471【愛知紀行】徳川御三家の城だけあってその天守の大きさは他の城を圧倒『名古屋城』

百名城/続・百名城(Castle)
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日本に数ある城の中でも天守からその縄張りにかけて壮大な城郭が日本にはいくつかあります。
その代表的なものが、天下を治めた江戸幕府の居城であった江戸城でした。
現在ではこうきょになっていますが、その巨大さは今もなお見ることができます。

そして、西の巨大な城郭としては大阪城があります。
もともとは何重もの堀に囲まれた巨大な城でしたが、大坂夏の陣の前のそのほとんどが埋められてしまい、現在残っている堀のみではありますが、それでも巨大な城郭として今もなお残っていますよね。

そしてこういった東西の巨大な城郭に匹敵するほどの大城郭を誇るのが、愛知県にある名古屋城です。
この城は、徳川御三家の一つである尾張徳川家の居城でありましたが、徳川家の権力を誇示するための相当な力を入れて築城され城であるため、そのスケールから豪華絢爛さまで全国でもトップクラスの城郭となっているのです。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 徳川御三家筆頭だった尾張徳川家の居城名古屋城。城だけではなく、城郭のいたるところに見どころの残る城を見に行ってみよう。

愛知県に関する記事です。

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名古屋城

愛知県名古屋市にある名古屋城は、1610年に徳川家康の命令で20万人もが動員された天下普請によって、それまであった那古屋城を改築して造られた巨大な平城です。
金のしゃちほこでも有名ですね。
江戸期には、徳川御三家である尾張徳川家の居城でもありました。

築城当時は、まだ影響力を持っていた大坂城の城主である豊臣秀頼をけん制するため、清州上に代わって建造された重要な城でした。
大坂冬の陣、そして大坂夏の陣で豊臣家が滅亡した後、後の尾張徳川家の宗主と徳川なる家康の9男、徳川義直が城主しました。

御三家の居城ということで、大天守と連なる小天守、本丸御殿、多くの櫓が並ぶ壮大な城でした。
そんな名古屋城ですが、1945年の名古屋空襲の際に焼夷弾の直撃を受け、大天守と小天守、本丸御殿などが焼失してしまいました。

現在残っている天守は、1959年に鉄筋コンクリートで再建されたものです。
近年は、現在のコンクリート造の天守を解体し、木造天守として再建する話が出ており、2018年からは天守の一般公開は終了していますが、まだその工期などが定まっていない様子です。

本丸には、2009年から2018年にかけて復元された本丸御殿があります。
この本丸御殿は、城主の居館として造られたのではなく、将軍が京都へ上洛する際に泊をするための建物でした。
本丸御殿は太平洋戦争の末期に焼失してしまいますが、狩野派の絵師などによって描かれた天井板絵や襖絵などの1047点は取り外されて保管されていたため、現在重要文化財として残されています。
今回紹介している写真では、この本丸御殿の復元工事中のものです。

東南隅櫓、西南隅櫓、西北隅櫓(清州櫓)の3つの櫓については戦災を免れ、江戸時代からその姿を残しています。
この中でも西北隅櫓は三重三階の櫓であり、清州城の天守が移築改造された櫓であるといわれていることから清州櫓と呼ばれれいます。

アクセス

地下鉄名城線の市役所駅から徒歩5分で到着します。

名古屋城へ行ってみた

それでは名古屋城へ行ってみましょう。

本丸にある大天守小天守です。
どちらも鉄筋コンクリートで、消失前の外観そのままに復元されたものです。
これまで紹介してきた天守の中でもその巨大さがよくわかりますね。

実はこの時、本丸御殿再建工事の最中でした。
現在はこの小天守の前あたりに本丸御殿が再建され、一般公開されています。

天守からの眺めです。
相当な高さがあることが分かりますね。

天守の内部は博物館になっています。
これは築城の際に動員された人々が石を運んでいた様子を再現したものです。
実はこの真ん中にある人形。
これにそっくりな人がいるということで、○偵○イト○クー○に取り上げられたことがあります。

こちらが金のしゃちほこの復元したものです。
昭和12年には名古屋城の天守にあった金のしゃちほこから金が盗難された事件が起きています。
いったいどうやって東南したのか謎です。

こちらが本丸御殿の再建の様子です。
宮大工たちによって、当時の残された資料などを基に丁寧に再建を進めていくため、とにかく時間がかかる作業です。

まだまだ再建工事初期のころでした。
完成してからはまだ訪れていないので近いうちに行ってみたいと思います。

いかがだったでしょうか。
かなりの見ごたえのある城だったと思います。
名古屋はこの城だけではなく、観光地から食べ物まで非常に見どころの多い地域です。
そして、ぜひあの喫茶店は体験してみてください!

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