601【映画あれこれ】一つの国が幕を閉じ、様々な力に翻弄された一人の皇帝の生涯を追う『ラスト・エンペラー』

映画あれこれ(Movie)
この記事は約5分で読めます。

1987年。
とある歴史上の皇帝の生涯を映画化した作品が世に放たれました。
その映画の名を『ラストエンペラー』といいます。
日本語にすると、”最後の皇帝”。
では、この映画の主人公である”最後の皇帝”とはいったい誰なのか?

それは、中国最後の王朝である清朝
その中でも最後の皇帝であった愛新覚羅溥儀の生涯を取り上げた映画なのです。
清朝の皇帝でありながら、日本とも非常にかかわりが深いことは、歴史を学んできた我々からすると当たり前のことかもしれません。
後に、日本関東軍によって建国された満州国の皇帝でもあったのです。
しかし、それは本人たちの望むようにして成立したのではありませんでした。
大きな国と国とがせめぎ合う中で、大きな歴史の流れの中で翻弄されていった一人の人間、愛新覚羅溥儀の人生とはどのようなものだったのか。
中国だけではなく、イタリア、イギリス、フランス、アメリカ、そして音楽で坂本龍一も関わった大名作映画であるラストエンペラーについて書いていきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 同じ民族が争うとはどういうことなのか。映画を通して、近代に実際にあった朝鮮戦争について考えるきっかけにしてみよう。

映画に関する記事です。

582【インドネシア紀行】インドネシア独立戦争を取り上げた、インドネシア発の本格アニメ映画『Battle of Surabaya~スラバヤの戦い~』
今回紹介している『バトル・オブ・スラバヤ~スラバヤの戦い~』は、インドネシアによって製作された、インドネシアでは初の本格的長編アニメです。インドネシア独立戦争の始まりとなった1945年11月のスラバヤの戦いを描いたものなのですが、実際の戦争を取り扱った時代の中に、魅力的な登場人物が必死に生き抜こうとする戦争アニメです。
573【映画あれこれ】同じ民族が引き裂かれた悲劇の戦争、朝鮮戦争。ある兄弟の姿を通して戦争の現実を物語る『ブラザーフッド』
映画『ブラザーフッド』は、朝鮮戦争に翻弄されたある兄弟を取り扱った映画なのですが、ストーリーとしてはフィクションであり、実際には起こりえないだろうという点もあったりするため、賛否分かれる映画です。ただ、戦争が同じ民族、家族、恋人たちを引き裂き、多くの人々の心の中に傷を残した戦争の雰囲気は十分に伝えてくれる作品だと思います。
555【映画あれこれ】ベトナム戦争時、アメリカはこの国の中でどのような立場だったのか『グッドモーニング、ベトナム』
ベトナム戦争真っただ中のサイゴン(現在のホーチミンシティ)でアメリカ兵のためにラジオ放送を行っていたある空軍兵且つラジオDJの視点から見たベトナムを描いた作品『グッドモーニング、ベトナム』です。このストーリーは実在の人物の体験に基づいて描かれており、ベトナム戦争のまた違った一面を見ることができる映画なのです。
537【映画あれこれ】ポル・ポト政権下のカンボジアでの実話。この国を襲った歴史の一端が見える『地雷を踏んだらサヨウナラ』
ポル・ポト率いるクメール・ルージュによって激しい内戦状態に陥っていた1970年代のカンボジア。そのような状況下にあったカンボジアに単身乗り込み、カンボジアの実情を伝え続けたのが一ノ瀬泰造氏なのです。そんな一ノ瀬泰造氏の半生を映画化したものが、今回紹介している、『地雷を踏んだらサヨウナラ』です。
522【映画あれこれ】今の時代ではありえないかもしれないが、人が自分の力で生きるためにはありだったのか『フリークス』
今回ふと目に留まったとある白黒映画。その映画なのですが、邦題では『怪物園』、原題では『フリークス』といい、サムネイル画像には下半身がなく、手だけで体を支える人物の画像が。あまりにも強烈なその画像が気になり、この映画を閲覧してみましたが・・・
507【映画あれこれ】イギリス統治時代のインドが舞台。この時代の女性のおかれた立場がよくわかる伝説的な女優『マドビ・ムカージ』
オンデマンドビデオサービスの中では、これまでに全く知らなかったような動画も目に入ります。たくさんのサムネイルを見ていると、その中には目に留まるものもあったりするのです。オンデマンドビデオサービスで目に留まったある映画作品と、そこから知ったとあるインド人女優であるマドビ・ムカージについて書いていきたいと思います。

ラスト・エンペラー

1987年に全世界的に公開された映画『ラストエンペラー』は、中国清朝の最後の皇帝であった愛新覚羅溥儀の生涯を描いた映画です。
原作は愛新覚羅溥儀の自伝をもとに製作されていますが、創作が盛り込まれているところも多々ある作品となっており、歴史的史実を重視した作品と言いうよりかは、一人の人物の人生の物語を魅せる映画としてつくられています。

この映画の壮大なところは、中国の故宮を、中国共産党の全面的な協力のもとに数週間貸し切って撮影されたということで、撮影段階から非常に話題性のあった映画でした。
それもあってか、公開された映画は、アカデミー賞をはじめ数々の賞を総なめにした名作として世に知られることとなりました。

あらすじ

物語は、1950年、ソビエト連邦によって抑留されていたある一人の男が、中国に送還される途中で自殺を試みようとするところから始まります。
この人物こそが清朝最後の皇帝であり、満州国の皇帝でもあった愛新覚羅溥儀なのでした。
物語は前編を通して、この1950年の溥儀と、彼の記憶の中の溥儀がいったりきたりしながら進められていきます。

そして舞台は、彼の記憶の中をさかのぼります。
清朝末期に巨大な権力をもった西太后は、11代皇帝の光緒帝が崩御したことに伴って、まだ齢2歳であった溥儀を次代の清朝皇帝として指名します。
そんな西太后もその後に崩御してしまいます。

溥儀は紫禁城の中で生活の面では何不自由がないが、子どもとして享受できるような自由はない暮らしを余儀なくされます。
彼にとって同年代の子どもは実の弟の愛新覚羅溥傑だけでした。
しかし、西太后崩御後の清朝はその支配力を失っており、時代は大きく移り変わっていました。
1912年には袁世凱を大統領とする中華民国が成立しており、溥儀を中心としたかつての清朝はそこには存在しなかったのです。
そういった現実があるにもかかわらず、溥儀は紫禁城の中だけでは皇帝として敬われ、育てられていきます。

いつまでも時代に順応することができない紫禁城。
その中で溥儀は10歳の少年になっていました。
何とごとにも興味津々な溥儀は、家庭教師のレジナルト・ジョンストンを師に、様々な知識を得ようとします。
また、このころに眼鏡も着用するようになりました。
そして、このときに皇后と側室もとることになったのでした。

1924年には、北京政変というクーデターが勃発し、とうとう溥儀とその一族は紫禁城を追われることになります。
その時に、溥儀に対して国際的に手を差し伸べたのが当時の大日本帝国だけであったこともあって、溥儀との関係が築かれていくこととなります。

大日本帝国の関東軍は満州国の建国にあたって、正当な血筋である溥儀を皇帝に迎え、溥儀は1934年に満州国の皇帝となります。
しかし、皇帝というのはあくまで立場だけ。
皇帝であっても日本の傀儡の立場でしかなかったのです。
溥儀が皇帝としてその力を行使しようとしても、物事の決定権も、なにもかもが自分にないことを徐々に悟っていくのです。

日本の敗戦によってそんな満州国は滅亡を迎え、皇帝としての立場を失う溥儀。
命の危険がある中で日本に亡命しようと画策する中で、満州に進軍してきたソ連軍によってとらえられ、冒頭の場面へとつながります。

中国で毛沢東による文化大革命が起ころうとするさなか、年老いた溥儀は晩年過ごしていました。
そして、博物館となってしまった紫禁城へ赴き、その姿は消えていったのです。

いかがだったでしょうか。
皇帝という立場にありながら、すべては大きな時代の流れの中で生きていくしかなかった一人の人間の生きざまを見ることができる長編映画でした。
しかし、晩年の彼の人生こそが、彼が望んでいた、自分で選び取ることができる平穏を感じることができる時だったのでしょう。
近代であるために多くの史実がわかる人物であるからこそ、皇帝という立場とそこにいる人間のリアルな吐息が感じられる映画ではないかと思います。