アンコール遺跡の中でももっとも大きな場所を占めるアンコール・トム。
さらにその北には、規模はアンコール・ワットより少し小さくはなるのですが、アンコール遺跡群の中でも有名な遺跡の一つプリア・カンがあります。
このプリア・カンですが、アンコールにある寺院の造りである、中央の祠堂を回廊で囲んだ形になっています。
そして、ここが有名である一つの理由となっている建物が残っているのです。
それが、2階建ての建物であり、一見すると周辺の建物とは少し趣の異なった造りになっている珍しい建物なのです。
というわけで、今回のわきみちは、
カンボジアの世界遺産に関する記事です。













プリア・カン
プリア・カンは、1191年ジャヤヴァルマン7世によってたてられた仏教寺院です。
建てられた経緯としては、チャンパ族に打ち勝った記念として建てられたものであり、また亡くなった父親のための菩提寺でもある寺院です。
当時の寺院の運営には10万人以上もの人々が関わっていたと石碑には記されており、当時としては相当の賑わいを見せた寺院であった様子です。
現在は、プリア・カンの寺院周辺は密林となっていますが、当時はさまざまな職種の人たちが住む村が形成されており、仏教教義を学ぶ重要な場でもありました。
ところが王位がジャヤヴァルマン8世に移るとプリア・カンに大きな変革が行われます。
ヒンドゥー教徒であったジャヤヴァルマン8世はあろうことか、プリア・カンにあった仏像を全て破壊し、ヒンドゥー教寺院へと変えてしまいます。
プリア・カンの造りは、伽藍が三重の回廊によって囲まれており、東西の各入り口からは3つの塔門をくぐり中心部に到達すると、中央には祠堂があります。
東西の参道にはリンガを模した彫刻が連なっています。
そして、プリア・カンで最も有名なのが敷地内にある2階建ての建物です。
中央祠堂から見て北東にその建造物が建っています。
元々は図書館だったのではないかともいわれている建物であり、アンコールでも他には見られない2階建ての石で造られた建造物です。
その構造としては木造建築構造をそのまま石造りの建造物に当てはめたものであることも他に見られたに特徴なのだそうです。
その外観は、仏教でもヒンドゥー教でもなく、ギリシャの神殿のようになっているところも見所であり、なぜここだけがこのような造りとなっているのか、不思議な点でもあります。
アクセス
アンコール・ワットからアンコール・トムを突っ切ると、8kmほど北上すると到着する遺跡です。
プリア・カンへ行ってみた
それでは、プリア・カンへ行ってみましょう。

周囲を長方形の形をした堀で囲まれたプリア・カン。
堀の手前まで来ると、その中央にあるプリア・カンまでは長い一本道が続きます。
なお、敷地内には東西南北どこからでも入ることができそうでしたが、プリア・カンへの入り口は東西に設けられています。

こちらが堀を渡ったところにある塔門です。
周囲は壁で囲まれています。

この時は西側から入りました。
写真は西塔門です。
当時はかなり参道には石が散乱していた状態でしたが、現在は、修繕されて歩きやすい参道になっています。

さらに西塔門の先にある西門をくぐり内部に入っていくと、中央祠堂のすぐ手前には、リンガが立てられていたと思われる3つの穴が空いたリンガ台があります。

さらにその先にはリンガが残っていました。
プリア・カンは非常にたくさんのリンガが残されています。

別の出口に出てきました。

タ・プロームのように遺跡には木々が侵食してきています。

こちらもかなり大きな木が侵食してきており、その直下にある部分はかなり崩れ落ちていました。

かなり広い敷地内をさらに移動していくと。


こちらがプリア・カンで有名な二階建ての建物です。
全て石造りとなっています。

本当にここだけが趣が異なる構造をしています。
円形の柱などは、ギリシャでよく見られるような造りですね。

いかがだったでしょうか。
あまり写真では伝わらなかったかもしれませんが、このプリア・カンはかなり広い遺跡となっています。
それだけに、時間をかければ数々の彫刻や建造物など、様々な発見が予想できる遺跡です。
アンコール・ワットからは少し遠い場所にある遺跡ではありますが、日程に余裕があれば、こちらもぜひ訪れておきたい場所ですね。