを夢見た織田信長の野望を、山上から眺める光景と共に感じてみませんか。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 天守に行きつくまでがなかなかに大変。しかし、その足取りからは天下を目ざす人間の生き様が感じられるのかもしれません。

岐阜に関する記事です。

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岐阜城

岐阜城は岐阜県岐阜市にある、織田信長をイメージさせる金華山(稲葉山)上の山城として有名です。
急峻な金華山上の位置し、難攻不落の城のように思われますが、実は歴史上では5回落城を経験している城です。

その興りは13世紀の初めのころであり、鎌倉幕府の政所令二階堂行政によってここに砦が築かれたのが始まりと考えられています。

戦国時代に入り、15世紀中頃に美濃国の守護代であった斎藤利永が居城としたことかはじまり、後に斎藤道三が城主となります。
斎藤道三はこの地に稲葉山城と城下町を整備していきます。
その後、家督を継いだ斎藤義龍、そして斎藤龍興が城主となりますが、永禄10年(1567)に織田信長によって龍興が追放され、織田信長が本拠地を小牧山城から稲葉山に移し、この地の「岐阜」と改めました。
織田信長は、稲葉山城の縄張りを破却して、新たに山上と麓に屋敷や居館を建てるなどして、城主の力を見せるための城として大改修されました。
織田信長はここを拠点として天下布武をとなえました。
織田信長は後に安土城を築いて拠点を移すと、天正4年(1576)に信長の子である信忠が城主になります。

その後は幾度か城主が変わり、豊臣秀勝、続いて信忠の子織田秀信が城主となりますが、関ヶ原の戦いでは秀信が豊臣軍である西軍についたため、採取的に東軍に攻められてて落城しました。
そして慶長6年(1601)に徳川家康によって廃城が決められ、岐阜城の天守、櫓などは、新たに金華山の南に造られた加納城に移築されたのだそうです。
山頂からは長良川が見下ろせ、周囲の名立たる山脈が見渡せます。

元々山上にあった天守は落雷によって焼失していますが、現在山上に建っている天守は復興天守です。
明治43年(1910)に建てられた初代復興天守は、建築から約30年後に失火のために消失しています。
その後、昭和31年(1956)に鉄筋コンクリート造の3層4階建ての天守が建て直され、現在に至ります。
近年、山麓の信長居館跡で調査が行われ、御殿と大きな庭園がつくられていたことがわかっています。

アクセス

JR岐阜駅および名鉄の名鉄岐阜駅からバスで約15分。岐阜公園・歴史博物館前を下車してから徒歩3分で金華山ロープウェーの金華山麓駅に到着します。
金華山麓駅からは約3分で金華山頂駅に到着します。

岐阜城へ行ってみた

それでは、岐阜城へ行ってみましょう。

南から金華山に向かうと、山上の天守が見えてきます。
岐阜の町のどこからもよく見える天守であり、まさにシンボルですね。

駐車場から金華山ロープウェー乗り場に向かいます。
正面の左側山上に天守が見えていますね。

山麓に来てもまだ天守はこのサイズです。
ここからまだまだあります。

金華山ロープウェーは大人気のようです。
休みということもありましたが結構な列になっていました。

ロープウェー乗り場のすぐそばに、信長の居館跡発掘現場があります。

ロープウェーに乗ると、上空からの発掘の様子も確認することができました。

鬱蒼とした森の上をロープウェーで進んでいきます。
紅葉の時期には素晴らしい光景になるそうです。

山頂駅につきました。
かなりの高さのある山ですね。

山頂駅から天守までは徒歩で10分ほどかかります。

一ノ門跡

一ノ門があったとされている場所です。
現在は、倒れた巨石や石垣んオ一部が残っています。

堀切

敵の侵入を防ぐために尾根を分断するように掘られた堀切です。
通常時は木橋がかかっており、いざ戦いのときにはその木橋を落とすことで敵の侵入を防いでいました。

刀利天狗

二ノ門・下台所跡

閻魔堂

井戸跡

井戸として使われていた場所でした。
ただし金華山は湧水があまり手に入らず、雨水が生命線でした。
そのため、ここに雨水をためて貯水施設として利用されていました。

岐阜城 天守

いよいよ天守が目前に迫ってきました。

なかなかの撮影スポットです。

こちらには登山口がありました。
現在でも登山道から歩いて登ってくることができます。

天守に到着しました。
内部は博物館になっています。

岐阜城及び、すぐそばにある資料観に入ることができます。

信長とも接点のあった、フランシスコ・ザビエルの略歴がありました。

かなりの、アニメ『信長の忍び』推しでした。

金華山は岐阜中心の電波塔の役割を持っています。
街の中心にこれだけの山があれば、電波の伝播効率はかなりよさそうです。

最上階にやってきました。

長良川がよく見えます。

天守を後にし、すぐ近くにある資料館へ向かいます。

岐阜城資料館

資料館にやってきました。
こちらの建物は、隅櫓を再建した建物なのだそうです。

百名城スタンプをお忘れなく!

石垣・本丸井戸跡

少し下に降ると、石垣と本丸井戸跡がよく見えるポイントがあります。
谷の両岸を石垣で護岸下通路になっており、これも貯水用に用いられた井戸がここにはありました。

いかがだったでしょうか。
ザ・山城ともいえるほど、遠くから見てもその存在感が大きな、街のシンボルの城でした。
山上の遺構がとてもよくのこされているため、ここを居住地としていた織田信長の心境を今なおよく感じ取ることができる城跡になっています。
自然を非常に楽しめるスポットでもありますので、ハイキングや紅葉巡りなどとともに、城跡巡りを楽しんでみてください。