581【東ティモール紀行】これから見どころが増えてくるのか!?まだまだ知られていない新しい国『東ティモール』

東ティモール(East Timor)
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世界にはたくさんの国々がありますが、21世紀になって一番最初に独立国家として成立した国はどこか知っていますか?
中南米?
アフリカ?
いやいや、アジアなんです。
アジアの中でも東南アジア
東南アジアにあるティモール島の東半分の国が、21世紀最初の独立国家である東ティモールなのです。
東南アジアの他の華々しい国々からすると、非常に影の薄い小国なのですが、独立から20年が経ち、だんだんと注目を集めてくるのかなと思っていたのですが、2021年現在になっても、それほど話は聞かないままですね。

もともとはインドネシアであった東ティモールですが、ここがインドネシアから分離独立の道を選んだのには、歴史的な経緯と、悲惨な事故を乗り越えて今日の東ティモールがあるのです。
では今回は、この東南アジアの小国である東ティモールについて調べていきましょう。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • なぜインドネシアからこの地域だけが分離独立したのか。歴史的な経緯から、東ティモールについて知ってみよう。

東ティモール

東ティモールの基本情報

東ティモールは、2002年5月にインドネシアから分離独立した21世紀最初の独立国です。
公式の表記はTimor-lestoにしようとしているのだそうです。
主な領土は、ティモール島の東半分ですが、いくつかの島と飛び地によって構成されています。

東ティモールの歴史

東ティモールの領地には、かつてはパプア系語族や太平洋の島々に住んでいた語族、インドマレー系の民族など様々な民族がやってきていました。
ところが16世紀になり、ティモール島は遠く海を越えてやってきたポルトガルによって植民地化されました。
ポルトガル一国によって支配されていたティモール島ですが、後にオランダがやってきたことで植民地をめぐって争いがおこります。
その結果、オランダと領地を割譲することで、東側をポルトガルが、西側をオランダが植民地支配する体制が20世紀初頭に確立します。

第二次世界大戦時には、ティモール島を占領していたオランダ軍とオーストラリア軍を日本軍が撃退し、日本の統治下にはいります。
ところが日本の敗戦が決まると、再びポルトガルの総督府の支配が復活します。
かつてのオランダ領であった西ティモールがインドネシアの一部として独立が決まるものの、東ティモール地域ではポルトガルによる支配が継続しました。

1970年代に入ると、独立へ向けた動きが活発化していき、それに対抗することができなくなった最終的にポルトガル軍は本国へと帰還してしまいます。

その後、インドネシア軍の特殊部隊東ティモールに侵攻を進める中で、東ティモール独立革命戦線は東ティモール独立共和国の独立宣言を行いますが、その翌日にインドネシア軍が東ティモール全土を制圧し、インドネシアによる併合宣言が行われます。
インドネシア軍による弾圧は厳しく、東ティモール地区では殺戮や飢餓によって20万人を超える多くの東ティモール人が命を落とすことになります。

1991年に勃発した、デモ隊に対するインドネシア軍の無差別発砲によって400人近くがなくなったサンタクルス事件は、インドネシアによるこの東ティモールへの強権体制を世界中が知ることとなった事件とて記憶に新しいことでしょう。

307【妄想紀行】21世紀初の独立国家。しかしその独立多くの犠牲の上に成り立つ『サンタクルス墓地』
今回の妄想紀行は、21世紀最初の独立国家としても有名な東南アジアの東ティモールです。この東ティモール、非常に小国であり、同国のあるティモール島は西半分がインドネシア領であることもあり、なかなか目立たない国のため、日本からも訪れたことがある人がほとんどいないのではないでしょうか。

そのようなインドネシアと東ティモールとの関係でしたが、1998年にスハルト政権崩壊後は、東ティモールの独立に関する住民投票が実施されることとなります。
その結果、インドネシア、ポルトガルから特別自治権を付与される案が否決されたことで、独立へと進むことが決定されます。
そして、2002年5月に晴れて独立し、21世紀初の独立国家として東ティモール民主共和国が誕生することとなります。

東ティモールの現状

経済

長らくなかなか国力が強まらず、東南アジア諸国の中でもそのプレゼンスを発揮することができず、ASEANへの加盟も実現できていません。
近年は、中国が同国のインフラ整備や経済支援に乗り出しており、影響力を強めてきています。

独立後の2006年ごろからは経済成長が始まってはいるものの、東ティモールの経済を支える主要な部分は、石油や天然ガスに依存しきっています。
また、それ以外にはほとんどが農業従事者によって支えられている国です。

民族

東ティモールには、約130万人人々が暮らしていますが、その半数以上の約77万人が貧困層であり、後期開発途上国として分類されています。
国民の大部分はメラネシア系の人々であり、華僑や印僑、ポルトガル人とメラネシア人との混血の人々が暮らしています。

言語

言語はテトゥン語とポルトガル語が公用語であり、インドネシアの強制的な統治化時代に教育を受けた人々は、インドネシアによる同化政策の結果としてインドネシア語が主に使われて利しています。
そのため、世代間で使用する主要な言語が異なっているという課題があるようなのです。

宗教

インドネシアと接してはいるものの、国民のほとんどがキリスト教カトリック派に属しています。
イスラム教は1%にも満たないほどしかいないのだそうです。

首都 ディリ

それでは、東ティモールの首都であり、中心地であるディリについて調べてみました。

ディリはポルトガル領時代から東ティモールの中心地でありましたが、1999年にインドネシアよりの民兵によって多くが破壊されてしまったため、かつてはたくさんあった高層建築などはなくなってしまっています。

ポルトガルによる支配、日本による支配、そしてインドネシアによる支配。
インドネシア支配下の時には、親インドネシア派と独立派の間での戦いが繰り広げられるなど、苦難の時代を乗り越えてきた首都です。
今もなお東ティモール独立を象徴する都市でもあるのです。

いかがだったでしょうか。
周りを見渡してみても、東ティモールに行った、という人はほとんど見かけないのではないでしょうか。
まだまだ何があるのか、何が有名なのか、などなど、どのような国なのかがよくわからない部分も多数あります。
また、数々の品々を輸入に頼っているせいもあり、物価もそこまで安くはないなど、なかなか『行ってみよう!』とはなりにくいかもしれません。
しかし、だからこそ、自分の足でこの国を知ってみようという冒険心を駆り立てられる国の一つではないかと思います。