582【インドネシア紀行】インドネシア独立戦争を取り上げた、インドネシア発の本格アニメ映画『Battle of Surabaya~スラバヤの戦い~』

映画あれこれ(Movie)
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日本のアニメ技術は非常に高く、何年かに一度は日本の映画興行収入を塗り替えるような作品が出てきますよね。
このように高い日本のアニメ技術ですが、近年では世界のアニメも高いレベルを保持するようになってきています。

今回紹介している『バトル・オブ・スラバヤ~スラバヤの戦い~』は、インドネシアによって製作された、インドネシアでは初の本格的長編アニメです。
インドネシア独立戦争の始まりとなった1945年11月のスラバヤの戦いを描いたものなのですが、実際の戦争を取り扱った時代の中に、魅力的な登場人物が必死に生き抜こうとする戦争アニメです。
しかしそこには、祖国を愛する心と、平和をテーマがテーマとなっており、インドネシアがこれまで経てきた歴史について、映画を見ることでその一端を知ることができる貴重な映画です。

内容については、多少誇張したようなところがあったり、突っ込みを入れたくなるようなところもあったりするのですが、映画としての完成度は非常に高く、世界各国から数々の賞を受賞したアニメ映画となっています。
日本ではなかなか見る機会のない映画なのですが、いずれどこかで配信などもあるのではないかとも思われるこの映画『バトル・オブ・スラバヤ』について今回は紹介していきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 日本人たちにとって戦争が終わったとき、インドネシア人たちにとっては戦争の始まりでした。そこになにがあったのか、歴史の一部を見ていってみましょう。

スラバヤの記事です。

789【インドネシア紀行】実は恐ろしい!!?インドネシアの世界最大のトカゲ『コモドドラゴン』
今回紹介しているのは、そんな世界の珍しい生き物の中でもなかなかに珍しい部類に入る生き物であり、なんと世界最大のトカゲなのです。そのトカゲとは、コモドオオトカゲといい、通称コモドドラゴンともいいます。
783【インドネシア紀行】かつて死の動物園と呼ばれた場所。なぜそのような名前がつけられたのか!!?『スラバヤ動物園』
インドネシアのジャワ島、東アジアにあるスラバヤには、とあることで有名な動物園があります。東南アジアでも最大規模であるこの動物園は、その規模で有名なところもあるのですが、他にもとあることで有名な動物園なのです。
777【インドネシア紀行】平日が嘘のようなにぎわい。ローカル日曜市を楽しもう『アル・アクバル・モスクの日曜市』
インドネシアを代表する巨大なモスクであるアル・アクバルモスクがあります。このアル・アクバルモスクは、平日はその周囲は全く市が開かれれる面影もない場所なのですが、土曜ぐらいからちらほらと店が見られるようになり、日曜日になるとこのアル・アクバルモスクの周囲は全て屋台で溢れかえるようになるのです。
766【インドネシア紀行】これぞインドネシアの人々の暮らし。市場めぐりはその国を知ることにつながる『マランのパサール』
今回取り上げているのはインドネシアの市場についてです。インドネシアでは市場のことをパサールといいます。大都市であれば、観光客や富裕層に向けたような観光市場があったりもしますが、そういったところでは価格も観光客向けだったりするので、なかなか人々の生活を感じることはできません。しかし、ローカルの人々だけが使うようなパサールではどうでしょうか。
763【インドネシア紀行】東ジャワスラバヤ・マドゥラ・グレシックの名産品、天然塩を作る『塩田』
マドゥラ島では、米作りに適した土地が少なく、なかなか農産業が定着しなかった場所でした。その代わりにマドゥラ島で定着したのは、海に囲まれていて、年中暑い気候であることを生かした塩田による塩作りでした。マドゥラ島を上空写真などからよく見てみると、緑色などをした田畑に紛れて白色の田がたくさんみられます。これが塩田なのです。
751【インドネシア紀行】インドネシアで動物に触れあえるサファリパーク『タマンサファリ』
インドネシアの動物園の中でも、素晴らしい体験を提供してくれる動物園がインドネシアのジャワ島・バリ島にはあります。その動物園とは、動物園というよりかはサファリパークなのですが、タマンサファリといいます。タマンサファリは、自然と近い環境の中で自由に生活をする動物他体を間近に見ることができるサファリパークなのです。
747【インドネシア紀行】まだまだ現役。たまにはゆっくりと海峡横断もいかが?『マドゥラ連絡船』
スラマドゥ大橋がなかったころには、この2つの都市はどのようにして結ばれていたのでしょうか。もちろん行き来はありました。それは、海峡を結ぶマドゥラ連絡船によって結ばれていたのでした。車も詰めるカーフェリーで結ばれていたため、かなり多くの車や人の輸送量があるこの連絡船。なんと現在もまだ橋と併用して存在しているのです。
742【インドネシア紀行】東ジャワ第二の都市であり、歴史と観光で有名な街『マラン』
今回はインドネシアの東ジャワにあるある街について紹介していきたいと思います。その街とはマランの街であり、東ジャワ最大の都市であるスラバヤから南に80kmの場所にある街です。この街いったい何があるのかなのですが、まずはこのエリアはブロモ山に続く高原都市だということです。
737【インドネシア紀行】マランにある、自然の中の複合型テーマパーク。テーマは??なところもあるけれど、大人気な『BoonPring』
今回紹介しているのは、インドネシアの東ジャワにあるマランの街。そこにあるBoonPringという、エコビレッジです。ここは、無数に生い茂る竹林の中に、様々なアトラクションを有しており、休日にもなると地元の人々であふれかえるマランでも人気の観光スポットです。
729【インドネシア紀行】インドネシアでも最大の立派な橋。この橋によって、マドゥラとスラバヤが結ばれることに『スラマドゥ大橋』
インドネシアのスラバヤ。そこから北にはマドゥラ島という島があります。近くにあるものの長らく海峡に隔てられていたこの2拠点ですが、現在は立派な橋で陸続きになっています。その橋の名前を、スラバヤとマドゥラを結ぶ橋ということで、スラマドゥ大橋といいます。
721【インドネシア紀行】スラバヤからこれだけ近いのに、文化も人の気質もびっくりするほど違うらしい『マドゥラ島』
インドネシア第二の都市であるスラバヤのすぐ北に、東西に約150kmもの大きさのある巨大な島があります。かつては、スラバヤから船によってでしか往来することができなかったこの島ですが、2009年にインドネシアでも最大である橋、スラマドゥ大橋が開通したことによって、スラバヤのあるジャワ島とこの島とは陸続きとなりました。この島の名前をマドゥラ島といいます。
699【インドネシア紀行】東ジャワ最大のモスク。モスクの中にはミナレット(展望タワー)から学校まで。ムスリムの生活が詰まった『アル・アクバルモスク』
今回紹介しているアル・アクバルモスクはインドネシアを代表するような巨大なモスクです。ここでは、数多くの人々が一度にお祈りをすることができ、それ以外にも結婚式などの人生の節目となるようなイベントもいつも行われています。
603【インドネシア紀行】なぜこんなところに潜水艦が!!?実際に用いられていた旧ソ連製潜水艦を用いた『潜水艦博物館』
スラバヤにある博物館の中でも最も異彩な雰囲気を放っているのが、今回紹介している潜水艦博物館です。何が異彩なのかというと、その外観からです。まさしく、潜水艦そのものがそのままの状態で博物館として置かれているのです。もちろん、この潜水艦の内部が博物館として使われているため、その内部が一般に公開されているのです。
280【インドネシア紀行】インドネシアの第二都市なのに、この影の薄さ…『スラバヤ』
ジャワ島にあるスラバヤは、西ジャワの代表都市ジャカルタと対比するように、東ジャワの代表都市なのです。そんなスラバヤですが、日本人にはまだまだなじみの薄い街ですよね。だからこそ、そこには面白いものがまだまだ秘められているのです。

Battle of Surabaya~スラバヤの戦い~

バトル・オブ・スラバヤは、インドネシア独立戦争の発端となった、東ジャワの都市スラバヤで起こったスラバヤの戦いを舞台にして展開されるアニメ映画です。

スラバヤの戦い

スラバヤの戦いとは、1945年8月、太平洋戦争で日本の敗北が決まったのちに起こりました。
日本がインドネシアから撤退したのち、連合国を代表してイギリス軍がインドネシア国内に残された日本軍の武器弾薬を引き渡し、再度植民地化をもくろむオランダに対する抵抗をやめるように通告したことから始まります。
しかし、同じ有色人種である日本人がオランダを撃退し、その日本の影響もあってか独立の機運が高まっていたインドネシア国内では、再びオランダによる植民地となることをよしとしない人々がだいたすうでした。
そんな中で、まだ一つの国として十分に政府が機能していない中で、イスラム教の指導者による呼びかけなどがあって、民兵を中心とした対イギリス軍との戦いがスラバヤの地で繰り広げられることになるのです。

この戦いはおよそ3週間続いたとされています、1万人以上のインドネシア人が犠牲になったといわれています。
インドネシア独立の礎となった彼らをたたえ、11月10日は英雄の日、スラバヤは英雄の町といわれ続けているのです。

アニメ映画『バトル・オブ・スラバヤ~スラバヤの戦い~』

アニメ映画『バトル・オブ・スラバヤ』は、2015年に公開されたインドネシアの戦争ドラマ映画です。
インドネシア初の長編アニメ映画ということで3年という機関と、日本円で約1億2000万円ほどの製作費をかけて完成させました。
声優には、インドネシアの人気男優や女優を起用し、日本人役で日本人声優も起用されています。

舞台は1945年、日本が広島と長崎に原爆が投下され、連合国に無条件降伏をするところから始まります。
日本軍が敗戦し、インドネシアから撤退した乗り、インドネシア初代大統領スカルノはインドネシアの独立を宣言します。
ここにインドネシアの新たな時代が幕を開けたかのように思いました。
しかし、それは新たな闘いの日々の始まりだったのです。
しかし、その後、一度はインドネシアから撤退していたオランダは、再びインドネシアを植民地化しようと目論見ます。
しかし、オランダは人員が不足しており、イギリス軍とインド軍の力を借りて再度インドネシアにやってきます。

この物語の主人公はムーサという13歳の少年です。
ムーサは、病気の母親と一緒に暮らしており、靴磨きをしながら日々の生活をやりくりしていました。
そんなムーサは、ある日、インドネシアのスパイとして国軍とインドネシア民兵との間で機密文書伝達する役割を担って働いていました。

ムーサは民兵グループの元メンバーであるユムナという中華系の女の子と出会ったり、ダヌという青年、ドレフディンというインドネシア兵士たちとも出会っていきます。

インドネシアの独立を勝ち取るため、ムーサとユムナはそれぞれ働いていました。
ところが、ムーサの自宅が火災にあい、母親も失ってしまいます。
虎児になってしまったムーサは、母親からもらった最期の言葉『戦争に栄光はない』この言葉を受け、戦争に対して憎しみを高めていくことになります。
しかし、機密文書伝達を行っていたムーサはあるとき、イギリス軍にとらえられ投獄されてしまいます。

ムーサはその後どうなってしまうのか。
そして、インドネシアの独立は・・・!?
結末は歴史が証明してくれていますが、そこに至るまでインドネシアではどのようなことがあったのか、知るきっかけになるのではないでしょうか。

ところで登場している影の軍団が・・・忍者??
ここだけはなんとかならなかったのでしょうか。

いかがだったでしょうか。
それぞれの国には、その国の歴史をつたえるような映画がよくあります。
しかし、アニメでそれを表現したという国は、日本を除いてはあまり見られません。
それだけにインドネシアにとっては、なかなかチャレンジングなことであったことは確かでしょう。
アニメ映画ということもあるので、フィクション的要素もあるこの映画なのですが、
「日本のアニメじゃないから・・・」
と侮らず、一度お試ししてみることをお勧めします。