537【映画あれこれ】ポル・ポト政権下のカンボジアでの実話。この国を襲った歴史の一端が見える『地雷を踏んだらサヨウナラ』

映画あれこれ(Movie)
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世界に数々残る戦場を生きる人々を映し出した写真の数々。
生の戦地の様子を世界の人々に知ってもらうべく、自ら戦場に赴きその様子をカメラに収める。
戦場カメラマンと呼ばれる彼らですが、この存在があってこそ、戦争のリアルを世界中の人々が知ることができるわけです。

そんな戦場カメラマンですが、当たり前のことながら、常に死と隣り合わせの中でカメラを手に取り続けているのです。
実際、日本人の戦場カメラマンも多く存在していますが、「安全への逃避」というベトナム戦争下での人々を撮影した写真でピューリッツァー賞を獲得した沢田教一氏は、カンボジアにて何者かに襲撃されて死亡しています。
しかし、彼らの残した一枚の写真が世界を動かすこともあるのです。

そして、一ノ瀬泰造氏もそんな戦場カメラマンの一人です。
ポル・ポト率いるクメール・ルージュによって激しい内戦状態に陥っていた1970年代のカンボジア
そのような状況下にあったカンボジアに単身乗り込み、カンボジアの実情を伝え続けたのが一ノ瀬泰造氏なのです。
そんな一ノ瀬泰造氏の半生を映画化したものが、今回紹介している、『地雷を踏んだらサヨウナラ』です。
内戦期のカンボジア、そこにはどのような人々が生き、そしてクメール・ルージュによるどのような恐ろしい事態があったのか。

そして、一ノ瀬泰造氏はそんなカンボジアをどのように生き抜いてきたのか。
当時の歴史を学ぶこともできる映画なのです。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 戦場カメラマンの真実。戦場のリアルを世界の人々に伝えることに命を懸けた一ノ瀬泰造氏。その生きざまを映画から感じ取ってみよう。

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地雷を踏んだらサヨウナラ

一ノ瀬泰造

一ノ瀬泰造氏は、報道カメラマンとして、主に戦地の状況を実際にその場所に訪れて撮り続けた戦場カメラマンです。
1947年に生まれた泰造氏は、主にフリーランスのカメラマンとして活動をしていましたが、その活動の場は、インド・パキスタン戦争から始まり、カンボジア内戦の撮影へと移り変わっていきます。
しかし、カンボジア内戦当時のカンボジアといえば、ポル・ポト率いるクメール・ルージュが支配する恐ろしい時代です。
そんな名で、クメール・ルージュが拠点としても活用していたアンコール・ワットに向かった泰造氏は、1973年11月に消息を絶ちます。

それから9年間、泰造氏の消息は分からずじまいだったのですが、1982年にアンコールワット北東部14kmにあるプラダック村にて泰造氏の遺体が発見されます。
遺体の状態から、アンコール・ワットに乗り込んだ直後の1973年11月同月にクメール・ルージュに捕らえられ、同29日に処刑されていたことが分かりました。

現在、処刑された現場であると思われる東バライ北東部には、そこの村人が立てた泰造氏の墓が残されており、一般の人々でも訪れることができるようになっています。

この一ノ瀬泰造氏を主演に、1999年に公開された映画が、『地雷を踏んだらサヨウナラ』です。

映画『地雷を踏んだらサヨウナラ』

地雷を踏んだらサヨウナラは、1999年に公開された日本映画であり、戦場カメラマンであった一ノ瀬泰造氏が残した資料を基に作られました。

1972年、内戦の激しいカンボジア国内に一人の日本人がいました。
その男の名前は一ノ瀬泰造
フリーの戦場カメラマンとして、インドなどを始めとして地域を駆け抜けてきた泰造氏。
戦場においては報道記者やカメラマンは中立な存在として攻撃対象としてはいけないというルールがあります。
しかし、実際の銃弾が飛び交う戦地ではルールもへったくれもありません。
命の危険も顧みず戦場に赴く泰造氏。
実際に命の危機に会うことも多々ありました。

そんな命の危険をおかしながらも写真を撮り続けますが、クメール・ルージュ支配していたアンコール・ワットの実情を撮影しようとします。
しかし、クメール・ルージュが抑えるアンコール・ワット内では、報道記者であろうがおかまいなく、何人もが帰らぬ人となっていました
しかし、それだけの危険をおかしてでも、アンコール・ワットの写真を撮ることは価値のあることだったのです。

その後はアンコール・ワットを目ざし国外退去にもあってしまいます。
それでもあきらめきれなかった泰造は、再びカンボジアに乗り込みます。
そして、物語の最後には、クメール・ルージュの塀に追われながらも単身アンコール・ワットに向かって走り出すのです。

その結果一ノ瀬泰造氏がどうなったのかは、後世に生きる私たちは知っています。

彼が求めたかったのは、大スクープなのか?それとも、戦争の真実を世界の人々に知ってもらいたかったのか?それとも、目の前にある戦争に対する反対行為だったのか?
最後の場面に至るまでの数々の出来事から、見ている人がどのように受け取るか。
それは、最後まで観たときに一人一人考えてもらいたいことですね。

いかがだったでしょうか。
カンボジア内戦を取り上げた映画は、この地雷を踏んだらサヨウナラ以外にもいろいろとあります。
1970年代というと、たかだか50年ほど前。
ほとんど現在と変わりないような時代に、国中を襲った恐ろしい出来事。
それらが今現在では白日のもとにあるのは、こういった真実を伝える人々一人一人の功績ではないでしょうか。
歴史から学ぶということはとても大切なことです。
同じ過ちを再び繰り返さないためにも。