453【兵庫紀行】誰もがまずは思い浮かぶであろう赤穂浪士の城『赤穂城』

日本の世界遺産(Japan Heritage)
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今回も兵庫の城ですが、日本人であればだれもがよく知っているあの事件にかかわる人々の城です。
かつては年末の定番だった赤穂浪士。(最近はないですよね。)
自分たちの主君を死に追いやった憎き敵をうつために、家臣たちが力を合わせその無念を晴らす、という日本人が大好きなストーリーでもあるわけですが、そんな赤穂浪士の話の登場人物たちの居城であったのが赤穂城です。

城としては比較的新しい城でありますが、かの事件以降は城主が移り、明治の廃城令を迎えた城であります。
赤穂浪士のストーリーなどは何となく知っているかもしれませんが、その拠点だった赤穂城についてはそれほど知らないかもしれません。
現在でも赤穂城跡は残っており、市によって積極的に再建整備が進められており、非常に見て回りやすい城跡になっているのです。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 日本人なら誰もが知っているであろう赤穂浪士の城。あの事件は知っているものの、その拠点だった城については見に行かなければわかりませんね。

兵庫県の城に関する記事です。

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赤穂城

赤穂城は、兵庫県赤穂市にある城跡です。

赤穂というと、まず頭に思い浮かぶのが赤穂浪士ではないでしょうか。
実際あのお話の中心となったのがこの赤穂城の人々だったのです。
3代赤穂藩主であった浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)として知られる浅野長矩(ながのり)が、江戸城内で抜刀し、吉良上野介(きらこうずけのすけ)として知られる吉良義央(よしなか)に斬りかかった罪で切腹と改易となってしまいます。
そのため、浅野氏は断絶します。
赤穂城はその後は永井直敬が入ります。
この永井氏の時代に、かの有名な浅野家家臣による吉良邸討ち入りが起こりました。

その後は森長直が入り、12代165年間の間続き、明治の廃城令まで赤穂藩主として赤穂城を拠点とします。

赤穂城自体は、もともとは慶長5年(1600)に築城されたとされる「掻上城」が、後の赤穂城との位置関係もほぼ同じであるとされています。
赤穂城として整備されたのは1648年からであり、浅野長直が現在の赤穂城の姿に改修しました。
本丸の周りを二の丸が囲み、それに並ぶように二の丸が配置されている変形輪郭式と言われている城です。
天守台はあるものの、築城から今日まで一度も天守の建造は行われていない城です。
現在は二重二階構造である三の丸の大手隅櫓や本丸門、旧赤穂城提案といったものが復元されています。

赤穂城は2006年に日本百名城に選ばれました。

アクセス

JR播州赤穂駅から1.5kmほど南下したところにあります。

赤穂城へ行ってみた

それでは赤穂城へ行ってみましょう。

赤穂城東駐車場から赤穂城に入ります。

堀の向こうが三の丸です、
石垣はかなりきれいに復元されているようです。

東駐車場から三の丸へ渡ると清水門という門があります。

三の丸に渡り、堀に沿って二の丸門を目ざします。

そして赤穂城は、本丸を二の丸で囲む作りになっています。
そのため、二の丸に渡るとすぐに、本丸への本丸門があります。

本丸エリアの石垣もきれいに再建されているようです。

本丸門のところに百名城スタンプがありますのでお忘れなく。

本丸櫓門を抜けると、本丸に入ります。

本丸中央は御殿跡となっています。

御殿跡は、かつて御殿があった場所がデッキ上になっており、かつての御殿の場所がわかりやすいようになっています。
後ほど天守台上から見ると、その全体像が良くわかります。

こちらが天守台です。
赤穂城は、この天守台上に天守が設けられたことはありませんでした。

こちらが天守台からの眺めです。
本丸庭園が広がります。

本丸門方面を見ると、先ほどの御殿跡が良くわかります。

城壁なども再建されているようですね。

いかがだったでしょうか。
往年の城の姿を頑張って再建しようとする姿勢が伝わってくる城でした。
今回は紹介していませんでしたが、復元された大手隅櫓や、いくつかの邸宅跡なども残されているため、訪れた際にはそういったところも合わせて訪問してもよいでしょう。