555【映画あれこれ】ベトナム戦争時、アメリカはこの国の中でどのような立場だったのか『グッドモーニング、ベトナム』

映画あれこれ(Movie)
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映画からは様々な歴史を学ぶことができます。
それこそ、映像やデータがまだまだ残っていない時代や場所、出来事など。
ある程度創作は入りますが、概ねそこで何が起きたのかを理解することができるという点で、映画というのは非常に役に立つコンテンツであるなと思います。
もちろん、フィクションもおり交えて作られるので、見る側の人間が真偽を見極めることができる力が必要にはなってきますが。
今回紹介している映画もそんな人類の歴史をとある観点から再現したお話なのです。

1955年から1975年までの20年間、インドシナ半島の東岸では長きにわたる戦争が起こっていました。
それこそが現在のベトナムを南北に分けて繰り広げられたベトナム戦争です。
もともとは、とうじのべとなむを植民地として統治していたフランス軍とベトナムとの戦いであり、ベトナム民族の独立戦争だったのです。
ところが、最終的にはアメリカがそこに参入し、アメリカ対ベトナムの戦争となり、あまりにも多くの犠牲者を出したのです。
そんなベトナム戦争真っただ中のサイゴン(現在のホーチミンシティ)で、アメリカ兵のためにラジオ放送を行っていたある空軍兵且つラジオDJの視点から見たベトナムを描いた作品が『グッドモーニング、ベトナム』です。
メディアによって戦争の様子が世界に報じられた初めての戦争といわれるベトナム戦争ですが、実際その時代にベトナム国内で生きていた人々の視点は知る手段がありません。
このストーリーは、実在の人物の体験に基づいて描かれており、ベトナム戦争のまた違った一面を見ることができる映画なのです。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • とあるDJの視点からベトナム戦争の内側を描いた傑作。当時のベトナムに生きた人々のリアルをこの映画から感じ取ってみよう。

映画に関する記事です。

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グッドモーニング、ベトナム

ベトナム戦争最中の1965年。
社会主義勢力であった北ベトナムに相対してた南ベトナムには、インドシナ半島の反共勢力支援のためにアメリカから多くの兵がサイゴン(現在のホーチミンシティ)へ送り込まれ続けていました。
その中に、現地のラジオ放送を通して現地の兵士の士気を高める目的として、ロビン・ウィリアムズが演じる人気DJであったエイドリアン・クロンナウアが送り込まれていました。
空軍上等兵であったエイドリアン・クロンナウアは、ベトナムに到着するや否や、戦地では考えられないようなハイテンションでラジオ放送を始め、多くの兵達から指示されるようになります。
しかし、軍規に反するような彼のラジオ放送に対して、軍の上層部は良い顔をしていません。

あるベトナム人との出会い

そんなクロンナウアですが、街で見かけたアオザイ姿のベトナム人少女トリンに一目ぼれします。
少女を追いかけていった先で口説こうとするクロンナウア。
それを制止する少女の兄ツアン
彼らは、お互いがお互いを理解できず、ステレオタイプで決めつけてしまいますが、2人でベトナム料理を食べたことから少しずつ和解していきます。
そんな折に、アメリカ兵向けのバーでツアンを馬鹿にされたことに対して腹を立てクロンナウアは、アメリカ兵たちと殴り合いの喧嘩になってしまい、クロンナウアは軍の上層部からより一層目を付けられることになります。

戦争の現実を知る

そんな折に、バーにいるクロンナウアをツアンは連れ出します。
その直後にバーがテロによって爆発。
多くの死傷者を目の前にし、そのニュースをDJとして放送しようとするクロンナウアでしたが、軍はそのニュースを隠蔽します。
自分たちの戦況があまり芳しくないことを兵たちに知らせるわけにはいかなかったのです。
そして、軍に反した行動をしようとしたクロンナウアはDJとしての仕事も停止されてしまいます。

そんなクロンナウアをツアンは自分たちの村に連れていき、そこで再びトリンに出会いますが、アメリカ人とベトナム人のあまりにも違う現実を前に、交際を断られてしまいます。

再びDJとして

ベトナムでのアメリカ兵たちの生活は、苦しく厳しいものでした。
クロンナウアのラジオ放送を求める兵士たちはクロンナウアの復帰を求めますが、真実を報じることを許されないベトナムの現実を前に復帰を断り続けます。
しかし、ある日とある渋滞に巻き込まれた移動中の兵士たちとの交流の中から、クロンナウアは兵達から自分の提供する笑いが求められていることを感じ、再びDJへと戻る決心をします。

戦場の兵達のためにSJとして笑いを送り届けたい、そういった一心から戦場へ向かうクロンナウアですが、乗っていたジープは南ベトナム解放戦線(ベトコン)によってしかけられた爆弾によって横転させられ立ち往生してしまいます。
そんなクロンナウアたちを助けてくれたのがツアンであり、ツアンの働きもあって、最終的にクロンナウア立ちはサイゴンに戻されます。

ツアン。その正体・・・

物語の要所要所で登場するツアン。
実はその正体は・・・。
バーの爆発事件も、南ベトナム解放戦線によって危険にさらされている地域に来れたことも、すべて合点がいくようになります。
友だと信じていたツアン。
そして再びツアンと出会うことになりますが、アメリカが善意で行っていた南ベトナムへの支援が、結局は偽善であり、善意を押し付けただけだったということにクロンナウアは気づきます。

『グッドモーニング、ベトナム』が伝えたかったこと

物語の主軸にはクロンナウアとツアンとの信頼関係があります。
自分たちは正しい、南ベトナムを助けるために来たのだ、そういった正義感からやってきたと思い続けていたクロンナウア。
しかし、実際のベトナムでは、アメリカがやってきたことによってベトナム人が大切な人を失ったり、金銭に任せてベトナムで好き放題するアメリカ人、そういった現実を目の当たりにします。
正義とは何なのか、見終わった後に、世界の警察を自負し、アメリカの理想を世界に押し付けてきたアメリカに対する、真実の姿が浮き彫りになったような気がしました。

この物語は全編を通して、いわゆる戦争映画のような残酷なシーンが描かれているわけではありません。
しかし、アメリカ人たちが遠くベトナムという場所で生きてきたふるまい、自分たちの国を我が物顔で往来するアメリカ人たちに対するベトコン達の憎しみ、信頼し合えていると思っていたのに乗り越えられない民族の壁がある現実。
こういったことが、ジワジワと実際の戦地のリアリティを感じさせてくれる映画なのです。

いかがだったでしょうか。
20世紀、世界のいたるところの戦いに介入していったアメリカ。
彼らは彼らの理想を掲げて、世界の様々な場所へ行きますが、それはあくまで彼らの理想であって、送り込まれた先では、必ずしもそうではないのです。
その現実があったからこそ、20世紀のどの戦いでもアメリカは勝利を収めることができなかったのではないでしょうか。
そして、将来また同じことが繰り返されるかもしれません。
そういった未来の出来事に対して警鐘を鳴らす意味でも、非常に価値のある映画ではないかと思いました。