560【トルクメニスタン紀行】中央アジアの独裁国家。秘密のベールに隠されたこの国には!!?『トルクメニスタン』

トルクメニスタン(Turkmenistan)
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アジアと聞くとどのあたりを思い浮かべますか?
日本を含めた中国や韓国といった東アジアでしょうか。
それとも、タイやインドネシアなどに代表される東南アジアでしょうか。
もしくは、インドを中心とした南アジアでしょうか。
この辺りはたくさん国名が出てくるのではないかと思います。

さて、これで全部でしょうか?
アジアにはまだもう一エリアありますよね。
ぱっとでてこないかもしれませんが中央アジアが残っています。
カザフスタン
タジキスタン
キルギス
ウズベキスタン
トルクメニスタン

の5か国があります。
このエリアは、トルキスタンと呼ばれた地域であり、広くは東にある新疆ウイグル自治区までをふくめたものでした。
また、先ほど挙げた5か国は古くは旧ソ連の構成国であり、そういった歴史もあってか、なかなか情報を得にくい国々なのかもしれません。

そんな中央アジアの5か国の中の一つ、トルクメニスタンについて今回は調べてみました。
5つの国の中でもいろいろと特徴の多いトルクメニスタン。
私たちのなかなか知らないトルクメニスタンという国は、どういった国なのでしょうか。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • なかなか情報が届かないトルクメニスタンという国。それもある意味納得の、中央アジアに残る独裁国家とはどのような国なのでしょうか。

トルクメニスタン

トルクメニスタンの基本情報

中央アジアにあるトルクメニスタンは、その国土のほとんどを砂漠が占めている国です。
位置関係でいうと、北と東を同じく中央アジアのカザフスタンとウズベキスタン。
南と西側をイランとアフガニスタンに囲まれた国です。
その位置関係から、危ない国なのではないの?というようなイメージが先行してしまっていますよね。
そんなトルクメニスタンは、1991年まではソビエト連邦の構成国でしたが、同国の崩壊に伴って独立を果たしました。

中央アジアというと、長い歴史の中で統治する国が多く入れ替わりながら現在に至っています。
もともとは、紀元前ころには農耕が行われていたという集落の跡が見つかっていますが、その後は遊牧民族によって納められます。
その後はイスラム勢力が南からやってきて、この地に多くの人々がイスラム教を信仰するようになります。
ところが、トルクメニスタンだけに限らず、13世紀に東からやってきたモンゴル帝国の襲来の衝撃は大きく、多くの人々が虐殺され、それまで残っていた多くの伝統や文化などが破壊されてしまいます。
モンゴル帝国によって侵略された後は、イスラム系の王朝によって、絶えず侵略される歴史を繰り返してきました。

そのような激動の歴史を繰り返してきた土地でしたが、19世紀後半になると北にある帝政ロシアの影響が強くなってきます。
そして、20世紀に入ると、トルクメン人たちが住む自治地域であるトルクメン・ソビエト社会主義共和国としてソ連の構成国の一つとなりました。

そこからは約60年以上ソ連として存在していたトルクメニスタンですが、1991のソ連解体の直前に国民投票の結果、独立を果たします。

ソ連から独立後のトルクメニスタン

ソ連から独立後のトルクメニスタンは永世中立国として宣言することでロシアからの影響を排除していこうとします」。
また、大統領に選出されたサパルムラト・ニヤゾフによって、ニヤゾフ氏による独裁体制の国家がつくられていきます。
終身大統領とまでされたニヤゾフ氏でしたが、2006年末に死去。
その後、2代目大統領になったグルバングル・ベルディムハメドフは、先代をも上回るほどの独裁的な国家運営を続けています。

トルクメニスタンの主要産業は同国内で産出される石油や天然ガスであり、輸出先としてはロシア連邦や中国がほとんどであり、この両国の影響力が非常に強い国でもあります。

トルクメニスタンの国土

トルクメニスタンは国土のほとんどがカラクム砂漠であるため降雨量は少なく、日中帯は40~50度以上になることもあり、夜間には0度を下がることもある寒暖の差が激しい地域であり、人々が定住することのできる地域はかなり限られています。

このような過酷な環境にあるため、植物の生息域もかなり限られています。
水資源に乏しく、農耕あまり適さないという人間が住むためにはとてつもなく過酷であるのがトルクメニスタンの特徴です。
そんな国土ではありますが、小麦やナッツ類などは栽培されており、林業にも力を入れています。

トルクメニスタンの経済

トルクメニスタンはそんな国土であるにもかかわらず、中央アジアの中でも上位のGDPを誇ります。
トルクメニスタンの主要産業は化石資源によるものです。
世界第四位である豊富な天然ガスや石油の輸出によってその富のほとんどが賄われている国です。
中国との結びつきは非常に強く、陸路に建設されたパイプラインによって、直接中国への天然ガス供給を行い、そこから外貨を獲得しています。

近年では、そういった化石資源依存から、製造業などの育成なども行っているようではありますが、やはり資源頼みである状況は変わっていません。
しかし、そこから得られる資金はかなり潤沢であるために、経済的には非常に豊かな国です。
政府はその潤沢な資金を用いて、国民の生活にかかわるもののほとんどを国営で厳しい管理の上で運営しています。
その反面、国民にとってのメリットも多く、日用品にかかる費用が安く抑えられていたり、教育や医療は無料で提供されています。

トルクメニスタンの観光

観光面では魅力的な場所が点在するにもかかわらず、あまり観光業に対して力を入れていません。
とくにそのことがわかるのが、入国までが煩雑であり時間がかかるということです。
観光ビザの取得までに時間がかかってしまうため、個人で観光ビザを入手したい場合は代行会社を通して渡航手配を行ってもらうことがほとんどになります。

しかし、こういった状況ではありましたが、近年では観光業にも力を入れようとする動きが出てきているのだそうです。

トルクメニスタンの主な見どころ

アシガバット

まずは、トルクメニスタンの首都であるアシガバットです。
北のカラクム砂漠と、南にあるコペット・ダグ山脈との間に囲まれた町です。
この町は、1948年に襲われた大地震によってそれまでの古い遺跡などは残されておらず、その後再建された街並みになります。

この町ではバザールが栄えており、最大のバザールであるタルクーチカ・バザールでは、トルクメニスタンでも有名な絨毯類から医療、貴金属から食料品までありとあらゆるものが手に入る場所となっています。

メルヴ

アシガバットの次にあげる町とするとこのメルヴでしょう。
アシガバットからは東に行ったところにあるマリの町からさらに30km東に行ったところにあるメルヴは、かつてオアシス都市のあった場所であり、セルジューク朝時代の首都であったため、中央アジアと中東ペルシャをつなぐ中継としてとして大きな繁栄を得ました。
しかし、13世紀に入ってメルヴを悲劇が襲います。
東からやってきたモンゴル帝国の来襲によって、メルヴの町は徹底的に破壊しつくされ、人々は虐殺され、この世からその存在が消されてしまいます。

現在では紀元前の物と思われる城跡や、その後の王朝文化の出土品が数多く残されています。
そして、モンゴル帝国に破壊されたセルジューク朝時代の遺構も残されており、いかにこの町が巨大且つ発展していた町であったのかをうかがうことができます。

地獄の門

最後は、観光名所の地獄の門です。
こちらについては過去記事をご参照ください。

195【妄想紀行】トルクメニスタンで50年燃え続ける『ダルヴァザ~地獄の門~』
今回の妄想紀行は、トルクメニスタンのダルヴァザにある『地獄の門』です。今から約50年前に、落盤事故によって大きな穴があいてしまい、有毒なガスが大量に発生しました。そのガスの放出を止めるために点火したとのことなのですが、現在もなお燃え続けているのです。

いかがだったでしょうか。
ハードルが高ければ高いほど行ってみたい気持ちは強くなりますよね。
近年中央アジアに対する注目度は高くなってきているように思います。
その中でも、まだまだ知られていないところがたくさんのトルクメニスタンにいつかは踏み入れてみたいものですね。