597【石川紀行】北陸の大都市 金沢にある日本三名園の一つであり、圧倒的にその名は有名な『兼六園』

北陸地方(Hokuriku)
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今回は日本の有名な庭園について紹介していきたいと思います。
日本三名園というと、石川県金沢市の兼六園、岡山県岡山市の後楽園、茨城県水戸市の偕楽園の3つが挙げられます。
その中でも、北陸地方にありかつての加賀藩百万石の威容を今に伝える庭園がかの有名な兼六園です。

兼六園というと、だれもが知るほどの有名な大庭園であり、春には桜が満開の風景になり、紅葉の季節には園内の一面が鮮やかに色づき、どの季節にも見どころだらけの場所となります。
では、そんな日本国内だけではなく、世界からも認められるほどの大庭園はどのようにしてつくられ、今に至る名庭園になっていったのでしょうか。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 日本を代表する名大庭園。加賀藩百万石が誇った素晴らしい庭園を見に行ってみよう。

石川県に関する記事です。

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兼六園

石川県金沢には世界的に有名な名日本庭園があります。
その名は兼六園といい、この地にあった金沢城の外庭として、延宝4年(1676)に5代藩主であった前田綱紀が別荘である蓮池御殿を建てたことから始まり、その周りに庭園の整備が行われたことから始まります。
当時は兼六園という名前ではなく、蓮池庭(れんちてい)という名前でした。

そこから加賀藩藩主によって代々180年もかけて庭が整備されていきます。
そして、12代藩主の前田なり前田斉広(なりなが)の時代になって、兼六園と名づけられました。
兼六園の名前の六の由来は、六つの景観を表しており、
・宏大(こうだい):明るくて広大である
・幽𨗉(ゆうすい):物静かで奥深い
・人力(じんりょく):人の手によって整えられたもの
・蒼古(そうこ):古色を帯びた趣
・水泉(すいせん):水のある景色
・眺望(ちょうぼう)遠くまで見通せること

の6つをさしており、全てを兼ね備えることが難しい中で、六つを全て備えている名園という意味があります。
さらに次の13代藩主斉泰によって現在の兼六園の形に仕上げられます。
園内は東京ドーム2つ分以上もの大きさの林泉回遊式庭園となっており、1時間ほどで見歩いて楽しむことができる庭園です。
江戸時代には藩主の私庭であったため一般には公開されていませんでしたが、明治時代からあh一般の人々にも開放されています。

これだけ長い時間をかけて整備された大庭園だけあった、岡山県岡山市の後楽園、茨城県水戸市の偕楽園と並んで日本三名園の一つとして知られています。
その価値は、特別名勝に指定されていることからもわかることでしょう。
また、ミシュラン観光ガイドにおいても最高評価である3つ星にも選ばれるほどの庭園です。

広大な庭園は春夏秋冬の四季それぞれに趣の深い光景を見ることができます
春には、400本以上の桜が開花し、薄紅色になる園内は日本さくら名所100選にも選ばれています。
秋には園内のすべてが赤や黄色に色づき、有名な紅葉スポットとなっています。
冬には、雪の重みによって枝折れ帽子の雪吊りが行われるのが冬の風物詩となっております。

アクセス

JR金沢駅から2.5kmほど南東に行ったところにあります。

兼六園に行ってみた

それでは、兼六園に行ってみましょう。

北側にある紺屋坂から兼六園に向かいます。

北側の入り口である桂坂料金所から兼六園に入園しました。

見城亭といったお店が立ち並んでいますが、これらを過ぎてさらに進んでいきます。

園内に入ると霞ヶ池が見えてきます。

霞ヶ池には、徽軫(ことじ)灯籠と虹橋が見えてきます。
徽軫灯籠は霞ヶ池の北岸にある灯篭で二股になっている脚の長さが異なるのが特徴の灯篭です。

そばには水道の遺構があります。
金沢場の二の丸へと通されていた水道の遺構であり、もともとは木管でつくられていたものの、後に石管に作り替えられたものです。

こちらは眺望台です。
兼六園の名前の由来である六勝の一つでもある眺望を味わうことができ、遠く日本海をうかがうこととができます。

兼六園の熊谷桜です。
春には素晴らしい光景になるのでしょう。

こちらは日本武尊(やまとたけるのみこと)の像であり、明治時代の西南戦争で戦死した石川県の将兵400人を祀った碑であり、明治期に建てられたものです。
なお、屋外で人型の銅像が建てられたのは、この像が日本初なのだそうです。

こちらは梅林です。
うっすらと咲き誇っているのがわかります。

舟之御亭です。

こちらは瓢(ひさご)池と呼ばれる池です。
兼六園発祥の蓮池庭(れんちてい)がこの辺りであり、兼六園発祥の地です。
名前の通り、瓢箪(ひょうたん)の形をしているのが特徴なのだそうです。
写真中央の滝は翠滝であり、1774年につくられたものだそうです。

瓢池にある海石塔です。

噴水がありました。
12代藩主前田斉泰の時代に造られたものであり、霞が池から石管で水を引き、水面との落差だけを利用して水を高さ3.5mも吹き上げるおとができる噴水として、日本最古のものと考えられているものです。

桂の木です。

一周して戻ってくると、北西に金沢城の石川門が見えます。
次回は金沢城について紹介したいと思います。

いかがだったでしょうか。
広大な敷地の中に歴史ある建造物や自然のある、世界的にも有名であることがうなずける庭園でした。
自分は金沢城を目当てに行ったものの、そのついでにという意識で最初は訪れたのですが、その壮大さには圧倒されたものでした。
新幹線の開通で非常にアクセスしやすくなった北陸です。
数多くある北陸の見どころをたくさん堪能したいものですね。