今回はサマルカンドに残るビービー・ハーヌム・モスクについてです。
ウズベキスタンでは最大級であるこのモスクは、何度も名前の出てきている英雄ティムールによって造られました。
時の権力者であったティムールが、いかに大きな力を持っていたかを表すかの如くの建物ですよね。
しかし、いかに大きな権力を持って、人々を動かそうとしても、やはり限界はあるものです。
あまりにも大きな建物、あまりにも短すぎた建造期間。
そして権力者の意にそぐわなければ立て直しを命じられる。
そういったことが重なったことで、出来上がったビービー・ハーヌム・モスク。
そこに問題が生じないわけはありませんでした。
一代で巨大な帝国を築いたティムール。
しかし、彼の死後は、後継によって国内が分割されたりなど、その勢いが滞ってしまうのもあっという間だったのです。
そんなティムールの生き様を表したかのようなビービー・ハーヌム・モスクを見に行ってみましょう。
というわけで、今回のわきみちは、
ウズベキスタンに関する記事です。







ビービー・ハーヌム・モスク
ウズベキスタンのサマルカンドにあるビービー・ハーヌム・モスクは、ウズベキスタンだけではなく。中央アジアでも最大級のモスクです。
かつてはイスラム教モスクとしては、世界最大の規模を誇るものでした。
敷地内には、巨大なモスクと2つの小さなモスクがあります。
巨大な正面玄関から敷地内に入ると、目の前には巨大な大モスク、その左右には2つの小モスクが建ち並んでいます。
また敷地内の四隅にはミナレット、大理石の中庭や彫刻など、豪華絢爛なモスクではありましたが、その数奇な運命をたどることになりました。
その名前には、ティムールの妻の名前が用いられているほど重要なモスクとして建造されました。
遠征先のインドにあったモスクに感銘を受けたティムールは、1399年にサマルカンドに世界でここ以上はない巨大なモスクを造り始めます。
このモスク建造に当たっては、ティムール自身が自らの死を感じ取っていたかの如く、5年という異例のスピードで建造されます。(計画時からのトータルですが、実際に建造にかかった期間は1年だとも言われています。)
自らが奇瑞が巨大な帝国各地から200人以上の職人と500人以上の労働者、そして98頭のゾウが集められ、日夜建造が進められます。
そして、ティムール自身も毎日のように現場へ通い、労働者たちを鼓舞し続けたのでした。
その結果、とてつもない規模のモスクがとてつもない速さで建造されることとなったのですが、必ずしもそれが奏功したわけではありませんでした。
とてつもない速さで建造された綻びが、落成間もない頃から現れ始めます。
最初に、礼拝中の信者の上にレンガが落下してきたことからはじまり、徐々に崩壊が進んでいくことになります。
信者たちは身の危険を感じて礼拝には訪れなくなります。
早い段階でビービー・ハーヌム・モスクは廃墟と化していました。
さらには、この地を襲った度重なる地震によって、原形が残らないほど崩壊してしまいます。
1897年に襲った大地震がトドメを刺してしまったようでした。
あまりにも巨大すぎたモスクの構造と、それを実現するにはあまりにも短すぎた期間。
まさしくティムールが築いた帝国そのものがその後辿っていく運命を暗示したかのようでした。
アクセス
レギスタン広場から北東に延びるウーリツァン・タシュケンツカヤ通りを600mほど進んだところにあります。
ビービー・ハーヌム・モスクへ行ってみた
それでは、ビービー・ハーヌム・モスクへ行ってみましょう。
正面入り口の門

こちらがビービー・ハーヌム・モスクの正面入り口にある門です。
この門は建造された時に、ティムールがその高さが気に入らなく、立て直されたと伝えられています。
現在の門は35mの高さがあります。

巨大な門の割りには、入り口の扉はこじんまりしています。


敷地内四隅にはこのようなミナレットが設けられています。

入って右側には、何らかの建物の基礎部分らしきものが残っています

南にある小モスク

こちらが入って左側である敷地内南にある小モスクです。

こちらのレンガ部分は崩れていましたが、現在もなおっていない模様。

小モスク内部です。
外観よりか内部は補修の跡がかなり見られました。

周囲はこのような外壁に覆われています。

先ほどの小モスクと、入り口の門です。

こちらも別角度から。
西にある大モスク


そして入り口の門の正面にある敷地内西部分にある大モスクです。
ここは正面からは入ることができず、サイドに見えるこの崩落したような部分から中に入ります。


一応入口らしいですが、かなり亀裂が入っており、過去に大きく崩落したことが分かる様子です。

内部から見てもその激しさがよくわかりますえね。

内部に入りました。
こちらがドーム部分にはなりますが、こちらも19世紀の地震でかなりの亀裂が入っていたようですが、現在は修復されています。

礼拝中に信者の上にレンガが落ちてきたということですが、なんとなくその光景も浮かぶようです。

反対側に出てきました。
北にある小モスク


こちらは入り口から右側にある、敷地内きた部分にある小モスクです。
現在、修繕が行われていました。
こちらは19世紀の地震の際にドームの上半分が崩落してしまったのだそうです。


この時は工事中のため内部は入ることはできませんでした。

いかがだったでしょうか。
これまでウズベキスタンの様々な建造物を紹介してきましたが、モスクとしてはここまで大きいものはありませんでした。
レギスタン広場から、北東にあるアフラシャブの丘へ向かう途中にあるこのモスク。
見応え抜群ですので、ぜひ立ち寄ってみてください。