595【マレーシア紀行】マラッカの王宮を模した巨大な建物の中にある博物館『マラッカスルタンパレス』

世界の世界遺産(World Heritage)
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世界遺産都市であるマレーシアのマラッカ
歴史あるこの街の中心部には、数多くの歴史を感じる建物が残っています。
もともとはマラッカ王国と呼ばれる国であったこの地域は1400年頃にスマトラ島出身のパラメスワラが建国して始まったとされている国であり、海上交易の拠点として大いににぎわった場所です。
しかし、その後はポルトガルやオランダ、イギリスによって制圧された経緯からも、様々な顔を見せる街となっています。

そんなマラッカの街には、同じく数多くの博物館もあり、これらを見て回ることでマラッカの歴史がよくわかるわけです。
そんなマラッカを代表する2つの博物館がスタダイスマラッカスルタンパレスです。
このうち、今回はマラッカスルタンパレスを紹介していきたいと思います。
木造の巨大な王宮を模したこの博物館は、その建物自体がマラッカの歴史を現代の世に伝える役割を担ったものなのでした。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 幻でもあったマラッカ王宮を復元した建物内に残る、マラッカ王宮博物館を見に行ってみよう。

マラッカについての記事です。

775【マレーシア紀行】マレーシアの独立までの経緯を、タダで楽しめる博物館『独立宣言記念館』
サンチャゴ砦がある場所のすぐ隣には、この砦とは全く時代感の異なる建物が残されているのです。この建物は、現在は独立宣言記念館という博物館として利用されている建物なのです。その外観は、美しい洋風建築になっているのですが、もちろんのことながら最初から博物館として設立されたものではありませんでした。
754【マレーシア紀行】マラッカの週末夜のお楽しみ『ジョンカーストリート・マーケット』
マラッカのナイトマーケットが行われるのは金曜から日曜までの週末のみ。この週末の夜になると、オランダ広場からマラッカ川を越えたチャイナタウン。そのチャイナタウンを東西に延びるジョンカーストリートはたくさんの店が立ち並び、歩くのも大変なほどの人で溢れかえるのです。
711【マレーシア紀行】ポルトガルによって築かれ、かつてはセントポールの丘を取り囲むほどの広大な城壁だった『サンチャゴ砦』
マラッカの中でもちょうど中心あたりにあるこの建物は、こじんまりとしていますが、その風格からは長い歴史を感じさせられる、とても印象に残る建物です。そう感じるのも納得であり、なんと500年以上もの歴史をもつ建物なのです。この建物の名を、サンチャゴ砦といいます。
679【マレーシア紀行】東南アジアで最も古い教会であり、宣教師ザビエルの遺体が埋葬されていたことでも有名な『セント・ポール教会』
マラッカの街の中央にはセント・ポールの丘という小高い丘があります。その丘の上には、街中のどこから見ても見える小さな教会跡が残っています。ここはセント・ポール教会といいます。かつてポルトガルがマラッカを支配していたころ、マラッカはキリスト教宣教師たちの活動拠点の街でもありました。その頃に宣教師たちによって使われていた教会跡なのです。
628【マレーシア紀行】あの、歴史で学んだ宣教師ザビエルとやじろうに縁のあるのがマラッカなのです『セント・フランシスコ・ザビエル教会 (Church of St.Francis Xavier) 』
キリスト教を伝来したフランシスコ・ザビエルですが、その人物の存在があったからこそ、ザビエルは日本にやってくることとなり、歴史は大きく動いていったのです。そして、そんなマラッカには、両人にがこの地に大きなかかわりがあったことを今に伝える建物があります。その建物は、セント・サンフランシス・ザビエル教会といいます。
616【マレーシア紀行】海洋交易の要所にあったマラッカならではの博物館『マラッカ海洋博物館』
前回紹介したマラッカスルタンパレスは、マラッカ王国時代の文献から当時の建造物を再現して造られた博物館でしたね。博物館と聞いてどんな建物を思い浮かべますか?おそらく普通の建物をイメージするとは思うのですが、このマラッカ海洋博物館はその見た目から大きく異なります。
173【マレーシア紀行】マラッカの街の新旧エリアを一望『マラッカタワー』
今回紹介する、世界遺産の町マラッカにある『マラッカタワー』からは、マラッカの町を上から眺めることができます。このタワー、タワーの展望室が回転して、360度全ての方角の町並みを見ることができる、遊園地のアトラクションのような作りになっているのです。
143【マレーシア紀行】マラッカの一日の締めくくりは『マラッカリバークルーズ』
マレーシアの世界遺産都市『マラッカ』。2008年に『マラッカ海峡の都市群』として世界遺産登録された、歴史ある古都です。そんな、マラッカの街中のマラッカリバーからオシャレな街並みを眺めてみることができる『マラッカリバークルーズ』があります。
046 【マレーシア紀行】2013年に遭遇した、マラッカの火災
マレーシアの南にある、世界遺産都市マラッカ。数々の歴史的な史跡を堪能しようと訪れたこの街で、予想外の事態に遭遇したのでした。

マラッカスルタンパレス

マレーシアのマラッカにあるマラッカスルタンパレスは、マラッカ王国の王宮文化を今に伝えるマラッカを代表する博物館です。
巨大な木造建築の建物は、設計図すら残されていなかった建物だったのですが、マレー王統記やスジャラ・ムラユというマラヤ年代史などに記述されていた文書から設計図面を作成し、1984年に復元されたマラッカ王宮を模した建物であり、内部はマラッカ文化博物館として一般公開されています。

そんなマラッカ王国は1400年に現在のインドネシアのスマトラ島パレンバン出身だった、シュリーヴィジャヤ王国最後の王子パラメスワラが漂流してこの地に到達し、1400年頃に建国された王国でした。
早い段階からイスラム教を取り入れたことによってムスリムの貿易商が東アジア・東南アジア進出するタイの拠点として、多くの人々が行きかう拠点として繁栄した王国でした。
しかし、その後は大航海時代を迎え、香辛料などを安定的に得ることを目的とした欧州の列強が東南アジアに次々と進出してきます。
1511年には最初に進出してきたポルトガルが、その武力によってマラッカ王国を征服し、マラッカ王国の王をマレー半島の先端であるジョホールへと追い出します。
その後1642年にやってきたのはオランダであり、ポルトガルを追い出します。
さらには、1824年にはイギリスの植民地となり、太平洋戦争中には日本の統治下にもなります。
戦後にはマレー半島全体の独立運動の中で独立を獲得し、1957年にはマレー連邦として独立し、現在のマレーシアへとつながっていきます。

このような様々な勢力によって翻弄されてきたマラッカであったため、王国時代の歴史はなかなか日の目を見ることがありませんでしたが、そういった過去の歴史を現代に受け継いでいくためにもこのマラッカスルタンパレスは復元されたのでした。
現在はサンチャゴ砦のすぐそばに建てられている子のマラッカスルタンパレスですが、本来は現在のスタダイスがある場所にあったものと考えられています。
建物自体がマラッカ王国の歴史を現代に受け継ぐ様式の物であり、高床式マレー建築であり、鉄製のくぎを用いないで木材を組み合わせた貴重な建物として認識されています。

アクセス

サンチャゴ砦からすぐ北に行ったところにあります。

マラッカスルタンパレスに行ってみた

それではマラッカスルタンパレスに行ってみましょう。

サンチャゴ砦に行くとすぐそばに大きな木造建築が見えてきます。
オランダ広場からは徒歩で8分ほどで到着します。
こちらがマラッカスルタンパレスです。

敷地内に入ってきました。
マレー建築の特徴である高床式の建築様式を持った巨大な木造建築です。

こちらが正面玄関です。
内部は文化博物館として営業されています。

内部に入りました。
早速このマラッカスルタンパレスの模型があります。
大きな建物であるため、全景がよくわかります。

内部はマラッカ王国の文化に関する展示がされています。
これは王族の儀式の様子です。

どの人形がどの立花の人物なのかが説明されていました。

こちらは寝室でしょうか。

多くの王族の衣装類が展示されています。

当時の様子替えであらわされています。
像の背に乗って行脚する王でしょうか。

処刑や、拷問の様子などを表している絵もあります。

何らかの物語を表している絵です。

マラッカにやってきた人々の様子を表している展示です。

中国からやってきた人々でしょうか。

中東からやってきたことがわかる人々ですね。
マラッカが海上交易の拠点としていかに栄えていたかがよくわかる展示です。


マレー建築様式の建物の模型です。

ここでは武器の展示が行われていました。

非常に長い廊下には、陶磁器などの展示があります。

再び衣装関連の展示が並んでいます。

王宮の楽団でしょうか。

いかがだったでしょうか。
様々な人々や国がこの地にやってきては統治してきた歴史を持つマラッカにあって、王国時代の貴重な文化を現代に伝える貴重な博物館でした。
建物自体がその歴史を現代に伝える貴重な建造物であるこの博物館に訪れた際には、建物そのものをしっかりと見てみることもおすすめの場所でした。