539【モンゴル紀行】世界最大の帝国を造った末裔の国。日本から意外と近い割に、なかなか知られていないことも多い国『モンゴル』

モンゴル(Mongolia)
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近年コロナ禍前までは航空便路線が充実し、低価格な路線も増えてきたため、海外へ赴くことがかなり容易になってきましたよね。
特に、南のアジアに向かう路線が非常に充実してきたように思います。
海外であったとしても、1万円台ほどで行けてしまうなど、旅の幅が非常に広まっていました。
南方面といえば、日本と同じ東アジアか東南アジア、南アジア方面ですよね。
しかし、もう一つアジアはあります。
それが中央アジア方面です。

当ブログでも頻繁に取り上げてきたウズベキスタンをはじめ、カザフスタンやキルギスタンなど、旧ソ連の構成国家の数々です。
そして、中央アジア方面に向かう途中、我々日本と同じく東アジアに属する国がもう一つあるのは覚えていますでしょうか。

それがモンゴルです。
モンゴルと聞くと何をイメージしますか?
広大な草原地帯?
ゲルでの遊牧生活?
モンゴル相撲?
それとも、かつて存在したモンゴル帝国??
といったイメージが大部分ではないでしょうか。
実際自分もモンゴルのイメージは?と聞かれるとここに挙げたものぐらいでしょう。

飛行機直行便だと5時間ほど。
外国の中では比較的近い部類に入るモンゴルですが、なぜこうもイメージがわかないのでしょうか。
そんなモンゴルという国を今回は調べてみました。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 大自然というイメージの強いモンゴル。実際の現代モンゴルはどのような国で、どのようなものが私たちを迎えてくれるのでしょうか。

モンゴル

モンゴルの基本情報

モンゴルはユーラシア大陸の東、東アジア北部に属する内陸国であり、海に面していない国です。
日本からは直行便で約5時間ほどと、比較的近い部類に入る国ではありますが、そこまで頻繁に人の行き来のある関係とはいいがたいように思います。
国土の広さは日本の4倍ほどありますが、そこに住む人口は1/36ほどの330万人ほどとなっています。
南には中国の内モンゴル自治区や新疆ウイグル自治区、北はロシアと接しています。

モンゴルの国がある地域は、平均的に高地にあり、主にモンゴル高原と呼ばれる地域になりますが、その国土の中には様々な自然・気候環境があります。
まずはモンゴルのイメージで真っ先に出てくるであろう草原地帯。
国土の南に広がるゴビ砂漠地帯。
西側に広がる山岳地帯などがあります。

日本と同じように四季の変化がありますが、夏と冬との寒暖差がとてつもなく激しく、特に冬になると-30°にもなる場所もあるほどの厳しい寒さの国です。
こういった厳しい自然環境や厳しい気候条件などから、この地で暮らす人々が生き抜くために選んだ生活手段が遊牧という形態だったのです。

モンゴルの遊牧民の家として有名なゲルも、こういった常に移動し続ける生活を行うために考え出された家の形なのですね。

国家の政策としては、1980年代ごろまではソ連の後ろ盾のもとに社会主義国家でしたが、その後民主化運動によって、大領領制や複数政党の議会制などが敷かれ、市場経済の国家運営がなされています。

あまり宗教のイメージがないモンゴルではありますが、チベット仏教を信仰する人が大半の国です。
一部イスラム教などを信仰している人々もいたりするそうです。

モンゴルの国の特徴としては、やはり遊牧民族の末裔ということもあり、馬と共に生きる生活ではないでしょうか。
また、現在もなお大草原で遊牧の生活を行っている人々がいます。
そして何よりも、広大に広がる自然の中に息づく動物や植物たちの生き生きとした姿でしょう。
古くから受け継がれてきている生活スタイル。
守り続けられてきた自然環境。
家畜を中心にした、内陸国かつ肥沃ではなかった土地に暮らしてきた人々の独特な食文化。
世界に数多く国はあれど、非常に特徴的な魅力を持った国だと思いませんか?

モンゴルの歴史

モンゴルは多くの人のイメージの通り、遊牧を生業とする人々を祖先に持つ人々によって建国された国です。
しかし、実際に現在のモンゴルに住むモンゴル人たちがいつごろからこの地にいたのかは、はっきりとはわかっていません。
それもそのはず、居住地をとにかく広範囲で移動しながら生活していく遊牧民族。
同じように遊牧しながら生活をしていた国々の興亡がこの地では繰り広げられ続けたのです。
そして一時期このモンゴル高原を統一したのがウイグルでした。
しかし、ウイグルがその勢力を失った後も、様々な勢力が興亡を繰り返しますが、13世紀に入ってようやくチンギス・ハン率いるモンゴルが統一し、広大な勢力へと成長していきます。

チンギス・ハン率いるモンゴル帝国は、モンゴル高原を基盤として、ユーラシア大陸を西へ南へと進軍していきます。
現在の中央アジアや中東、ロシアや東ヨーロッパ、そして南下して中国方面にまで遠征を進めていきます。
そしてモンゴル帝国は、歴史上まれにみる広大な領土を持つ帝国へと成長したのでした。

その後はチンギス・ハンの子孫によって中国には元が建国され、中央アジアや中東の地域にはそれぞれハンを持つ国が興ります。
モンゴル一族は、自らの子息に権力を分け与えるという習慣があったため、チンギス・ハンの死後はこのように広大な領土は分割されて統治されることになったのですが、これがそれぞれで権力争いなどを生み、モンゴル勢力の衰退の原因になったのでした。

その後は、もともと自分たちの拠点であったモンゴル高原へと撤退していきますが、再び様々な勢力での争いが繰り返されます。
この時代ごろから、チベット仏教の考えがモンゴルに急速に広がったため、現在のモンゴルの国民の大多数が信仰するチベット仏教信仰へとつながっていったのです。

その後は、南に誕生した清の支配下となり、安定した時代を迎えます。
しかし、清が政策を一変させ、モンゴルに漢人を多数入植させる方針になったことからモンゴル人たちは清に対して反発を起こします。

そうこうしているうちに20世紀初頭には清が倒れ、中華民国が成立します。
この時に現在のモンゴル国と、中国内に存在する内モンゴル自治区との区切りが発生してしまいます。
その後、モンゴル国は、第二次世界大戦前から北に隣接するソ連との関係を強め、社会主義国家として歩みを進めていくこととなります。
その関係は1980年代のソ連の崩壊まで続きます。
しかし、ソ連の影響が弱まっていくにしたがってモンゴル国内でも民主化運動が盛んになっていきます。
国内経済も社会主義の計画経済から市場経済へと転換がはかられ、周辺国との関係も正常化していくこととなります。

そして、現在のモンゴル国へとつながっているのです。

モンゴルの魅力ある街

それでは、モンゴルのいくつかの魅力ある街について書いていきたいと思います。

ウランバートル

ウランバートルはモンゴルの首都であり、モンゴル国の半数の人々が住むモンゴル最大の都市です。
しかし首都であるのですが、標高1300mほどの場所にあり、年間平均気温マイナスになるほどの世界一寒い首都としても有名です。

市場経済の中心地でもあるウランバートルでは、政治の中心だけではなく、チベット仏教の寺院や、数々のショップなども集まる大きな街です。
しかし、どこの都会でもそうなのですが、急激な発展には課題が伴います。
ウランバートルでも数々の高層ビルが建設されるなど華やかな面がある一歩で、大気汚染やごみ問題、慢性的な交通渋滞などの課題もあります。

街の中の移動は路線バスやトロリーバス、タクシーが主になります。
そんなウランバートルの街には、チベット仏教の寺院の数々、モンゴルのこれまでの歴史を展示した博物館、また第二次世界大戦後にこの地に連れてこられて抑留された日本人たちに関連する施設など、数々の見どころのある街なのです。

首都であるため、ホテルやショッピングモール、レストランなども数多くあり、モンゴルでの買い物関係は、この街で行うことがほとんどとなるでしょう。

ハラホリン(カラコルム)

カラコルムというと聞いたことがないでしょうか?
首都ウランバートルから南西へ約350kmにあるこの街は、かつてのモンゴル帝国の首都であったところです。
ここには世界文化遺産『オルホン渓谷の文化的景観』といった見どころがあったり、周辺にはゲルの集落があったりします。
小さな町ではありますが、歴史的な観点からモンゴルを知りたい人々にはうってつけの町かもしれません。
この町では、数多くのゲルでの宿泊体験を行うことができます。
モンゴルでしかできな大草原でのゲル体験。
ぜひとも体験しておきたいですね。

ダダル

ダダルの町はウランバートルから北東約600kmにある、モンゴル国東部の非常に小さな町です。
しかし、ここはチンギス・ハンの生誕地ということで、多くのモンゴル人が訪れる場所として有名なのです。
人口3000人ほどの小さな町ではありますが、チンギス・ハンゆかりの場所が数多く残されているため、それらをお目当てに是非とも言っておきたい場所です。

いかがだったでしょうか。
モンゴルは国のほとんどの人口がウランバートルに集中しているため、それ以外の町となると小さな町がほとんどです。
しかし、東西南北で自然条件や気候も大きく異なり、様々な表情を見せるモンゴル。
それぞれの場所ごとに、まだまだ知らないモンゴルの良さが隠されていそうですね。