435【スリランカ紀行】道なき道を踏み込んでみると、あるわあるわガイドブックにない遺跡の数々『ラトゥナ・プラサーダはじめ、アヌラーダプラ北部遺跡群』

世界の世界遺産(World Heritage)
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アヌラーダブラの紹介も数多くやってきましたが、まだまだあるんですよね。
今回は、ラトゥナ・プラサーダという遺跡地区の北西端にあるガードストーンの美しさで有名な宮殿跡の遺跡です。

本当にこのアヌラーダブラは、探せば探すほどたくさんの遺跡が残されており、うろうろしているだけでも探検家の雰囲気すら味わえてしまう場所です。

今回はこのラトゥナ・プラサーダの紹介だけではなく、その周辺にもあった多くの遺跡の様子も紹介しておきたいと思います。
残念ながらこれらの遺跡群はガイドブックには載っておらず、その場所にあった案内板のみが頼りになるのですが、これらがさらに解明が進むことで、アヌラーダブラ今以上に注目される世界遺産となるのではないでしょうか。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 本当に見どころがたくさん。アヌラーダブラはいろいろなところをうろうろしているだけでも遺跡につきあたる魅惑の場所なのです。

スリランカのアヌラーダプラに関する記事です。

422【スリランカ紀行】紀元前288年に植樹されとされる、インドの菩提樹から植樹された、人類最古の植樹された樹木『スリー・マハー菩提樹』
今回紹介しているアヌラーダプラにあるスリー・マハー菩提樹もそのような仏教の聖地となっている場所の一つです。菩提樹といえば、仏教の開祖である仏陀がその根元に座り悟りを得た樹木です。そして、実際にそこから分け木がスリランカのアヌラーダプラにまで運ばれ、この地に根付いているのです。
395【スリランカ紀行】悟りを開いた仏陀の穏やかな表情が特徴的な『サマーディ仏像』
スリランカのアヌラーダプラにあるサマーディ仏像は、木々に囲まれた中に、ぽつんと風化を防ぐ屋根とともに祀られています。今でこそ屋根とともにあるサマーディ仏像ですが、もともとは仏陀が悟りの境地を開いた場面を表していたとされ、その後長い間発見されずにいた仏像なのです。
380【スリランカ紀行】アヌラーダプラエリアだけではなく、世界一の高さを誇る仏塔『ジェータワナ・ラーマヤ』
2500年以上もの歴史があるスリランカ最古の都があったアヌラーダプラ。非常に高度な文明を持っていた王朝が栄えたこの地には、高度な建築技術がありました。そんなアヌラーダプラには巨大な世界的にみても大きな仏塔が多く残されています。
353【スリランカ紀行】アヌラーダプラに柱とムーンストーンとが残る王妃建物群跡『クイーンズ・パビリオン』
アヌラーダプラのクイーンズ・パビリオンは、王妃の建物があった跡であるのですが、別名ムーンストーン・サイトとも呼ばれています。ここには、今もなお素晴らしい姿を残す、名前の由来となったムーンストーンが残っているのです。
328【スリランカ紀行】アヌラーダプラにある岩肌に沿って造られた元僧院である寺院『イスルムニヤ精舎』
アヌラーダプラでまずはおさえておきたい場所が、今回紹介しているイスルムニヤ精舎なのです。このイスルムニヤ精舎をまず真っ先に挙げる理由としては、アヌラーダプラにありながら、その中でも異彩を放っている、天然の岩肌を利用した寺院だということです。
303【スリランカ紀行】アヌラーダプラ最大の仏塔。しかし過去はもっと高かったらしい『アバヤギリ大塔』
スリランカ中部にある文化三角地帯の一角であるアヌラーダブラ。その中でもアバヤギリ大塔は、紀元前1世紀に建てられたとされている元々は大乗仏教の総本山だったのですが、現在のスリランカの主流派である上座部仏教との争いに敗れ、現在に至っています。
294【スリランカ紀行】かつてのシンハラ人の王都。巨大な半球状のストゥーパが珍しい世界遺産『アヌラーダプラ』
スリランカ中部にある文化三角地帯の一角であるアヌラーダプラ、世界文化遺産にも登録されるほどの多くの仏教遺跡がのこる町です。それもそのはず、紀元前から1400年以上もスリランカの王都が置かれていた場所なのです。

ラトゥナ・プラサーダはじめ、アヌラーダプラ北部遺跡群

ラトゥナ・プラサーダ(Ratna Prasada)は、アヌラーダブラの中心にあるルワンウェリ・サーヤ大塔から北に2.5kmほど北上した、遺跡地区の北西端にある遺跡です。
ここへは、遺跡地区を北上していき、アパヤギリ大塔が見えるとそこを西に向かって数百m進むと見えてきます。
ここはかつての石の宮殿跡であった、ラトゥナ・プラサーダと呼ばれる場所です。
ここは、その入り口に立つガードストーンの美しさがスリランカでも随一と呼ばれている遺跡なのです。
このガードストーンは8世紀のものであるにもかかわらず、そこに彫られた王の姿は細かな彫刻もくっきりと立体感のある姿となっており、これを見るだけでも訪れる価値のある場所です。
その姿はヒンドゥー教の影響もあってか、インドの神のような姿にも見えます。
残念ながら建物自体は残っておらず石の柱しか残っていませんが、当時はこの広い敷地に5階建ての木造建築が建っていたのだそうです。

ラトゥナ・プラサーダは、アヌラーダプラ時代末期に、当時の王とこの地で暮らしていた僧侶たちとの間で激しい争いのあった場所と言われています。
広く仏教によっておさめられていた国だったのですが、当時の王や官僚たちは、仏教の経典をないがしろにした圧政を行っていました。
そのため、多くの僧侶たちは王に反発しアヌラーダブラを去ります。
ところが、この圧政は民衆には受け入れられず、僧侶を信奉していた民衆が反旗を翻し、宮殿であるラトゥナ・プラサーダを襲撃するに至ります。
さすがに民衆全てを敵に回してはという考えから、王と僧侶は和解し、アヌラーダブラの再建に尽くしていきます。

しかし、その後は、僧侶たちが増長することでコントロールが効かなくなり、国力が衰えたことでインドからやってきたタミル人によって国の歴史に終止符が打たれたのだそうですます。

アクセス

アヌラーダブラの中心にあるルワンウェリ・サーヤ大塔から北に2.5kmほど北上した場所にあります。

ラトゥナ・プラサーダはじめ、アヌラーダプラ北部遺跡群へ行ってみた

それではラトゥナ・プラサーダはじめ、アヌラーダプラ北部遺跡群へ行ってみましょう。

アヌラーダブラ遺跡地区の北西に行くと、道を外れたところに数多くの遺跡が見えてきます。
では、まず最初にラトゥナ・プラサーダに行ってみましょう。

ラトゥナ・プラサーダ

まずはラトゥナ・プラサーダにやってきました。
もともとは5階建ての宮殿が建っていたということもあり、建物の敷地後はかなり広い規模になっています。

そして、この宮殿入口の階段手摺の前に立っているのが、スリランカ随一の美しさともいわれているガードストーンです。
ガードストーンという名前の由来は、このガードストーンの後ろの階段の手すりが龍の形になっており、その龍の炎をガードするようになっていることからガードストーンと呼ばれているのだそうです。

その横にはおなじみのムーンストーンですね。
しかし、ここのムーンストーンの彫刻はガードストーンとは異なり、かなり状態がよろしくなく、削れてしまっていました。

宮殿跡の土台はかなりしっかりと残っています。
8世紀の物とは思えないですね。

一部石の柱が残っています。
巨大な宮殿跡ということもあって、かなり広い敷地ですね。

周辺の遺跡群

それでは周辺にある遺跡群も見て回ってみましょう。

あたりを見回してみると、そこら中に石の柱が残されていることが分かります。

宮殿か寺院の後でしょうか。

ムーンストーンはかなりきれいに残っています。

お口にはまだまだ遺跡が見えますよ。

土の遺跡にも入り口にはムーンストーンがあります。
これはスリランカの遺跡の特徴ですね。

こちらのムーンストーンはかなり保存状態が良好です。

こちらはプラサダ・ストゥーパという仏塔が建っていたところです。
寺院や宮殿とは異なった造りですね。
おそらくレンガを積み重ねて漆喰で塗り固められた仏塔が建っていたのでしょう。
ムーンストーンやガードストーンも残っています。


れんがだけかと思いきや、巨大な石が見えます。
自然の巨大な石のあったところに、仏塔を造ったのではないでしょうか。

裏に回るとまた違った印象です。

ここは丈夫にまで上がることができました。
けっこう大きな仏塔だったのでしょう。

また別の土台も見えますね。

こちらには貯水池がありました。

ここは菩提樹神社というように案内がありました。
座仏像を中心に広い範囲にいろいろな建物があったようです。

こちらには座する仏像が残っています。
簡易ではありますが、雨風を防ごうとはしているようです。

こちらはストーン・キャノピーという石造りの宮殿跡です。

こちらはイメージハウス2という案内がありました。
屋敷の後なのでしょうか。

いかがだったでしょうか。
そのほとんどがガイドブックにない遺跡でしたが、そういった数々の遺跡が残されているところもアヌラーダブラの魅力です。
こればっかりは、自分の足でそこを訪れなければ体験できないことですよね。