507【映画あれこれ】イギリス統治時代のインドが舞台。この時代の女性のおかれた立場がよくわかる伝説的な女優『マドビ・ムカージ』

映画あれこれ(Movie)
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世界のいろいろな国に興味関心が出てくるきっかけはいろいろとあります。
普段読んでいた本に出ていた写真。
テレビで映っていた光景。
人づてに聞いた話。

いろいろときっかけはあるのだろうと思います。
そういった何気ないきっかけをキャッチできるアンテナの高さはいつでももっておきたいものですよね。
今回は、そんな旅につながるきっかけの話なのです。

昨今はオンデマンドビデオサービスがとてもメジャーになってきているため、多くの方々が利用されているのではないでしょうか。
NetflixやHulu、U-NEXTなど、日本国内だけではなく、海外からも利用できる方法があったりするので、見たいときに見るというスタイルがとても一般的になってきました。
自分も利用はしているのですが、気軽に利用できるのがAmazon Primeではないでしょうか。
もともとは配送料のためにというところもあったのですが、動画配信サービスに音楽配信サービス、書籍配信サービスもあったりと、かなり使い勝手はよいのです。

そして、そういったオンデマンドビデオサービスの中では、いろいろな動画が提供されているために、全く知らなかったような動画も目に入ります。
たくさんのサムネイルを見ていると、その中には目に留まるものもあったりするのです。

今回紹介しているのは、そんなオンデマンドビデオサービスで目に留まったある映画作品と、そこから知ったとあるインド人女優であるマドビ・ムカージについて書いていきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 旅につながるきっかけは映画からも。これまでとは少し違った視点からの紹介記事を書いていきたいと思います。

マドビ・ムカージ

マドビ・ムカージは1942年生まれのインド人女優です。
数々のインド映画に出演し、インドの映画界では偉大な人物の一人として知られています。

1942年というとインドがまだイギリス領インド帝国であった時代です。
イギリスが数々持っていた植民地の中では最も重要な場所ともいわれていました。

子役時代から映画出演していたマドビ・ムカージは、その後も数々の映画に出演していきます。

そんな中、1960年代初頭に、マドビ・ムカージはサタジット・レイと出会います。
そして、同氏の映画に採用され、出演していくようになります。
このサタジット・レイによって撮影された映画の中に、『チャルラータ』そして『ビッグシティ(Mahanagar)』という白黒映画があります。
この2本のマドビ・ムカージ映画がオンデマンドビデオサービスで配信されていたのです。

これらの映画では、インド帝国時代に女性がどのような立場で生活をしていたのか、映画を通して当時の時代状況を表現しているのです。

チャルラータ (1964)

映画『チャルラータ』は、インドがイギリスの支配下にあった1880年を舞台にしています。
ある新聞社の社長である、上流階級の知識人であったプパティ。
そして彼には、若くて美しく知的な妻であったチャルラータ(マドビ・ムカージ)がいました。
チャルラータ裕福な生活の中で何不自由なく生活をしていますが、年中多忙であった夫は妻のための十分な時間がありません。

チャルラータはいつもそんな生活の中で、興味のあった芸術や文が、誌などを嗜みながら退屈を持て余していました。
そんな中で、プパティの従兄弟であるアマルが訪ねてきます。
年齢も近く、チャルラータと同じく文学に興味のある彼との出会いは、チャルラータの心境に大きな変化をもたらします。

そんな中でプパティの経営する新聞社にある事件が起こります。
それもあり、チャルラータの前から去るアマル。
アマルに対するチャルラータの気持ちに気付いたプパティ。
そして物語はクライマックスに向かっていきます。

この映画の中では、イギリス統治下インド帝国時代のインド人上流家庭の様子を見ることができます。

ビッグシティ(Mahanagar) (1963)

映画『ビッグ・シティ』は、インドがイギリスの統治下から独立した直後、1953年のカルカッタを舞台にした映画です。
中流階級にいた女性が、変化していく社会、女性として社会の中に進出していく様子を表した映画です。

マドビ・ムカージ演じるアラティは、銀行の係長であるスブラタを夫に持つ主婦でした。
ところが、そこに病気の父親も抱えることになり、家計のために外で働かざるを得ない状況になります。
ところが、当時のインドは、主婦が外で働くということは考えられないような時代。
反対もあった中で、自ら働くことで、徐々にアラティは働くことに対して才覚を発揮していくことになります。

ところが、夫のスブラタの勤める銀行が倒産してしまい、アラティが家庭内で唯一の働き手となります。
スブラタはアラティを働かせたくはないものの、家計のためには仕事を続けさせるしかない状況になってしまいます。

社会的に転落しきったところで男が気付くのは、インドにおける女性の地位についての現実でした。
今もなお根強く差別の残るといわれているインド。
そういいった社会の問題点に対して、これほど早い段階から警鐘を送っていた映画なのでした。

いかがだったでしょうか。
インドの映画というと、ダンスムービーしか思い浮かばなかった自分が恥ずかしいです・・・。
偶然とはいえ、サムネイルがふと目に留まり、この映画の存在を知ったことで、歴史の授業で習った以上の、生のインドが経てきた姿を知ることができます。
おそらく遠くない将来、再びインドの地を訪れることがあると思います。
インドの歴史をどれだけ知っているか、ということは、同じくインドを訪れたときに見るべき視点も変わってくることだと思います。
映画から得られる知識は侮りがたしですね。