423【滋賀紀行】いつも観光客であふれる現存天守。そして世界遺産も視野に入れているらしい『彦根城』

百名城/続・百名城(Castle)
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滋賀県の琵琶湖周辺には名だたる数多くの城や城跡が残されています。
たくさんの城を合わせて見て回ることができるスポットであり、城好きにはたまらないエリアですね。

そしてその中でも際立って有名な城がこの彦根城ではないでしょうか。
何しろ、現存十二天守の一つであり世界遺産も視野に入れているほどの天守が残る城なのです。
天守をはじめ、城の敷地内が非常に整備されており、見応えのある城なのです。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • こじんまりとしてはいるものの、現存天守としての風格漂う、彦根の名城をみに行ってみよう。

滋賀県の城に関する記事です。

416【滋賀紀行】それまでの城と、ここからの城との大きな転換点となった、天守そびえる織田信長の夢の跡『安土城』
これまで数々の城や城跡を見てきましたが、一つの山にこれだけの規模の城を造ったのは、やはり織田信長だけではないでしょうか。天下統一を目前にして散った織田信長。その信長が、造り上げた天下人の住まう城が安土城なのでした。
369【滋賀紀行】織田信長亡き後の琵琶湖南部の中心地となった『八幡山城』
安土城に代わり、近江国を新たに治める城として築城されたのが八幡山城であり、安土城のあった場所の隣地に、安土城に似たような形で造られています。その造りは安土城以上に急峻な山に造られた山城であるため、現在では主にロープウェイを使うことで、多くの人々が訪れる地になっています。
329【滋賀紀行】名だたる武将が戦いを繰り広げる舞台、そして浅井長政悲劇の地『小谷城』
織田信長の妹であるお市の方、そして義理の弟である浅井長政の悲劇の地として有名な小谷城を紹介していきたいと思います。日本の五大山城に挙げられるほど堅牢な山城であるため、織田信長もなかなかここを攻め落とすことができなかったといいます。
104【滋賀紀行】安土城以前の要所だった、応仁の乱から戦国期にかけた名城『観音寺城』
滋賀県の琵琶湖の南にある有名な城跡と言えば、安土城ですよね。しかし、その安土城のすぐそばに、日本百名城に登録されているもう一つの城があるのです。室町の戦国末期までに、京都に向かう要所にあったこの地をおさめた城『観音寺城』。ぜひ、安土城とあわせて訪れてほしい城跡です。
090【滋賀紀行】史上最も過酷だった山城『鎌刃城』で山城の真髄を見た
滋賀県は琵琶湖の東に位置する、続日本百名城に登録されている鎌刃城。戦国期の近江を舞台として、数々の戦いを経てきた、防衛のための山城です。そんな鎌刃城ですが、続百名城登録から徐々に盛り上がりの機運を感じています。そんな鎌刃城跡を登城してきました。

彦根城

彦根城は、琵琶湖の南、かつては主要な街道が集まる交通の要衝であった場所にある現存十二天守の一つです。
近年は姫路城に続いて単体で世界遺産登録を目指すなど、非常に知名度も高く、見どころの多い城です。
彦根城といえば、井伊家代々の城ということでも有名です。

彦根城の成り立ちは、関ヶ原の戦い後、勝利した東軍大将の徳川家康によって、初代彦根藩主となる井伊直政にこの彦根の地が与えられます。
その後、直政の長男であった井伊直継によって築城が開始されました。
その時代はまだ大坂の豊臣家が力を持っており、いずれやってくるであろう豊臣秀頼との戦いに備えて徳川家康の天下普請によって築かれました。
その天守は現在の滋賀県の近江にあった大津城の天守の建材を再利用したものでした。
次男の直孝が2代藩主となり、その時代に完成させました。
そして幕末まで変わらずに井伊家14代の居城であり続けました。

その外観は、21mほどのこじんまりとした高さの天守ではありますが、三重三階の中に様々な種類の破風が見られるデザインとなっています。
鐘のような形をした独特のデザインである花頭窓があることも彦根城の特徴です。
しかし、そのようなデザイン性の中に、戦うための城として数々の仕掛けが備えられています。
外観からはわかりにくい隠し狭間や、鉄砲や矢の狭間、隠し部屋などが備えられており、豊臣との決戦に向けて備えられていたということがよくわかる造りになっています。

そんな彦根城の天守ですが、現存十二天守の中でも5つだけの国宝天守の一つ(姫路城・松江城・松本城・犬山城・彦根城)でもあります。
また、2006年には日本百名城にも選ばれています。

アクセス

JR彦根駅から西に600mほどの場所にあります。

彦根城へ行ってみた

それでは彦根城へ行ってみましょう。

彦根城は周囲を堀で囲まれた平山城となっています。

そのため、山城ではないのですが、駐車場から天守まで意外と登りがあるのです。

大手門橋

南西にある大手門橋を渡って敷地内に入ります。

敷地内に入っていくとチケットカウンターがあり、そこから小高い丘を登っていきます。

この日は、観音寺城→安土城と、なかなかの山城をクリアしてからやってきたので、最後は楽に登れる、と思っていたのですが、思っていた以上に登りがあり、最後まで楽をさせてもらえない一日でした。

石垣の影から建物が見えてきました。

天秤櫓門

こちらは天秤櫓門と呼ばれるところです。

天秤櫓は豊臣秀吉が創建した長浜城の大手門を移築したものといわれている建物です。
また、そこからかかる橋は大きな空堀に渡してある橋であり、いざ敵の侵入を許してしまいそうになった時には、橋自体を破壊することで敵の侵入を防ぐ仕掛けなのだそうです。

天秤櫓を抜け、太鼓丸というところに出ました。

さらに歩き本丸を目指します。

太鼓門櫓

太鼓門櫓は本丸の表口を固める櫓門です。
こちらも彦根城築城時に他の城から移築されたとされている建物です。

太鼓門櫓を抜けるといよいよ本丸です。

本丸に到着しました。
目の前にはこじんまりとはしていますが、趣のある天守がそびえています。

それでは天守の内部に入っていきたいと思います。

彦根城天守

彦根城天守に入りたいと思います。
現存天守ということもあり、普段はこの入り口には大行列ができるほどの大人気な現存天守です。

ルートは1本になっており、ぐるっと一回りして見学できるようになっています。

内部に入ると花頭窓という鐘に似たような窓の枠が展示してありました。

内部の梁も見ものです。

彦根城の特徴的な仕掛けである屋根裏の隠し部屋と、その中には隠し狭間があります。
隠し狭間とは、一見すると外側から漆喰で塗り固められていますが、いざという時には内側から壊すことで狭間として使うことができるのだそうです。

天守から琵琶湖方面を眺めてみました。
小高い丘の上にあるため、遠くまでよく見えます。

天守内を一回りし、出口までやってきました。

天秤櫓

帰路につきますが、途中にある天秤櫓に入ってみたいと思います。

内部からは、石田三成の居城であった佐和山城跡が見えます。

櫓内部にはいくつか展示品が飾られていました。

表門橋

敷地の南東にある表門橋から堀の外側に出ます。

彦根市開国記念館

百名城スタンプは彦根市開国記念館にありますのでお忘れなく。

いかがだったでしょうか。
これまでも何度か現存天守を紹介していますが、何度行ってみてもその雰囲気は素晴らしいものがあります。
日本に数多く残る城の史跡の中でも特別格な彦根城を是非堪能してみてください。
なお、彦根城下町も往時の雰囲気をもった素晴らしい城下町ですよ。

027 【滋賀紀行】国宝天守の町で、無我の境地を堪能するおすすめ古民家『ゲストハウス無我』
現存天主かつ、国宝でもある彦根城。もちろんぜひ訪れるべき素晴らしい場所だが、そこにはもう一つの訪れるべき場所があるのであった。