533【人物あれこれ】どうやって後継者が選ばれるか知っていますか?その存在そのものが神秘的な『ダライラマ』

人物あれこれ(Person)
この記事は約4分で読めます。

チベットという地域はご存じでしょうか。
現在は中国の一自治区として存在しているチベットですが、かつてここは独立した国家なのでした。
その中心にあったのが、チベット仏教の最高位であるダライラマでした。

このダライラマという名前を、ニュースなどで聞いたことはあるかと思います。
御年90近いチベット仏教の僧侶であり、おそらく写真などでその姿を見たことはあると思います。
ところが、みなさんが知っているこのダライラマですが、ダライラマ14世だということは知っているでしょうか?
実は、初代から数えると、約600年以上もこのダライラマは受け継がれてきているのです。
日本でも歌舞伎や、伝統芸能などの世界で、このように名前が受けつがれていくことがありますよね。
しかし、日本の場合は、世襲であったり、門下に入って名前を受け継いだりというようなことがほとんどかと思います。
ところが、このチベット仏教の最高位であるダライラマの称号は、少し日本のそれとは違った形で受け継がれてきたのでした。
それが原因で、政治的にも左右されてきたダライラマ。
その存在とはいったいどういったものなのでしょうか。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • ベトナム建国の父。共産主義革命かであったけれど何かイメージの違うホーおじさんのことを調べてみよう。
048 【ニュースあれこれ】ダライ・ラマ14世 85歳生誕記念に名言アルバムリリース
チベット仏教の最高位、ダライ・ラマ14世によるふぁおすとアルバムがリリースというニュースがあり、気になったので読み込んでみました。

ダライラマ

ダライラマとはチベット宗教の最上位の僧侶の地位にある人物です。
モンゴル語で大会という意味の”ダライ”と最上位の敬称である”ラマ”をもち、如来や菩薩などが実体としてこの世にあらわれた化身ラマを意味しています。
現在のダライラマは、1940年から在位しているダライラマ14世、テンジン・ギャツォです。

ダライラマは、チベット仏教の中で観音菩薩の化身であり、転生して生まれ変わり続け、このチベット仏教の精神劇よりどころとして存在し続けています。
チベットは長くの間、このダライラマが多大な影響力を持って国家が運営されてきました。
その興りは、14世紀であり、初代ダライラマはチベット仏教ゲルク派の開祖の直弟子であった人物でした。
最初の頃はチベット仏教の優れた学僧であったダライラマは、だんだんとチベット仏教の政治的な支配者としてその権威を高めていきます。

ダライラマがどのようにして選ばれるのかというと、それは世襲は関係者の中から選ばれるわけではありません。
ダライラマが没した後、占いや奇跡、託宣等々様々な要素を基に、次期ダライラマが生誕する地域が予言されます。
そして、その場所で預言に合致する子どもを選びダライラマの候補者として集められます。
その中から、先代までと何らかの共通性があるなどが調査され、最終的にダライラマの生まれ変わりが認定されてます。
認定された子どもは、宗教的な権威として育てられ、成人するとそこに政治的な地位が与えられることとなっています。
全ての頂点に立つ人間をこのような予言に基づいて選んでいくということは、チベット仏教の特徴ですよね。

しかし、世襲や関係者だけによって権力と権威が特定のところに集中してしまう危険性を排除するためには、ある意味よく考えられた伝承の方法なのかもしれません。

ダライラマ14世

現在のダライラマ14世は、1935年に生誕し、1940年にダライラマ14世として即位し、現在までその地位にあります。
チベット仏教の最高位ではありますが、20世紀中ごろの中華人民共和国によるチベット侵攻の影響によってインドに亡命。
印度内に樹立されたチベット亡命政府の国家元首を務めており、世界中に散らばるチベット民族の宗教面・政治面の指導者として、大きな影響力を持っています。

そんなダライラマ14世も90歳近い年齢となり、後継者に関する議論が続いています。
チベット亡命政府が承認する指導者と、中華人民共和国が亡命政府が認定した指導者は認定しないとの立場から、喫緊の課題となっています。

ポタラ宮

チベットの中心地であるラサにあるポタラ宮は、チベットにある山であるマルポ・リの南斜面に建つダライラマの宮殿であり、1994年に世界遺産に登録されています。
このポタラ級は、当時の吐蕃王朝によって7世紀ごろに始まったといわれています。

このポタラ級にて、ダライラマはチベットの宗教面、政治面の両面において影響力を行使していました。
ポタラ宮がすべて完成したのは17世紀末。
そこから約300年雄間はここがチベットの中心地でした。
しかし現在はダライラマ14世がインドに亡命しているため、ここにはいません。
中国政府によって観光地化が進んでしまっているチベット仏教の聖地。
その扱いについて快く思っていないチベット民族の人々も多くいるのだそうです。

いかがだったでしょうか。
亡命政府にありながら世界各国に多大な影響を与え続けるダライラマ。
しかし、年齢的にも近い将来チベット仏教には大きな変革が訪れることは予想できます。
これから先のダライラマはどのようにして受け継がれ続けるのでしょうか。