519【高知紀行】その眼差しは、太平洋の遠く向こうをいつまでも見つめ続けている『桂浜 坂本龍馬像』

四国地方(Shikoku)
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江戸末期の幕末に活躍した志士。
どんな名前が思い浮かぶでしょうか。
数多くの若者たちが、自分たちの理想とする時代の実現のために、現れては消えていった激動の時代。
様々な名前が浮かぶ中で、最も名前が挙がる人はこの人ではないでしょうか。
それは、坂本龍馬です。
土佐藩、現在の高知県出身であった坂本龍馬は、自分の生まれ育った藩を飛び出し、江戸幕府の終焉、新時代の幕開けに奔走したことは誰もが知っていることでしょう。

しかし、そんな坂本龍馬は新時代の幕開けを見ることなく散ってしまいます。
そんな強い志はありながらも、どこにも縛られずに自由に生きる生き様。
それが現代でも多く名前を挙げる人が多いことにつながっているのではないでしょうか。

そんな坂本龍馬が生まれ育った町、土佐
現在の高知県には、坂本龍馬に縁のある場所が数多くあるのです。
今回は、そんな高知県の中で、坂本龍馬が最も愛した場所とされる桂浜にあり、今もなお太平洋の遠くを眺め続ける坂本龍馬像について紹介したいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • その眼差しは遠く太平洋の向こう。見つめるのは新時代。そんな彼の目に現代社会はどう映っているのでしょうか。

桂浜 坂本龍馬像

高知県、土佐湾に面する桂浜は、高知県でも有数の観光名所です。
太平洋を望む景勝地であることはもちろん、月の名所でもある桂浜には、桂浜水族館や、砲台跡などみどころがたくさんあります。
そんな桂浜は、坂本龍馬がふるさとである土佐の中で最も思い入れが深い場所であるといわれています。
そのため、坂本龍馬ファンにとって桂浜は聖地でもあるのです。
そして聖地であるこの場所には、高知県立龍馬記念館坂本龍馬像などがここに集まっているのです。

坂本龍馬といえば、天保6年(1835)年にここ高知で生まれ、海援隊による商才を持った人物であり、薩長同盟を裏から支えた政治的な勘を持ち合わせた、今もなお多くの共感する人々がいる歴史上の人物です。
そんな坂本龍馬の功績を、高知県から後世に伝えていきたいということから、桂浜に坂本龍馬像が建てられました。
坂本龍馬像が建てられたのは昭和3年(1928)、多くの融資による募金によって建てられました。
同郷出身の彫刻家であった本山白雲による像は、台座を合わせた高さは約14m、龍馬の像だけでも約5mもの高さがあります。
そして、その龍馬の像が見つめる先には広い太平洋が広がり、当時から世界に目を向けていた坂本龍馬の生きざまを表しているようでもあります。

毎年、春の4月上旬から約2か月、それと秋の9月中旬から龍馬の命日である11月15日を挟んだ約2か月間には、坂本龍馬像のすぐそばに特設の展望台である『龍馬台地』が設置され、龍馬像が見つめる目線を体験できるようになっています。
特設の展望台には1名100円で入場できます。
桂浜の思い出にぜひとも登っておきたいですね。

アクセス

高知市内から南に向かって車で30分で到着します。
周遊観光バスも1時間に1本程度運行しています。

桂浜 坂本龍馬像へ行ってみた

それでは桂浜 坂本龍馬像へ行ってみましょう。

坂本龍馬像が見えてきました。
左に見えるのが期間限定で設けられる特設の展望台『龍馬台地』です。

正面にやってきました。
15mほどの高さのある像はなかなかの迫力です。

龍馬像のある高台から海に向かっていくと龍頭岬が見え、桂浜公園が広がります。
弧を描くように広がっている海岸であり、遠く太平洋が見渡せる景勝地です。

桂浜に降りてきました。
なかなか波は強かったです。

坂本龍馬像から少し西側に移動しようと思います。

こちらは高知県立龍馬記念館です。
現在は新館もできて、さらに充実しているようです。

内部には、坂本龍馬に関する展示がなされています。
龍馬が書いた手紙や、貴重な資料、また映像なども使って紹介した資料がたくさん用意されています。

高知県立龍馬記念館の屋上は展望台になっており、太平洋のパノラマビューが眼前に広がります。
更に高台から桂浜の様子をうかがうことができます。

こちらは坂本龍馬像の方向です。
写真にはうまく写りませんでした。

いかがだったでしょうか。
今後高知県についての記事をいろいろと書いていこうと思いますが、この桂浜からスタートするのは高知の歴史を知るうえで最適な場所でしょう。
ここからさらに市内に移動していくと、坂本龍馬生誕の地を巡る数々の史跡が残されています。
なによりもこの桂浜にある高知県立龍馬記念館でしっかりと龍馬に関する情報を収集し、その足跡巡りを楽しんでいただきたいと思います。