467【ウズベキスタン紀行】ヒヴァで最も高く、一般の観光者も登ることができるミナレット『イスラーム・ホジャ・ミナレット』

世界の世界遺産(World Heritage)
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ウズベキスタンのヒヴァで最も有名なところが世界遺産でもある城壁で囲まれた内城イチャン・カラではないかと思います。
かつてのヒヴァ・ハン国のハンの宮殿やハレム、モスクやメドレセ・ミナレット、そして市民の住居など、がこの城壁の内側に設けられており、町全体が世界遺産であり、博物館であるのです。
一歩中に入ると、現代生活とはかけ離れた世界観が目の前に現れます。
土色の多くの建物のなかに、青と緑と白のタイルで飾られた色鮮やかな建物が点々と現れてきます。

今回紹介しているイスラーム・ホジャ・ミナレットもそんなヒヴァの中でシンボル的な建物の一つであり、高くそびえるその姿遠くからも見えることでしょう。
どこからもその姿を見ることができるとなると、このミナレットから生活のある世界遺産ヒヴァの全貌を上空から眺めることができてしまうスポットなのです。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 城壁都市ヒヴァのイチャン・カラにあるシンボル的なミナレット、イスラーム・ホジャ・ミナレットに上ってみよう。

ウズベキスタンに関する記事です。

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イスラーム・ホジャ・ミナレット

ヒヴァの街の城壁に中に入るとひときわ目立つ一本のタワーがあります。
これはミナレットと呼ばれ、イスラム教の宗教施設の一つです。
ミナレットは権威の象徴であり、礼拝の時間に大音量で流されるアザーンはこのミナレットから流されます。

しかし、この高さは他の目的でも使われたことがあったのです。
その昔、処刑が行われるようになった時には、ミナレットの上から罪人を突き落として殺害する処刑が行われていたこともあったのだそうです。

今回紹介しているミナレットは、イスラーム・ホジャ・ミナレットといい、イスラーム・ホジャ・メドレセという神学校とともに,1910年にヒヴァの最期のハンである、イスファンディヤル・ハンの大臣であったイスラーム・ホジャによって建てられたものです。
このイスラーム・ホジャ大臣は積極的に他の国の進んだ文化を取り入れ、国の発展に役立てようとした人物であったそうです。
例えば、ロシアを訪れて、その進んだ文化を取り入れ、学校や病院などの建設、道や橋など建設などを積極的に行うことで国の近代化を推し進めました。
そのため、多くの国民から慕われたイスラーム・ホジャでありましたが、出る杭は打たれるのか、ハンたちの陰謀によって生き埋めにされて殺害されたのだそうです。

イスラーム・ホジャ・ミナレットは、その高さが45mとヒヴァの中でも最も高く、基底部の直径が約9.5mあり、先端に向かうにしたがって細くなっていきます。
また、内部には入ることができ、118段の階段を上ることで再頂部に到達します。

アクセス

皮下の城壁で囲まれた内城、イチャン・カラ内の南東部分にあります。
メインの入口であるオタ・ダルヴァザ(西門)からは徒歩300mほどで到着します。

イスラーム・ホジャ・ミナレットへ行ってみた

それでは、イスラーム・ホジャ・ミナレットへ行ってみましょう。

イチャン・カラを西門から南東に向かって進んでいくと、遠くに色鮮やかなミナレットの尖塔が見えてきます。

こちらがイスラーム・ホジャ・ミナレットです。

ちなみに他にもミナレットはあります。
比べてみるとイスラーム・ホジャ・ミナレットの高さが分かりますね。

では、イスラーム・ホジャ・ミナレットの登ってみます。
上の写真(これは下りているところなのですが)がミナレットの内部です。
狭いらせん階段を100段以上上り、再頂部へ向かいます。

途中の小窓からはこのような光景が広がります。
奥に見える門は、イチャン・カラの東門であるパルヴァン・ダルヴァザです。
転落防止用に鉄格子が設けられていますが、建造当時はなかったようです。
かなり恐ろしいのですが・・・。

再頂部に到着しました。
内側は意外と簡素な造り?ですね。

展望台があるわけではないので、決まった方角だけしか見ることができませんが、イチャン・カラの中を一望できます。

さすが最も高いミナレット。
ここより高いところはないため、全てが見下ろせます。

少し下って、西門であるオタ・ダルヴァザ方面です。
建造途中のカルタ・ミノルも見えますね。
カルタ・ミノルは建造していたハンが建造途中で死去してしまったため、中断されたまま現代に残っているミナレットです。
こちらが完成していたとすると109mもの高さになる予定だったらしいため、もしできていたならばヒヴァで最も高いミナレットの称号はカルタ・ミノルのものになっていましたね。

いかがだったでしょうか。
ヒヴァは非常にコンパクトな街であり、主要な所だけであれば半日もあれば観光できてしまいます。
その中で、今回紹介したイスラーム・ホジャ・ミナレットからの光景は、世界遺産を一望できるスポットとして、ぜひとも訪れてほしいところです。
なお、ミナレットを登ることができるのは19歳以上の方になりますので注意が必要です。