518【ミャンマー紀行】アジア最後のフロンティアなのか?それとも謎の軍による国家なのか?その歴史を見てみよう『ミャンマー』

ミャンマー(Myanmar)
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アジア最後のフロンティアとも呼ばれている国、ミャンマー
ここ数年は、先進国による企業進出が頻繁でになっていました。
世界遺産登録なども相次ぎ、国際社会に進出を始めたところでした。
ところが2021年に入り大きな出来事が起こります。

1960年代ころから長く軍部による軍事政権が行われていたミャンマー。
このミャンマーという国名も軍政側によってビルマから変えられた名前です。
2010年ころには民主主義勢力によって民主化が進みます。
しかし2021年、軍部のクーデターによって軍事制限に逆戻りしてしまいました。
それからは国内で民主化のデモ活動が頻発し、多くの犠牲者も出ています。
これらの状況はまだまだ改善の見通したたっておらず、内戦として激化していくことが懸念されています。

日本からも訪れる人々が増加していっていた近年ですが、コロナ禍とも相まって以前のように訪れることができるかど見通しは立っていません。

では、そんなアジア最後のフロンティアであり、長く政変に翻弄されるミャンマーとはどのような国なのでしょうか。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • アジア最後のフロンティアとも呼ばれるミャンマー。謎感も溢れるこの国にはどのような魅力が隠されているのでしょうか。

ミャンマー

ミャンマーの基本情報

ミャンマーは東南アジアの最西端に位置する国であり、正式にはミャンマー連邦共和国といいます。
首都はネーピードーです。
ヤンゴンか?とも思われているのですが、ミャンマー最大の都市がヤンゴンであることは確かなのですが、首都機能については2006年にネーピードーに遷都されました。。
ネーピードーはそういった経緯を持った首都機能を持った計画都市なのですが、近年は都市としての機能が高まりつつあります。

人口や約5400万人であり、その70%がビルマ族であり、その他にもシャン族やカレン族、ラカイン族、華人やインド人なども含めて135民族が1つの国の中に暮らしています。

言語はビルマ語ですが、民族ごとの言語も存在しています。
観光客相手のところでは英語も不通に通じます。

ミャンマーは国民の85%が上座部仏教徒であり、キリスト教徒やイスラム教徒も小数存在しています。

通貨はチャット(Kyat)が用いられており、1円≒16Kです。
買い物の時などは、ざっくりと15で割ると日本円に近くなるでしょう。

気候帯は北部が温帯に位置しており、それ以南は熱帯に属しています。

ミャンマーの歴史

現在のミャンマーのある場所には、8世紀頃ピュー国家という国がありました。
ミャンマーは2014年にピュー古代都市群が世界遺産登録されていますが、この時代の遺構となります。

その後ビルマ族が南下してきたとともに、ピュー国家が滅亡してビルマ族の勢力が拡大していきます。
9世紀に入るとビルマ族によるバガン王朝が力と付けていき、11世紀に入るとバガン王朝が全盛期を迎えます。
このころの遺構が現在のバガンに多数残されており、2019年に世界遺産に登録されました。

巨大な勢力を誇ったバガン王朝でしたが、13世紀に入るとモンゴル軍の侵入によって王朝は滅びます。

その後はシャン族やモン族などの勢力も拡大していったり、隣国タイとの衝突もあったりするなどしながらも、王朝時代が続きます。

19世紀に入るとイギリスが進出し、インドと当時のビルマとの間に戦いが勃発します。
戦いの結果として、ビルマはイギリスの支配下に入ります。

第二次世界大戦がはじまると、日本軍が進出してきますが、戦後になって日本軍が撤退後、ビルマ連邦共和国として独立します。

20世紀後半の1960年代に入ると、軍事クーデターが勃発し、ビルマの社会主義化が始まります。
軍政は続き、1989年には国名がミャンマーに変えられます。
その後は民主主義勢力と軍政との争いが続いていきますが、2010年代に入って民主化の動きが活発になっていきますが、2021年に入り、再び軍部によるクーデターにより軍政に戻った動きがみられています。

近年はこれら以外にも、ミャンマー隣国のバングラデシュとの国境付近に住むロヒンギャ難民の問題なども表面化しており、まだまだ解決すべき大きな課題も抱えています。

ミャンマーの魅力ある街

バガン

バガンは、ミャンマー中部のエーヤワディー川沿いにある都市です。
乾燥した平原地帯であるため、ここには多数の仏塔や寺院が建ち並んでおり、それらが保存状態慾残っています。
ミャンマーを旅する場合は、絶対に外せない都市です。

472【ミャンマー紀行】バガンの仏塔の上から、夜が明けるサンライズをゆっくりと見てみませんか
数多くの寺院やパゴダ(仏塔)の立ち並ぶ、ミャンマーの世界文化遺産バガン。見渡す限り数えきれないほどの史跡のあるバガンでは、幻想的なサンライズ・サンセットツアーが大人気です。国内の軍事政権によるクーデターもあり訪れることが非常に難しくなってしまったバガンのサンライズを今回は紹介してみたいと思います。
447【ミャンマー紀行】バガンのエーヤワディ川の曲がり角にある有名な塔『ブーパヤー・パゴダ』
バガンの北東から南西にを流れるエーヤワディー川。この川を南に下ってくると、川岸に黄金の仏塔が見えてくることでしょう。まるで海にある灯台のような役割をもしているかのようなこの仏塔ですが、こちらはバガン遺跡の一つであるブーパヤー・パゴダといいます。
431【ミャンマー紀行】オールドバガン城壁内にて、他を見下ろすようにそびえ立つ巨大寺院『タビニュ寺院』
バガンには数多くの寺院や仏塔が残されています。余りにも数が多すぎて、どこからまわればいいのか、となってしまいますが、そうならないためにある程度の情報はあったほうがいいですよね。今回紹介しているタビニュ寺院は、そんな数多くあるバガンの建造物の中でも、多くの観光者たちが必ずといっていいほど訪れる有名な寺院です。
417【ミャンマー紀行】大地震で崩壊する前の荘厳な姿が偲ばれる。現在修復が進められているバガンを代表する寺院『スラマニ寺院』
バガン滞在中は本当にたくさんの寺院や仏塔を見てまわりました。その中でも本当に多くの人々が必ずと言っていいほど訪れる寺院があります。それが今回紹介しているスラマニ寺院なのですが、こちらはその規模といい、寺院自体のデザインといい、かなりの見応えのある寺院なのです。
390【ミャンマー紀行】オールドバガンから遠く南へ。ニューバガンエリアの民家に埋もれた『ペッレイ・パヤー』
今回紹介しているペッレイ・パヤーは、バガンの主要な建造物が集まっているオールドバガンエリアからはかなり南に行ったところにある遺跡です。離れていることと、あまり開かれた遺跡ではないので、なかなかここまで行く観光者も少ないかもしれません。
365【ミャンマー紀行】オールドバガンエリアへはここから。数多くへの遺跡エリアへの入り口『タラバー門』
タラバー門は、バガン一帯の中でもその創建が最も古い遺跡であり、ただの門と侮ることなかれ、長い歴史の雰囲気を存分に醸し出しています。この門を通り抜けることで、『バガンにやってきた!』という気分が盛り上がること間違いなしです。
323【ミャンマー紀行】ここはインドか?バガンの中で異彩を放つ『マハーボディー・パヤー』
バガンではミャンマーらしい黄金の仏塔が立ち並ぶ中で、どこか別の国で見たことがあるスタイルの仏塔が目に入ってきます。それが、オールドバガンの城壁内に存在する仏塔マハーボディー・パヤーです。ここの仏塔の形は、何か他の物とは異なる印象を強烈に与えてきます。
274【ミャンマー紀行】バガンで最も美しいとされる4体の釈迦仏が納められた仏教寺院『アーナンダ寺院』
これまでもいくつかバガンにある寺院やストゥーパを紹介してきましたが、今回紹介するアーナンダ寺院は、バガンの数多くある建造物の中でも真っ先に名前があがるような寺院の一つです。その外観はとても均整の取れた寺院であり、バガンの中でも最も美しいとさえ言われている建造物です。
268【ミャンマー紀行】バガンを代表する黄金に輝く巨大なパゴダ『シュエズィーゴン・パゴダ』
シュエズィーゴン・パゴダ(仏塔)は寺院のようにその内部を自由に見ることはできないのですが、中心にある仏塔を含めた境内がかなり広く、バガンに向かう人々の目には、まず最初にこのシュエズィーゴン・パゴダの黄金に輝く仏塔がうつるのです。
208【ミャンマー紀行】バガンでは珍しい涅槃像だが、その安置場所は世界一珍しい『マヌーハ寺院』
バガンにはたくさんの寺院や仏塔があるので、たくさん見て回るとどれも同じように見えてくるのですが、今回紹介するマヌーハ寺院は、後で思い返してみても印象に残る寺院の一つです。ここには巨大な仏座像や涅槃像が部屋の空間いっぱいに置かれているのです。
139【ミャンマー紀行】バガンにある不気味な言い伝えの残る寺院『ダマヤンジー寺院』
バガンといえば無数のストゥーパ(パゴダ)と寺院が有名ですが、有名どころだけでもかなりたくさんあるので、見ごたえのある場所がたくさんです。そんなバガンの中で、その雰囲気で有名な『ダマヤンジー寺院』について書きたいと思います。
129【ミャンマー紀行】世界遺産『バガン』でも今回は遺跡メインではなく、馬車がメイン!?
ミャンマー中部の町バガンは、2019年に「バガンの考古地域と記念建造物群」として世界遺産登録されました。そんなバガンですが、車やバイクでまわったり、レンタルバイクや自転車などもあり、様々な回り方があるのですが、ここでしかできない体験として、馬車で回るというのはどうでしょうか。
014 【ミャンマー紀行】ポッパ山の天空の寺院タウン・カラットへの一苦労な行き方
ミャンマー中部のバガンというと、最近世界遺産に登録された素晴らしいスポット。しかし、その近くに、さらにミャンマーを感じられるスポットが存在するのだ!

マンダレー

ミャンマー第二の都市であるマンダレーは北部を代表する都市です。
イギリス植民地時代より前の、ミャンマー最後の王朝であったコンバウン朝の都が置かれていたのがこのマンダレーでした。
今もマンダレーにはこの時代の巨大な王宮跡に、第二次世界大戦後に再建された王宮が残されています。

261【ミャンマー紀行】丘の上のスタウンピー・パヤーから、かつての王都を眺める『マンダレー・ヒル』
世界遺産登録も夢ではないであろう、ミャンマー第二の都市マンダレーにあるマンダレー・ヒルについてです。もともとビルマ(現ミャンマー)最後の王都であったマンダレーは、古都の様相をした、まるで京都のような町なのです。
103【ミャンマー紀行】北部の街マンダレーにある、世界1位の長さの木造橋『ウーベイン橋』
アジア最後のフローリング ミャンマー。そして、その中でも前情報なく訪れた中部の町マンダレー。しかし、そこには、予想だにしていなかった歴史を感じるスポットがたくさんあったのです。ミャンマーの底力をまだまだ感じる街で見つけた、160年もの歴史のある木造橋を紹介します。

ヤンゴン

ミャンマーの中南部、海に面したエーヤワディー川の三角州地帯にできたミャンマー最大の都市がヤンゴンです。
2006年まではミャンマーの首都でした。
民主化したミャンマー時代には、経済開放政策で多くの国が進出した都市です。
たくさんの高層建築が立ち並び、人々でにぎわう街です。
ミャンマーの玄関口となる都市です。

348【ミャンマー紀行】ヤンゴンを見下ろす巨大なパゴダ。平和の象徴がそうではない事態にも巻き込まれ…『シュエダゴン・パゴダ』
今回紹介しているシュエダゴン・パゴダはスレー・パゴダに比べてはるかに規模が大きく、高さが100m近くもある黄金の仏塔だけではなく、ミャンマーの伝統暦である八曜日とそれぞれを司る像、非常に見どころも多く、ヤンゴンに訪れた際はまず最初に足を運びたい場所ですね。
338【ミャンマー紀行】都心にそびえる黄金の塔。そして国の動乱も見下ろし続けてきた『スレー・パゴダ』
今回紹介するスレー・パゴダはヤンゴンを代表する仏塔です。ヤンゴンの市街地はここを中心に計画的に作られています。ミャンマーの人々には、こういった仏塔は、日常の中で気軽に訪れることのできる人々の生活の一部でもあるのです。

インレー湖

ミャンマーの中東部。
シャン高原にあるインレー湖とその周辺もまたミャンマーを代表する観光地です。
そこには湖と共に暮らす人々の生活を見ることができたり、周辺の山岳少数民族の生活も見ることができます。

いかがだったでしょうか。
今回はミャンマーの国情報と、同国を代表する都市や地域を紹介してきました。
当ブログでも、数多くのミャンマーの見どころを紹介しています。
今思うと、非常に限られた外に開放された時期に、運よく同国を訪れることができたのだな、と改めて思います。
まだまだ訪れていないところがあったところで、次はいつになるのかと心配になるところですが、遠くない未来に再びミャンマーを訪れたいと願っています。