479【ウズベキスタン紀行】ティムールの生誕地シャフリサーブスにて、ティムールの父が眠る『ドルッティロヴァット建築群』

世界の世界遺産(World Heritage)
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ウズベキスタンのことを書いていると度々登場する英雄ティムール
中央アジアの英雄であったティムールに関する足跡は、ウズベキスタンを旅していると至る所で見つけることができます。

そんなティムールでしたが、チンギス・ハンによって壊滅的な状況にされていたサマルカンドを復活させ、美しい街並みを作ったことが有名ですが、それに負けず劣らず自身の生まれ故郷であったシャフリサブスの街にも、壮麗な建築物をたくさん建築しました。
ソ連からの独立後、ティムールの功績が見直されるにつれ、シャフリサブスの街はティムールの生まれ故郷であることを前面に押し出して観光都市として名を上げていこうとしています。
そして、今回紹介しているドルッティロヴァット建築群もそんなティムールとその一族と縁のある建造物なのです。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • ティムールが大切にした人々が静かに眠る廟群。生まれ故郷を愛したティムールの痕跡が残る建築群を見に行ってみよう。

ウズベキスタンに関する記事です。

494【ウズベキスタン紀行】若くして亡くなったティムールの長男のために建てられた廟。いずれティムールも葬られるはずだったけど・・・!?『ドルッサオダット建築群』
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ドルッティロヴァット建築群

ドルッティロヴァット建築群(Dorut Tilovat Kompleksi)は、瞑想の家とも呼ばれ、英雄ティムールの父が眠っている廟です。
最も大きな青のドームをもつコク・グンバズ・モスク(Kok Gumbaz mosque)とそれに向き合うように小さな2つの青のドームを持つ二つの廟(マフゾレイ・シャムシッジナ・クロラ廟/グンバズィ・サイーダン廟)が並んでいます。

ドルッティロヴァット建築群は13世紀に、シャムス・ウッディン・クラルによって最初に建設が始められました。
シャムス・ウッディン・クラルは、学者の一族に属しており、イスラムの教えを広めるためにブハラからケシュ(現在のシャフリサブス)にやってきました。
多くの高貴な家族からは、その子息がこのドルッティロヴァットへ送り込まれてきました。
その中の一人で最も有名なのが、英雄ティムールの父であった、トゥルガイでした。
トゥルガイは、シャムス・ウッディン・クラルを高く評価しており、ティムール自身もシャムス・ウッディン・クラルの孫であったアミール・クラルを精神的なより所としていました。
シャムス・ウッディン・クラルは死後、ドルッティロヴァットのメドレセに埋葬されました。
このように、シャムス・ウッディン・クラルによって築かれたドルッティロヴァットは、息子そして孫のアミール・クラルの時代にまで続いていきます。

一方ティムールは、父親であったトゥルガイの死後、ドルッティロヴァットのメドレセに埋葬されていたシャムス・ウッディン・クラルのそばにトゥルガイを埋葬しようとシャムス・ウッディン・クラルの孫であったアミール・クラルに打診をしますが、断られてしまいます。
ティムールに対して強い影響力を与えていたアミール・クラルの言葉であったため、一度は断念したティムール。
しかし、アミール・クラルの死後にティムールは再びこの地に父親を埋葬しようとします。
ティムールは父親の遺体をドルッティロヴァットに移し、ドルッティロヴァットのメドレセと隣接する建物を拡張し、1374年にマフゾレイ・シャムシッジナ・クロラ廟建設を完了させ、シャムス・ウッディン・クラルと共に父親を埋葬したのでした。

トゥルガイの廟であるマフゾレイ・シャムシッジナ・クロラ廟に並ぶグンバズィ・サイーダン廟は、それとコク・グンバズ・モスクは、ティムール朝の第4代君主であったウルグベクによって1435年~1437年頃に建てられました。

アクセス

シャフリサブスの中心であるティムール像から1kmほど南下したところにあります。

ドルッティロヴァット建築群へ行ってみた

それでは、ドルッティロヴァット建築群へ行ってみましょう。

ドルッティロヴァット建築群が見えてきました。
3つの青のドームが目印です。

コク・グンバス・モスク

敷地内は、最も大きな建物であるコク・グンバス・モスクと、2つの廟が向き合った構成になっています。

それではまず、コク・グンバス・モスクに入ってみましょう。

モスクですので、内部は礼拝堂となっており、多くのムスリムの方々が祈りをささげていました。

天井部分です。
非常に保存状態は良いように思います

コク・グンバス・モスクの裏側です。

ドルッティロヴァット建築群の中庭です。

敷地内には小さなミナレットもありました。

ドルッティロヴァット建築群の模型です。
では次に、2つの廟に入ってみましょう。

マフゾレイ・シャムシッジナ・クロラ廟/グンバズィ・サイーダン廟

左側がマフゾレイ・シャムシッジナ・クロラ廟であり、ティムールの父が埋葬されている廟です。
また、右側がウルグベクが自身の子孫のために建てたグンバズィ・サイーダン廟です。

まずは、グンバズィ・サイーダン廟の内部です。
4つの墓石が並べられており、ウルグベクの子孫が埋葬されていることが分かります。
一番奥の墓石にはくぼみがあり、くぼみにある水を病気の幹部につけると治ってしまうという言い伝えがあったりします。



そして次は、隣にあるマフゾレイ・シャムシッジナ・クロラ廟に入ります。

こちらがティムールの父である、トゥルガイの墓石です。
ティムール自身も死後はここシャフリサブスに埋葬されることを望んでいたそうなのですが、その願いはかなわず、彼の墓はサマルカンドのティムール廟に埋葬されています。

いかがだったでしょうか。
シャフリサブスの街は、ティムールの生まれ故郷の街として近年過剰な開発が進んでいます。
しかしその開発が、観光を優先しすぎたものとなってしまっていると判断されてしまったため、世界文化遺産から抹消される危機に面しています。
今回紹介したように、シャフリサブスに残るティムールの痕跡は非常に歴史的価値が高いものです。
その価値を大切にし、世界文化遺産であるという誇りを持った街づくりが進められて欲しいものですね。